ネットにより激変したメディア環境 今こそ10年、20年先を見据えた広告を

 平成の30年を振りかえり、「インターネットの普及が世の中を大きく変えた」と語るのは、サントリーウーロン茶、ユナイテッドアローズ、虎屋などの広告を手がけてきたアートディレクターの葛西 薫氏。審査委員を務める朝日広告賞の30年や、新聞広告が果たすべき役割などについて聞いた。

葛西 薫氏

──広告制作者として平成をどのように振りかえりますか。

 インターネットの普及によってメディアや広告の景色が音を立てて変わった印象があります。手仕事や手触り感のある表現が失われ、じっくり読ませて余韻に浸らせる話法やコピーが失われていった時代だったなと。代わりに重視されるようになったのが即効性です。一瞬で理解させて「いいね!」の反応を乞うような……。その結果、短絡的な広告だらけになってしまったというのが率直な感想です。

──審査委員を務める朝日広告賞の平成30年を振りかえり、印象に残っている広告は。

 じっくり読ませることを得意とする新聞広告にとっては苦境の平成だったと思いますが、年ごとに光る広告はありました。例えば平成12(2000)年のビクターエンタテインメント(現、JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント)「SMAP」の広告は衝撃的でした。「説得メディア」と言われる新聞で、あえて色面構成だけでSMAPを表現し、なおかつ紙の質感や手元で見る新聞の良さをふまえた見事な広告でした。平成27(2015)年のAppleの広告も印象に残っています。「iPhone6で撮影」という言葉と等身大のビジュアルが発信者の立ち位置を明確に伝え、それでいて声高に押し付けてもいない。その在りようが好ましく、また新聞だからこそ「今」が感じられる広告でした。平成28(2016)年の福島県の広告は、被災から5年を経た福島県の日常を、誠実に伝えた文章に胸を打たれました。じっくり読ませる新聞にふさわしい内容だったと思います。

ビクターエンタテイメント
平成12(2000)年10月14日付 朝刊 917KB

福島県
平成28(2016)年3月12日付 朝刊 834KB

──平成30年の間に受賞を重ねている企業もあります。

 目を引くのは宝島社でしょうか。同社の広告は賛否両論あることが多く、僕も好きな回とそうでもない回が半々です。今年1月に掲載された「嘘つきは、戦争の始まり。」はいいなと思いました。あとはクボタや旭化成も常連です。平成はテクノロジーが著しく進化しましたが、応じて製品サイクルがかなり速まり、過剰ともいえる生産や消費が増えた現実もありました。だからこそ「この技術、この製品は世の幸せのために必要不可欠」という証しを伝えることが重要で、新聞はそれに適したメディア。クボタや旭化成の新聞広告は真面目に、地道にそれを伝えてきたと思います。

クボタ
平成30(2018)年3月12日付 朝刊 854KB

──ご自身の活動の中で、平成の世相が背景にあったからこその、広告クリエーティブやプロモーションの事例は。

ユナイテッドアローズ
平成15(2003)年9月1日付 朝刊 256KB

 僕は流行を意識して制作することがないので、ファッション関係の広告は向いていないと思っていました。そんな僕に平成9(1997)年にユナイテッドアローズから依頼があり、驚きました。依頼内容は「ファッション広告を作りたいわけではない。お店にいるときのウキウキ感や、ユナイテッドアローズが提供したい喜びに満ちた暮らしを伝えてくれたらいい」というもので、それならばできるかもしれないと、お引き受けしました。実は当時、ユニクロの急成長がアパレル業界を揺さぶっていました。同社の経営陣も相当ユニクロを意識したそうですが、はたと「人は人、自分は自分」と気づき、独自の理念に立ち戻ったそうです。同社の理念を聞いて浮かんだのが、イタリアのアーティスト、ジャンルイジ・トッカフォンドの絵でした。トッカフォンドも非常に共感してくれて、楽しい仕事となりました。ユナイテッドアローズの仕事が楽しかったのは、流行と一線を引けたからです。発信者が自分自身を見つめ、人間誰もが持っている原始的、普遍的な価値観と向き合い伝えていけば、時代に関係なく通用するのだと。広告に限らず、どんなことにも言えることだと思います。

──次代にツナグ新聞広告のヒントになりそうです。

 ただ最近は、企業も広告制作者も周りの価値観に左右され過ぎている気がします。わかりやすい例が、「SNSで拡散をねらう」「フォロワー数の多いタレントを起用する」といった動き。多くを受け手に依存しているわけです。確固たる理念や商品への自信があれば、日和(ひよ)ったり煽(あお)ったりする必要はないはず。ネットの世界は広いようで狭い。現実世界では一人ひとりが肉体を持って見聞きしているわけですから、普遍的なメッセージはちゃんと伝わるし、新聞広告はそれをやり続けてほしいと思います。

──若いクリエーターに伝えたいことは。

 どんな世の中になってほしいかをイメージしながら制作してほしい。その意識が集合することで現実がいい方向に進むと思うのです。言葉にすると照れくさいですが、本気でそう思います。平成はスピード化や生産性の向上に躍起になった時代で、それが今日明日に変わることはないでしょう。広告制作者は常に客観的な立場で10年先、20年先を見据え、「短絡的でいいのか?世の中が良くなるのか?」と問いかける。目先の欲望ばかりを追う動きには歯止めをかける。そうした姿勢が次代への責任だと思います。

──新聞や新聞広告への提言をお願いします。

 記事面を含めてグラフィカルなデザインに、一新してほしい。新聞特有の文字組みに愛着はあるものの、あまりに古めかしい。昔に比べて英字の表記が格段に増えていますから、ヨコ組がいいと思います。紙面上で見出しがもっと目につきやすくクールな紙面になれば、広告制作者も創作意欲を刺激されますし、出稿も増えるのではないでしょうか。

──最後に、ご自身の今後の活動について。

 新元号になっても今まで通り目の前の仕事を一生懸命コツコツとやるだけです(笑)。あとは、若い制作者たちに自分の経験や広告制作のあり方を伝えること。これがいちばんの課題かもしれませんね。

葛西 薫(かさい・かおる)

アートディレクター

1949年札幌生まれ。代表作に、サントリーウーロン茶中国シリーズ、ユナイテッドアローズ、虎屋の仕事がある。映画、演劇の宣伝、パッケージデザイン、装丁など活動は多岐。東京ADCグランプリ、毎日デザイン賞など受賞多数。著書に「図録葛西薫1968」(ADP)がある。