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マーケティング・コミュニケーション潮流(監修:早稲田大学商学学術院教授 恩藏直人)

製品ベネフィットが製品使用後の消費者感情に及ぼす影響

2008/10/01

『広告月報』2008年10月号

はじめに

 以前に放映されていた某クレジットカード会社のコマーシャルでは、繁華街の静止画が示され、そこに映るほとんどの店で当該カードの使用が可能であるとアピールしていた。一方、近年、放映されている他のクレジットカード会社のコマーシャルでは、カード使用で実現する心弾む体験が紹介され、すてきな時間を過ごすことが できると訴えている。マーケティングでは、商品やサービスが提供するベネフィット(便益)を、機能的・操作的メリットである「実用的ベネフィット」と、審美的・経験的メリットである「快楽的ベネフィット」に分けて論じられている。前者のテレビCMではカードが提供する実用的ベネフィットを、後者のテレビCMでは快楽的ベネフィットを強調していると言える。

 本稿で紹介する研究は、これら異なる製品ベネフィットは、使用後の消費者感情や行動に違いを生じさせるのか、その点の解明に取り組んだものである。異なる影響メカニズムが明らかになるならば、広告訴求点や表現方法を検討する際の参考になるであろう。

制御焦点理論に基づく仮説

 図1は本研究で検証する概念モデルである。「異なる製品ベネフィットは、異なる消費者感情とロイヤルティー行動をもたらす」というモデルであるが、違いが生じるメカニズムについて、本研究ではヒギンス(Higgins 1997)が提唱した制御焦点理論(Regulatoryfocus theory)をベースに検討している。人は不快を回避し快に 接近することで好ましい結果を得ようとするが、快接近と不快回避とでは異なる目標を人は設定しているため、その後の感情や行動に差が生じるという理論である。つ まり、快接近では好ましい状態を促進することを目標(プロモーション・ゴール)とし、目標達成により楽しさや興奮といった感情を持つ。一方、不快回避では自らを 防衛することを目標(プリベンション・ゴール)とし、目標達成により安心や信頼といった感情を持つ。

図1. 概念フレーム

 

表2. 設定仮説
仮説1:実用的ベネフィットがもたらすポジティブな消費経験は安心や信頼といった感情を生じさせ、快楽的ベネフィットがもたらすポジティブな消費経験 は楽しさや興奮といった感情を生じさせる。
仮説2:実用的ベネフィットに対する期待を超える製品は満足をもたらし、快楽的ベネフィットに対する期待を超える製品は満足とともに喜びをもたらす。
仮説3:実用的ベネフィットに対する期待に応えられない製品は怒りをもたらし、快楽的ベネフィットに対する期待に応えられない製品は落胆をもたらす。
仮説4:快楽的ベネフィットに対する期待を超える製品は、実用的ベネフィットに対する期待を超える製品より、a)消費者のポジティブなクチコミやb) 再購買意図を誘発する。
仮説5:実用的ベネフィットに対する期待に応えられない製品は、快楽的ベネフィットに対する期待に応えられない製品より、a)消費者のネガティブなク チコミを誘発し、b)再購買意図を低める。

 クルマの例で考えてみよう。エアバッグや走行アシスト機能を搭載したクルマであれば、高速走行時の事故に対する不安から解放され、クルマに対し信頼や安心といった感情を持つ。一方、コンバーチブル・タイプで6スピーカー・オーディオシステム搭載のクルマであれば、快適なドライブが実現し、車に対し楽しさや興奮といっ た感情を持つ。この例からもわかるように、実用的ベネフィット(エアバッグや走行アシスト機能)はプリベンション・ゴール達成に役立ち、快楽的ベネフィット(コ ンバーチブル・ルーフや6スピーカー・オーディオシステム)はプロモーション・ゴール達成に結びつく(仮説1)。また、人は実用的ベネフィットを製品にとって必 要不可欠であるとみなしやすい。そのため、人は期待レベルが満たされると満足を感じ、期待レベルが満たされなければ、不満より高い覚醒(かくせい)レベルの感情である怒りを覚える。一方、快楽的ベネフィットは「あったらいいな」と思うような希望的欲求であるため、人は期待レベルが満たされなかったとしても比較的低い覚醒レベルの感情である落胆や悲しみを感じる程度である。そして期待レベルが満たされると、満足より高い覚醒レベルの感情である喜びを得る(仮説2・3)。

 次に使用後のロイヤルティ行動について、仮説を設定する。感情の進化心理学理論によれば、感情の覚醒レベルが高いと行動傾向も強くなる。仮説2・3に従うな らば、快楽的ベネフィットが期待レベルを上回る時、実用的ベネフィットの場合より消費者は高い覚醒レベルの感情を有するため、ロイヤルティ行動(ポジティブなク チコミや再購買意図)を取りやすい。一方、実用的ベネフィットが期待レベルを下回る時、快楽的ベネフィットの場合より消費者は高い覚醒レベルの感情を有するた め、非ロイヤルティ行動(ネガティブなクチコミや非購買意図)をとりやすい(仮説4・5、表2参照)。

実験

表3. 2つの製品タイプ以上の仮説を検証するため、240名の学生を対象にシナリオを使った実験を行った。被験者は、携帯電話に対する使用者の期待、製品の属性(表3参照)、使用経験について記された2種類のシナリオを読み、感情を測定する14項目(罪悪感、心配、寂しさ、不安、後悔、怒り、落胆、驚き、安心、信頼、興奮、満足、楽しさ、喜 び)、覚醒水準を測定する4項目(刺激的─退屈な、活気のある─緩慢な、興奮した─穏やかな、苛いら立だった─のんびりした)、消費後行動を測定する3項目(ポジティブなクチコミ、ネガティブなクチコミ、再購買意図)について、シナリオごとに7段階で評価した。同実験では、独立変数として製品デザイン2水準:快楽的ベネフィ ット(HB)が高い製品と実用的ベネフィット(UB)が高い製品、消費体験2水準:ポジティブ(期待以上)とネガティブ(期待以下)、が操作された。得られたデ ータを多次元配置の分散分析等で検証したところ、仮説を支持する結果が得られた(次ページ表4参照)。補足的にパソコンに関するシナリオ実験(実験2)を行った ところ、実験1と同様に、仮説を支持する結果が得られた。さらに自動車の所有者を対象に調査(実験3)を行い、概念モデルの適正度を調べたところ、喜びから再購買意図へのパスの有意性は認められなかったが、それ以外については支持され、仮説モデルの適合性が認められた。またプロモーション感情あるいはプリベンション感情がロイヤルティ行動に及ぼす直接効果も明らかになった。 

まとめ

多くの実務家により、喜びがロイヤルティを高める基本要素であると断言されてきたが、先行研究でそれを支持する一致した結果が得られているわけではなかった (Rust and Oliver 2000)。しかし本研究で喜びとロイヤルティの関係性と、喜び発生のメカニズムが明らかにされた。喜びの先行要因は、快楽的ベネフィットがもたらすプロモーション感情(楽しさや興奮)であり、喜びはクチコミと再購買意図にプラス影響を及ぼす。多くの市場が成熟段階に入り市場の拡大が見込めないこともあり、企業は既存顧客の維持、顧客ロイヤルティの向上に努めている。実用的ベネフィットから顧客ロイヤルティを高めるアプローチは、技術的水準が均衡し、本質的な部分で差別化を図ることが難しい現代において、困難を極める。本研究で示された快楽的ベネフィットからの顧客ロイヤルティ醸成アプローチは示唆的であろう。

(早稲田大学大学院商学研究科 博士後期課程 安藤和代)

Chitturi, Ravindra, Rajagopal Raghunathan and Vijay Mahajan. "Delight by Design: The Role of Hedonic Versus Utilitarian Benefits", Journal of Marketing. Vol. 72, 2008, pp.48-63.

Implication
「安全性の高い自動車、ボルボ」。長期にわたってボルボは、自動車を安全性と結びつけることでユニークなポジションを確立してきた。ところが、「安全性」というベネフィットの有効性はほとんど失われている。近年ではどのメーカーの自動車も、高い安全性を誇っているからだ。
従来のマーケティングであれば、競合他社よりも優れた実用的(機能的)ベネフィットを訴えればよく、そのベネフィットによって差別化できた。ところが今日、どの企業の製品も機能面での違いは乏しくなっている。我々は、こうした動きをコモディティ化と呼んでいる。コモディティ化への動きは様々な製品分野で明確となっており、それへの挑戦は今日における重要なマーケティング課題の一つといえる。本論文で取り組まれている「快楽的(感情的)ベネフィット」もその一つ。消費者の頭ではなく心に訴えようというのだ。
分析結果によると、実用的ベネフィットの期待に応えられないと「怒り」を生み、期待を超えると「満足」をもたらす。実用的ベネフィットの充足は市場競争へ参加する上での最低条件と言えそうだ。一方、快楽的ベネフィットの期待に応えられないと「落胆」を生み、期待を超えると「満足」とともに「喜び」をもたらす。喜びを得た消費者はクチコミを誘発され、強い再購買意図も抱くようになる。有効な快楽的ベネフィットは、これからのマーケティングを左右するカギと言えそうだ。
(早稲田大学商学学術院教授 恩蔵直人)

 

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