はじめに
我々消費者は、様々な接点で広告に触れている。こうした広告接触を思い浮かべてみると、他者が存在している場面の多さに気付くであろう。例えば、電車の中で雑誌を読んだり、中吊り広告を見たりする場合、周囲にはたくさんの人が存在している。自宅でテレビや新聞を見ている時も、近くに家族や友人がいるかもしれない。本 研究では、こうした他者の存在が広告情報処理にどのような影響を与えているのかを探っていく。
他者の影響に関する仮説
後輩と食事に行った時に必要以上に多く支払ってしまった経験や、友人と買い物に行った時に予定より高額な買い物をしてしまった経験はないだろうか。こうした 行動を説明する要因の一つに、「自らをよりよく見せたい」という動機があげられる。消費者は他者が存在していると、自らの印象に対する関心が高まり、しばしば行動を変化させるのである。もしこうした関心が目に見える行動だけでなく、認知的行動にも影響を与えているのであれば、消費者の広告に対する反応も変わってくる。自 らの印象への関心が高まっている消費者は、印象形成にかかわる広告情報を積極的に受け入れ、処理するようになるからだ。また、受け入れられた情報は、印象形成に関する知識と結びつけられて記憶されるだろう。この様な視点から考えると、他者が存在する状況における消費者は、印象形成に関連しない単語や広告に比べ、印象形成に関連する単語や広告を効率的に処理し(仮説1)、強く記憶するようになると思われる(仮説2)。
他者の影響には、消費者の個人的な特性も大きくかかわってくる。例えば、普段から自らへの評価を気にするセルフ・モニタリング傾向の強い消費者は、他者の存 在にかかわらず、常に印象形成に関連する情報を積極的に処理しているだろう。一方、セルフ・モニタリング傾向の弱い消費者は、他者の存在によって、普段より印象形成に関連する情報を求めるようになるかもしれない。したがって、セルフ・モニタリング傾向の弱い消費者の方が強い消費者よりも他者の存在による影響を強く受ける と考えられる(仮説3)。
実験1
実験1では、印象形成に関連する単語への反応を探るため、67名の女性被験者を男性のサクラがいる条件といない条件とに振り分けた。サクラは助手や被験者を装って実験室に入室したが、被験者との直接的なコミュニケーションを禁じられている。被験者達にはまず、32の単語と32の意味のない文字列(例えば、『h y ba c』など)が提示され、単語として存在するかの正誤判断をしてもらった。32の単語には、プリテストによって選ばれた4~6文字のものが採用されており、ポジティブかネガティブかにかかわらず印象形成に関連する16の単語(『bea ut y』や『ugly』など)、印象形成に関連しない16の単語(『bread』や『chair』など)が含まれている。記憶の測定は、短期記憶を除去した後に、正誤判断に含まれていた単語の自由想起を尋ねることで行った。セルフ・モニタリング傾向は、Eメールによって別の日に答えてもらっている。なお、サクラは正誤判断終了時に実験室から退出した。記憶を検索している際の他者の影響を排除し、記銘時の影響だけを検討するためである。
単語の正誤判断に要した時間を見てみると、印象形成に関連する単語では一人の場合より他者がいる場合に早く、印象形成に関連しない単語では二つの条件に違いがないという交互作用効果が有意であった(図1、仮説1支持)。
単語の自由想起に関する分析でも、交互作用効果が確認されており、印象形成に関連する単語は、一人の場合より他者がいる場合に多く想起され、印象形成に関連しない単語は、他者がいる場合より一人の場合の方が多く想起されていた(図2、仮説2支持)。また、こうした交互作用効果は、セルフ・モニタリング傾向の弱い被験 者の場合にのみ有意となっていた(表1、仮説3支持)。
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実験2、実験3
実験2では、刺激を印刷広告、被験者を男性、サクラを女性に設定し、実験1で得られた知見を再び検証している。プリテストによって選ばれた20枚の印刷広告には、香水などの印象形成に関連する製品カテゴリーの広告やトースターなどの印象形成に関連しない製品カテゴリーの広告が含まれている。広告の提示時間は15秒間である。製品カテゴリーの自由想起について分析した結果、他者がいる場合は一人の場合に比べ、印象形成に関連する製品カテゴリーが記憶されやすく、印象形成に関連しない製品カテゴリーが記憶されにくいという交互作用効果が確認された(表2、仮説2支持)。実験3では、病院の待合室に他者がいるシナリオといないシナリオを提示した上で、実験2で用いられた広告が掲載された雑誌を読んでもらった。分析の結果、製品カテゴリーの自由想起においても、広告コピーの再認においても、印象形成に関連する情報は一人でいる場合よりも他者がいる場合に記憶されやすく、印象形成に関連しない情報ではこうした違いが見られないという交互作用効果が有意であった(表2、仮説2支持)。
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おわりに
人間の行動は元来、社会性を伴っているのにもかかわらず、これまでの広告研究では、他者の影響がほとんど議論されてこなかった。本研究では、他者の存在が消費者の動機に影響することで、広告情報処理に違いが生まれることを明らかにした。
こうした知見は、効果的なメディアプランニングや正確な広告反応予測の実現に寄与するだろう。もし消費者の印象形成と関連深いテーマの広告キャンペーンを計画するのであれば、広告接触の際に他者が存在するメディアを用いることで、効果を高めることができる。また、広告表現に関する事前調査を実施する場合には、消費者 の広告接触場面における他者の存在可能性を把握した上で、調査方法を検討する必要があるかもしれない。今後も広告反応における他者の影響を継続的に探っていくことで、更なる知見が得られるだろう。
(早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程 石井裕明)
Puntoni, Stefano and Nader T.Tavassoli. "Social Context and Advertising Memory". Journal of Marketing Research. Vol. 44, No. 2, 2007, pp. 284-296.
Implication
トップ・ジャーナルと呼ばれる最高レベルの論文誌を読んでいると、思わず唸( うな)らせられる論文に出会うことがある。そうした見方もあったのか、と教えられるからだ。
今回取り上げた「他者の存在と広告記憶」は『ジャーナル・オブ・マーケティング・リサーチ』誌に掲載されているが、このジャーナルはマーケティング研究における最高峰の論文誌である。
我々の日々の行動は、他者の存在によって左右される。異性の目はもちろん、同性の目でさえも少なからず気になる。言われてみればその通りで、目に見える行動だけでなく、広告に対する認知的行動も影響を受けるであろうことは決して突飛(とっぴ)な発想ではない。「他者の存在」という視点は専門用語を知り尽くした研究者でなくとも思いつく切口かもしれないが、他者の存在と広告情報処理を結びつけ た研究は試みられていなかった。
印象形成に関連する単語の正誤判断に要する反応時間は、他者の存在によって短く なる。印象形成に関連する単語の想起数は、他者の存在によって増加する。セルフ・モニタリング傾向の弱い消費者の方が、強い消費者よりも他者の存在による影響を強く受ける。今回の報告で明らかにされたこれらの事実は、今後の広告コミュニケーション研究の発展の大きな一歩となりそうだ。
(早稲田大学商学学術院教授 恩藏直人)
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- 他者の存在と広告記憶(480KB)
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