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調査部の設立

2009/06/03

 日本の新聞社で初めて調査部の創設に着目したのは、東京朝日新聞社の杉村楚人冠だった。1907(明治40)年、ロンドン特派員になった彼はタイムズ社の索引部を見学し、大いに興味をそそられる。彼がその仕事内容を紹介した通信「倫敦小品(ろんどんしょうひん)」によると、索引部には主任以下9人が勤務し、各新聞の切り抜きなどを整理してアルファベット順に索引をつけ、どのような問い合わせにも5分もあれば答えられる仕組みになっていたという。彼はタイムズ社を何度も訪れてこれを調べ、帰国後、主筆・池辺三山に索引部の設置を提案した。すぐには実現されなかったものの、1911(明治44)年6月、ようやく従来の図書係を吸収して、索引部が発足、責任者に就任した。そして同年11月編集局制実施とともに索引部は調査部と改称された。当初の主たる仕事は「索引、図書、新聞紙に関する研究」だった。

 調査部創設の頃をある人物が回顧し、次のように語っている。「保存の図書はわずか2,500冊。切り抜きは本紙全部をやったが、外電などの短いものが多かったので、件数は170~180件から200件ぐらいあった。本紙のほかには東京各紙全部、地方新聞は一県一紙を選んで主要なものを採用した。部ができた頃は一向に利用されず、調査部廃止論まで起こったが、杉村氏は『3年の時を貸せ』と主張し、そのまま継続した。」

 大阪朝日も1912(大正元)年10月25日に東京にならって調査部を新設した。

 調査部は、データベースセクションと名を変えて現在にいたり、機能は今も続いており、社員17人が勤務している。

現在のデータベースセクション

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