朝日新聞の地方版は、明治中期のはげしい販売競争の中から生まれた。
1900年6月20日の大阪朝日は、「今回新たに京都附録を増刊して本紙に添え、遍(あまね)く京都府下の読者に配送すべし」という社告を出した。即日配送したのが最初の地方版である。
創刊号は本紙半ページ大、右上に「朝日新聞京都附録」の題字を入れ、両面刷り2ページの紙面で4段組みである。1面は知事参事官の巡視、京都市会、東本願寺と保険会社、京都染物同業組合、訴事一束などのいわゆる“硬派”記事と五二会観劇会、傷害事件などの“軟派”記事。裏面は色街の恐怖、京都の演劇などの軟派記事と京都市公文が掲載されている。この2面の記事のスペースは1段3分の1で、あとの2段3分の2は広告スペースである。
大阪朝日はこのあと、3カ月後の10月1日付から「神戸附録」を発行した。社告も紙面体裁も、「京都附録」とほぼ同様である。
他方、東京朝日の地方版は、1909年8月20日の本紙に組み込まれた「関東特報」6段が最初で、年内に「房総特報」「静岡特報」「神奈川特報」が設けられ、1910年には長野、福島、山梨各特報が登場した。
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