夏の高校野球本大会がまもなく始まる。大会は今年で90回の節目。1915年(大正4年)8月18日、豊中グラウンドで産声をあげてから、球史に残る数々の名勝負を生み、語りつがれるドラマとともに球界をになう名選手を育ててきた。
明治から大正初期にかけて、日本の学生野球は興隆期を迎え、早慶戦や一高三高戦はファンの血をわかせた。中等学校でも地区大会が行われ、全国大会への機運がようやく芽生え始めた。そうした中、1915年7月1日、大阪朝日の一面に大きな社告が掲げられた。「全国野球大会」開催を告げるこの社告は、ファンの心を強くとらえたのである。
大会当日の1915年8月18日の朝刊は、2ページにわたり野球特集を掲載。この中には「初めて野球を見る人の為に=ベースボール早分り」の記事があり、野球のごく基本的な解説を行っている。当時はまだ野球は広く大衆のものでなかったことを示している。
その後、大会は押し寄せる観衆を球場や電車でさばき切れなくなり、1917年(大正6年)第3回大会から鳴尾球場へ、さらに1924年(大正13年)には甲子園球場へ移った。ここに「甲子園時代」を迎えたのである。












