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輪転機

2009/10/30

 朝日新聞が新しい印刷機械の輸入を計画したのは、1887(明治20)年だった。部数の伸びとともに従来の印刷機では、すぐに限界が来ること、またニュースの速報化という点から印刷施設の改善が幹部の間で検討された。同年9月、王子製紙の大川平三郎が渡米する際、朝日新聞は新しい印刷機に関する調査を依頼した。翌年の1888(明治21)年、当時の主筆を欧米に特派する時も、最新の印刷機事情を調べる任務を課している。

  1890(明治23年)の初め、政府が日本には無い新型の印刷機を輸入するという情報をつかむ。政府は、国会が開設されると、議事録を翌日の官報に載せなければならない。しかし、当時の官報局の印刷機では、その対応が不可能であったため、フランスのマリノニ輪転機を求めることにしたのである。この輪転機は、イタリア生まれで、後にフランスに帰化したマリノニが1872(明治5)年に発明し、その後改良を重ねていたものだった。当時の首脳の決断は早く、政府と同じマリノニ輪転機を輸入することを決め、政府の担当者に依頼して大阪朝日の印刷主任を同行させたのである。

 この輪転機は、1台25,000フラン(当時の為替レートで1フラン=約26銭)で、政府が2台、朝日が1台購入した。朝日は、マリノニに諸材料、輸送、保険料など合わせて29,000フラン、日本円で約7,570円もする巨額な投資であった。
 日本初のマリノニ輪転機は1890(明治23)年9月に横浜に到着、東京朝日は同月27日付の社告で購入を公表し、各社を驚かせた。輪転機は、国会が開かれた時の記事を大阪に速報するため、東京に据えつけられた。そして、第1回国会の報道は、その詳細性といい速報性といい朝日の独壇場だった。これは在来機の20倍のスピードをほこる新型機の威力であった。そして1891(明治24)年10月に東京に2台目が、1892(明治25)年5月に大阪へ1台目が据えられた。

マリノニ輪転機買い入れを知らせる社告

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