「世界はひとつ」……とはいかないので、モノもコミュニケーションも日本仕様

 世界約150カ国で調理器具や小型家電製品を販売するグループセブ。日本でも1998年発売の調理器具「取っ手のとれるティファール」の大ヒットを皮切りに、電気ケトルや電気蒸し器などを次々にヒットさせ、成長し続けている。この成功の背景にはどのようなマーケティング戦略があるのか。グループセブ ジャパンの林 聡マーケティング本部長に話を聞いた。

――「取っ手のとれるティファール」のヒットでブランドイメージを確立しましたが、そもそもグループセブとはどのような企業なのですか。

林 聡氏 林 聡氏

 グループセブは、フランスで誕生した金物鋳造業の会社でした。世界で初めて家庭用圧力鍋を手がけ、その後、ティファール社やラゴスティーナ社などとグループを組んで事業を拡大し、現在は世界約150カ国で、調理器具や小型家電製品を発売しています。

 日本でのスタートは1975年。グループセブ ジャパンを設立し、まず圧力鍋、その後、ノンスティックフライパンを発売しました。販売ルートは、輸入製品のために価格が高めであることと海外ブランドのイメージを訴求するべく、当初は百貨店ルートが中心の展開でした。さらなる成長のためにはティファールブランドの確立、さらにはビジネス展開の拡大が必要でした。

 そんな中で発売したのが、「取っ手のとれるティファール」です。取っ手がとれるから収納スペースをとらず、冷蔵庫にもオーブンにも入れられる。実は、フランスでは以前から販売している製品で、グループセブにとってはコンセプトが新しいわけではありません。でも、収納性の高さは日本人のニーズに合うとの考えから導入し、明確なコミュニケーションを実施した結果、大ヒットにつながりました。この製品は現在も広く受け入れられており、販売している世界150カ国のなかで、日本の販売数は大きなウェイトを占めています。

2009年10月10日付 朝刊 グループセブ ジャパン 2009年10月10日付 朝刊
「取っ手のとれるティファール」
2011年4月2日付 朝刊 グループセブ ジャパン 2011年4月2日付 朝刊
「電気ケトル」

新たな市場の創造を狙う

――その後、家電製品の分野に進出しました。

 ティファールブランドへ認知がある程度高まったところで、新カテゴリーである小型家電製品への進出を決めました。とはいっても、日本の家電市場には国内の有力メーカーがひしめいており、周波数の違い、ワット数の違い、サイズに対する感覚の違い、何よりもライフスタイルの違いなど参入の障壁も高い。我々のような新参者が真っ向から戦いを挑んだところで勝てるはずがありません。

 そこで、私たちが狙ったのは、市場創造です。日本人は、もともとお茶、みそ汁、カップ麺、スープなど、少量の湯を1日に何度も沸かすライフスタイルで、やかんで沸かしジャーポットで保温されている方が非常に多く見られましたが、そうすると、必要以上のお湯を沸かしてしまい、保温しておけば電気料がかさみ、結局は残ったお湯は捨てることになる…。こんな不満を多くの方が抱えていました。これを解消すべく、必要なときに必要な量のお湯を、手早く安全に沸かせる電気ケトルを導入し、2004年後半から積極的なマーケティング活動を実施した結果、非常に多くの方々に受け入れられました。

 成功要因の1つは、日本人の生活にピッタリの小型サイズを品揃えしたこと。欧米で最も売れていたのは、1.7リットルでしたが、日本市場に向けては0.8リットル、1.0リットルという小型サイズを中心に導入しました。欧米人は、1.7リットルと1.0リットルのケトルがあった場合、1.7リットルを買うという傾向が見られます。「大は小を兼ねる」ですね。ところが、日本人は、0.8リットルや1リットルが生活にフィットしている場合、1.7リットルはほしくない。ジャストサイズへのニーズが非常強いのです。

 日本用に開発したこれらの小型電気ケトルは、その後欧米でも導入され、成功を収めています。欧米の人たちにとっては、最初はおもちゃにしか見えなかった0.8リットルケトルですが、一家に1台ではなく1人1台、「あなたのケトル」という日本での提案が海外でも広まり、自分の部屋に置く電気ケトルとして受け入れられたというわけです。

――日本市場のニーズに合わせるためにほかにどのようなことをしていますか。

 サイズの見直しはすべての商品について行っています。たとえば、フライパンなら、大きさはもちろん取っ手の太さも日本人の手の大きさに合わせています。また、日本のレシピのお料理を作ることを想定すると、フライパンにフタが欠かせませんが、実はフタをつけて販売している国は、日本以外にはほとんどありません。

 08年に発売した電気蒸し器「スチームクッカー」は、キッチンの収納スペースを考えて、コンパクトに収納できるように仕様を変更しました。さらに、トレーの底をはずして洗えるようにもしてありますが、これも日本仕様。食べ物には直接触れないところまできれいに洗えるかどうかを非常に気にされるのが、日本の消費者独特の感覚といえるでしょう。

 また、調理器具や調理家電にはすべて充実したレシピブックをつけています。一つの製品に満足し愛用していただくことが、次のティファール製品の購入につながります。そのためには、製品を購入してくださった方々に、製品を気に入って活用していただく、すなわち使用頻度を増やしていただくことが非常に重要です。そのためのツールとして、日本の味を満載したレシピブックは欠かすことができないと考えています。

 レシピブックの内容については、多くの方から「そこまでやるのか」とのご意見をちょうだいしています。ただ、ここまでやることが外資系企業が日本市場に入っていく最低条件。「世界はひとつ」・・・というわけにはいかない、ということだと思います。

――最近は、フードプロセッサーなどの調理準備家電や家庭用パン焼き器も手がけていますね。

 電気ケトル、スチームクッカーなどを通して、消費者の方々に、ティファールは「新しい何か」を持ったブランドだというイメージを持っていただけるようになりました。

 そこで近年は、これまでのように、新たな市場の創造を目指すばかりではなく、既存カテゴリーへの進出も図るようになりました。それが調理準備家電やブレッドメーカーです。

 商品の基本コンセプトは、一貫して「家事をラクに楽しくする」ということですが、それにプラスした新しさ、たとえばブレッドメーカーにマカロンやフレンチバゲットが家庭で簡単に作れる機能を盛り込むことで、「こういうものがほしかった」という共感をいただいています。

2011年5月21日付 朝刊 グループセブ ジャパン 2011年5月21日付 朝刊
「スチームクッカー」
2011年5月14日付 朝刊 グループセブ ジャパン 2011年5月14日付 朝刊
「ホーム&バゲット」

未知なる商品だからこそ新聞広告で機能をしっかり伝える

――広告コミュニケーションにおいてはどのような工夫をしていますか。

 ティファールとは何か、あるいは、ラゴスティーナとは何かといった各ブランドの基本イメージをキッチリとお伝えすることは大原則ですが、その枠内で日本市場に特化したコミュニケーションは欠かせません。というのも、ティファールについて言うと、これまで日本にはなかった商品がほとんどなんです。だから、商品の機能を一つひとつしっかりとお伝えする必要がある。そのためには、電波媒体よりも印刷媒体。なかでも、信頼性の高い新聞を中軸にすえた広告展開を行うことが必要となります。

 新聞広告においては、純広告より広告特集を多用しています。これは新聞社が自分の読者を知り尽くしており、どうすれば読者によく届くかについては力をお借りしたほうが、よりよいコミュニケーションが可能になると考えているからです。

 私たちが提供させていただいている商品は、機能としては「新しい」を有していると考えています。しかしながら、商品カテゴリー的には目新しさはない。例えば、我々が参入している調理器具等は、残念ながら消費者の方々が真っ先に興味を持ってくださるカテゴリーではないんですね。だからこそ、クリエーティブ、コミュニケーションの方法、そしてスペースの工夫が重要であり、スペースについては全面広告を使用しています。まず興味さえ持っていただければ、それぞれの製品が持つ「新しさ」+「家事をラクにする工夫」に引き込まれて読み進めていただけると考えています。

 また、食文化というものは地域差があるので、地域別に表現を変えていきたいというケースも少なくありません。そんなときにも新聞という媒体はたいへん適していると思います。

――今後に向けての課題はなんでしょうか。

 めまぐるしく変わる消費者ニーズに対して、100%対応することがまだまだできていません。とくに、日本の消費者は他国にくらべてクオリティーへの要求水準が高い。こんな消費者の方々の要望に一つひとつ応えつつ、「新しさ」+「家事をラクにする工夫」のご提案を続けていきたいと考えています。