国民に直接訴えかけ ともに解決の道を探る

 いま、世界中で食料をめぐる様々な問題が表面化している。そうした中、改善が求められているのが、現在39%と主要先進国の中で最低水準の日本の食料自給率だ。農林水産省では、自給率向上に向けたコミュニケーションを積極的に展開している。食料安全保障課長の末松広行氏にうかがった。

新聞広告を通して一石を投じる

末松広行氏 末松広行氏

── 主にどのようなテーマで情報発信をしていますか。

  「国民に安定的に食料を供給する」というのが今も昔も変わらない農水省の役割ですが、世界の食料需給が大きく変化する中、独自の取り組みだけではままならない状況にきています。その背景には、中国やインドなど人口超大国の経済発展、バイオ燃料としての穀物需要の増大、気候変動の影響など様々な要因があります。今後日本の経済力が低下すれば、食料輸入の減少や価格高騰を招きます。また、経済力を維持できたとしても、輸出国が輸出規制を行ったら日本の食卓に食料は届きません。国内の自給率の向上は急務の課題であり、広く国民に向けてコミュニケーションしていく必要性を感じています。

── 情報を発信するうえで心がけていることは。

 極端な話、お金を注げば自給率を急伸させることも可能なわけです。しかし、国内で作ったものを消費者が食べたいと思い、選んでくれなければ市場は回らず何の意味もありません。ですから一方的に政策を押し付けるのではなく、直接国民に声を届けて現状を認識してもらい、一緒に解決の道を考えてもらえるようなコミュニケーションを目指していかなければならないと思っています。

── 新聞全15段で3回のシリーズ広告を展開しました。

 第1弾は、世界で起こっている穀物不足の現状を、第2弾は、和の食材の多くが外国産である事実を、第3弾は、日本の農作物は良質でおいしいことを伝え、自給率向上の大切さを訴えました。公の機関がこれだけインパクトの強い広告を展開すれば、批判的な意見も出るだろうと覚悟していました。実際「広告するお金があれば農家に補助金を出すべきだ」という意見もありました。一方で、「身近な問題なのだと考えさせられた」「できることから始めたい」といった好意的な反響も多く、ありがたかったです。一番うれしかったのは、民間企業から「前から関心があった。一緒に考えていきたい」という声が届いたり、また、省内若手職員が国産農産物の活用法について企画提案会を開いてくれたりと、広告を起点に議論が広がっていったこと。批判も含めて社会的な反響があったことに手ごたえを感じています。

付加価値を共有し行動につなげる

── 今後の戦略は。

 次の段階として、国内で農産物末松広行氏を作り、消費することが、生産者、食品加工業者、流通業者、サービス業者、生活者、すべての人のメリットとなり、経済の発展につながるような循環を作っていくことが大切だと思っています。その好例の一つに、キヤノンの御手洗冨士夫会長が、率先して自社の社員食堂に地元の食材を活用した取り組みがあります。外国食材を使ったメニューよりも単価が高くなったにもかかわらず、「安心でおいしい」と行列ができるほどの評判になっているそうです。生産者、給食業者も利益を得られ、消費者はおいしく食べて幸せになれる。そして企業もブランドイメージが高まる。そうした、カロリーだけでない日本の食品の付加価値を、民間企業の協力も借りて示していくことが重要だと考えています。

── 生活者とコミュニケーションするため、どのような受信機能を設けていますか。

 食の安全性に対する消費者の関心の高まりを受け、2003年に「消費・安全局」を設置。不正を厳しく取り締まる体制を強化する一方、消費者との情報・意見交換の場を設けて施策に反映しています。民間企業では、消費者のクレーム対処にあたる部署は社長直結の最も重要な場所に置かれていることが多いと聞きますが、農水省も「消費者の部屋」という窓口を設置し、様々な要望に耳をかたむけています。

── コミュニケーションの広がりについて今後期待することは。

 問題提起の先にある目標は一つ、国民とともに行動を起こすこと。そのためには、やはり民間との連携が不可欠です。幸い問い合わせも増えており、私自身、週に1度は企業や学会に呼ばれて講演会を開いています。また、社会的影響力の強い人に賛同してもらえると食料問題に関心のない人にも広がりが期待できるので、文化人や著名人の賛同者をできるだけ増やしていきたいとの思いもあります。新聞広告やイベントを通じた戦略的なコミュニケーションも随時展開していくつもりです。メディアを含めた企業とのコラボレーションなどもできたらいいですね。

2/25 朝刊
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