クリエーターインタビュー

期待以上の答えを出すために 徹底して考え抜く

電通 CDC エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター 岸 勇希氏

 トヨタ自動車の「AQUA」や「MIRAI」の広告キャンペーンや熊本の「鶴屋百貨店」のイノベーションプロジェクト、ソニー・クリエイティブプロダクツの「ビーグルハグ」の新聞広告など、数々のプロジェクトを任される岸勇希さん。コミュニケーションデザインの提唱者としても知られ、各方面から注目を集める人物だ。

電通に入社して違和感を覚えた

──電通に入社したきっかけは。

岸 勇希氏 岸 勇希氏

 早稲田大学の大学院で情報通信技術やメディア論を学び、修了後は中央大学研究開発機構で市民メディアの研究を続けていました。その時恩師から、「メディア論をより深く学ぶなら、NHKや電通などメディアの内部で現場を経験した方がいい。電通向いてると思うし」とアドバイスされたんです。

 広告に興味はなかったのですが、私の研究では、「インターネットが発達することで、日本のマスメディア産業は大きく衰退する」と予測していました。電通に入社すれば、衰えていく広告会社を内側から観察でき、博士論文において貴重なデータになるはずだと考えていました。就職活動のエントリーシートにも、その内容を書いて内定をもらいました。今思えば懐の深い会社ですよね(笑)。

 当然のように、インターネット関連の部署で働けると思っていましたが、配属は名古屋支社の雑誌部でした。新人研修で、「インターネットが得意なんだ。だったらやらなくていいね」と言われたのがショックでした。ショックというよりは怒り。怒りというよりは呆れ、でした。でも、結果的には知っていることよりも、知らないことに触れられて本当によかった。知らない分野に飛び込んだことで、逆に得意な部分を伸ばすことができたと思います。ネットの知識を雑誌の仕事に生かすことができました。多分日本で一番最初のQRコード付き雑誌を手がけさせてもらったり、当時としては斬新な試みをいろいろ実現させてもらいました。

──2008年に「コミュニケーションをデザインするための本」を出版し、いち早く「コミュニケーションデザイン」を提唱しました。

※画像は拡大表示します。 新聞漫画から始まった「PEANUTS」が、朝日新聞に6カ月にわたり掲載された「ビーグルハグ」プロジェクト 新聞漫画から始まった「PEANUTS」が、朝日新聞に6カ月にわたり掲載された「ビーグルハグ」プロジェクト

 電通に入社した時から、いろいろなことに違和感をおぼえました。最もそう思ったのは、クライアントの課題に対して、いつも「広告」で解決しようとすることでした。常に「広告を制作すること」が前提、目的になっていることへの疑問です。もし、クライアントが売ろうとする商品に何か課題を見つければ、広告提案の前に、その課題の改善を提案したほうが本質でしょ。なんで常に広告だけで解決しようとするのか。そんなモヤモヤした気持ちの中、自分だったら何ができるのかを考えた時、広告に限定せず、あらゆるコミュニケーションをデザインするという発想に行き着きました。

 いつも大事なことは広告を作ることではなく、課題を解決すること。我々の仕事は、クライアントが依頼してくれた期待以上の価値を感じて、「ありがとう、またお願いします」と言ってもらうことだと思っています。そのためには、広告が解決策であることもあれば、別の手法がふさわしいこともあるでしょう。こうした考え方と事例をまとめたのが「コミュニケーションをデザインするための本(2008)」でした。自分が積み上げてきた考え方を多くの人に伝えることができたことは、自分にとっても転機になったと思っています。

──競合プレゼンテーションでは、6年間も負けていないそうですね。

 考えている量が圧倒的に多いから負けないんだと思います。大きい案件であれば、チームでのブレストは100時間以上が当たり前です。その中でも、私が一番考えているという自信があります。考える量は裏切りません。それは仕事をしながら気づいたことです。センスも才能も関係ないと思います。圧倒的な思考量です。

トヨタ自動車の燃料電池車「MIRAI」の広告も担当 トヨタ自動車の燃料電池車「MIRAI」の広告も担当

 そもそも、クライアントは忙しくて考える余裕がないから、私たちに仕事を依頼してくれるんです。クライアントは「アイデアを考える時間」を買っているとも言えます。だから、仕事を引き受けた以上、考えなければいけないと思います。考え尽くしているからこそ、クライアントに「絶対大丈夫です」と言い切れます。「絶対」と言うのを嫌う人もいますが、私は「絶対大丈夫にする」という覚悟を表明するつもりで使います。そう言っても、常に不安です。失敗することもあります。ただ、そういうことも想定し、できる限りの次の手を打てる備えもしているので、最終的にはゴールにたどり着けると信じています。

 その代わり、クライアントに対しても、言いにくいことも正直に伝えます。打合せの場が凍る(緊迫する)ことも頻繁です。でも、そうやって真剣に仕事をしていると、「岸は本気で結果を出そうとしている」とクライアントにも伝わります。

コミュニケーションデザインは新たなフェーズへ

──岸さんはいつも自信にあふれているように見えます。

 ポジティブ思考なので、「過去起こったことは変えられないけど、その価値は変えられる」と信じています。仮に、想定通りの結果が出なかった仕事があったとします。その事実は残念ながら変えられません。でも、その経験を次の仕事に生かせたとしたら、「あの失敗があったから、これが成功した」ということになりますよね。今を全力で頑張れば、過去の価値は改められると信じています。

 それから、難問好きでもあります。全員がくじけるような出来事があったとき、自分だけがくじけずにいられたら「天才かも」ってうれしくなります(笑)。だから、難問であればあるほど燃える。人との勝負というよりは、常に自分との戦いです。

──コミュニケーションデザインは今後、どのように発展していくのでしょうか。

 通常のキャンペーンデザインは「コミュニケーションデザイン1.0」。事業領域や商品開発、インナーコミュニケーションなど、あらゆるコミュニケーション領域をデザインする、現在のコミュニケーションデザインは「2.0」だと思っています。そして、最近、次のフェーズ「3.0」が見えてきました。それが、「モチベーションデザイン」です。

 モチベーション、つまり「やる気」というのが、人間の行動を支配しているのではと思っているからです。「やる気」というより「やる気持ち」と言ったほうがいいかもしれませんね。仕事、勉強、遊び、なんだって「やる気」は大事です。頑張りたいと思うのも、親切にしたいと思うのも、すべてモチベーションだと思うのです。それをデザインすることがもし出来たら、コミュニケーションデザインは次のステージにいけるのだと考えています。

 人の行動を左右するモチベーションの設計を体系化することが、コミュニケーションデザインの究極ではないかと思っています。これから5年くらいかけて、モチベーションでモノやコトをポジティブに動かしていく事例を増やし、まとめて発表したいと思っています。

──カンヌのヤングライオンズに若手を送り出したり、後進の育成に熱心です。彼らにメッセージをお願いします。

熊本の「鶴屋百貨店」のイノベーションプロジェクト 熊本の「鶴屋百貨店」のイノベーションプロジェクト

 私自身、学生時代から思い通りにいかないことの連続で、挫折を乗り越えてきました。数々の失敗が「過去の価値は変えられる」という、未来から過去を改ざんする考え方につながったと思っています。とはいえ、こんなことをもし当時の自分が聞いたとしても「おっさんの説教」くらいに思ったはずです。何が言いたいかと言うと、いろいろな情報や成功体験、格言があふれている世の中ですが、若手はこの記事を含め、そんなものを読んでいちいち「なるほど!」とか「ためになった!」とか思わず、吐き捨てるくらいでいいと思っています。負けたり、屈辱を味わったりすることは、成長のチャンスですが、それもきっと後からわかること。いつか、私くらいの年齢になったときに「そういえば、岸がそういうこと言っていたな」と思い出してもらえれば、十分ありがたいですが、思い出されなくても、私は気にしないのです。

岸 勇希(きし・ゆうき)

電通 CDC エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター

1977年名古屋生まれ。早稲田大学大学院国際情報通信研究科修了。2004年電通に入社。中部支社雑誌部などを経て、06年10月から東京本社インタラクティブ・コミュニケーション局クリエーティブ室。08年から現職。広告企画・制作に限らず、商品開発や事業デザイン、空間・施設プロデュース、音楽アーティストのプロモーションや作詞、テレビ番組の企画・制作など幅広く携わる。トヨタ自動車「AQUA」「MIRAI」キャンペーン。商業施設「東急プラザ表参道原宿」のプロデュース、「すみだ水族館」の展示演出など。カンヌ国際広告祭金賞、グッドデザイン賞など国内外で受賞多数。著書に『コミュニケーションをデザインするための本』(電通選書)。

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