クリエーターインタビュー

一人ひとりが“表現”することで広がる世界

グラフィックアーティスト 牧かほり氏

 国内外で幅広く活躍しているグラフィックアーティストの、牧かほり氏。企業やアーティストとのコラボレーションも多く、牧氏の描いた絵が映像やインスタレーション、プロダクトに展開されるなど、その表現活動は広がりを見せている。ソーシャルメディアやデジタルツールなど、新しいものへも果敢に挑戦し続ける牧氏に話を聞いた。

ソーシャルネットワークの発達で増える可能性

──表紙を飾った作品について教えてください。

 私は絵を描く時、そのフォルムに引かれて描き出すことが多いのですが、「シルエットの語りごと2」に関しては、落書きのように無意識なしぐさから生み出されたラインや、空想上のフォルムが連なってできた作品です。それらを厚さ5ミリのボードに切り出し壁から立ち上がるかたちで、2017年3月に香港で発表しました。

 言葉にするとこぼれてしまい、語るほどにすれ違っていくという危険性をはらまない、フォルムだけの世界。昨今のコミュニケーション手段である SNSやラインなどで使う、絵文字やスタンプでやりとりするときの、あのシンプルで余韻のある感覚。「シルエットの語りごと2」の世界は、どこか視覚化しにくいソーシャルネットワークにも通じるような気がしています。

 これらのどこか生き物を連想させるような不可思議なフォルムは、同じ人が見ても時間や場所、気分によって違うイメージを抱かれると思います。それが何なのか、即答できないものを描きたい。そんな欲求が常に私の心の奥底にあります。それはおそらく現実の世界でもあらゆるところに存在している、私たちの心の余白の部分、ゆるみの部分だと思います。本来、私たちの心は、もう少しゆったりとしていて、多様な視点を持ち、互いを許容し合う能力を持っているはず。このシリーズにはそんな世界にもう一度近づきたい、という私の願いへもつながっています。

──ソーシャルネットワークが発達したことで、アーティストを取り巻く環境はどのように変わりましたか。

牧かほり氏

 誰でも気軽に自分の作品を発表することができて、しかもそれを見た人から感想をもらったり、仕事のオファーを受けたり、そういったやりとりがダイレクトにできるようになりました。アーティストの中にはアピールがうまくできなかったり、コミュニケーション力に自信がなかったりという人もいると思いますが、ソーシャルネットワークを活用すれば、より多くの人の目に留まりやすくなる。そういう意味では、アーティストにとって今はいい時代だと思います。

 実は2015年に米Apple社から私に声が掛かったのも、世界中のクリエーターが作品を公開しているポートフォリオサイト「Behance」がきっかけでした。まさか、あの米Apple社から、ダイレクトに連絡がくるとは思っていなかったので驚きました。

──米Apple社との仕事では初めてペンタブレットで描かれたそうですね。

 はじめに描く絵は鉛筆を使うことが多いのですが、この時初めてiPad ProとAppleペンシルで描きました。iPad Proに入っているソフトがとても優秀で驚きました。それまでも鉛筆で描いた絵をコンピューターに取り込んで作業をすることが多かったのですが、デジタルには限界があると思っていました。その概念を覆されましたね。それからは画材の一つとして、違和感なく取り入れることができるようになりました。

 まだまだ使いこなせているとは言えませんが、私は新しいテクノロジーに関してはポジティブだと思います。AIの進化が進むこれからは、ますますデジタル機器を使う機会が増えてくるはず。きっと人間の想像力もそれに合わせて進化していくのではないかと思っています。

変わり続けることが生きている意味だと思う

──アーティスト活動を始めてから20年以上になります。

 この20年間で画風はもちろん、私自身もずいぶん変わりました。私は変わり続けることが、生きている意味だと思っています。なので、今の自分は1カ月前どころか昨日の自分とも全然違う。常に今が最新バージョンです(笑)。

 もちろん、変わらないことがすてきで心地いいという人生も素晴らしい。でも私は「物理的に身体が変化する→よって精神を取り巻く環境も変わる→さらに経験も重なる」という中で、変化していくことの方が自然だと感じます。今までやってきたキャリアのまま進むのではなく、新しいことに挑戦することで見える景色を渇望しているのです。

──子どもの頃から「絵を描く人になる」と決めていたそうですね。

 父親が画家だった影響があるのかも。いつも油絵の匂いがしている家で育ちましたから。ところが、子どもの頃の私の絵は観念的な絵が多くて褒められるようなところがありませんでした。それでも美術を専攻したのは、他に選択肢がなかったから。音楽やダンスが得意だったら、自分を表現する方法としてそっちの道を選んだかもしれません。

 そんなわけで、私はたまたま絵を描く仕事に就きました。「表現」がこの仕事の役割のように見えますが、子育てや研究、スポーツ、事務、農業など人間のすべての活動が「表現」である、と私は思っています。私たち一人ひとりがそれぞれの表現活動を通して、世界を少しずつ押し広げている、ビッグバンのように。可能性を広げ、思考を広げ、次の世代へとバトンタッチしていく。「地球に生まれて生きている」ということを考えた時、いつも浮かぶイメージです。

──最近は教育にも関心をお持ちだとうかがいました。

 はい。私はこれからの子どもたちにはもっともっと、「想像力」を育んで欲しいと願っています。「想像」は「創造」の意味も兼ねる、すてきな言葉。AIとの共存が当たり前の時代になったとき、人間に必要なのは豊かな「想像 想像力」と「直感」です。この二つが磨かれていれば、AIとともに新たな境地が切り開かれてゆくはずです。そのために今、私ができることはなんだろうか、と考えているところです。自分のクリエーションを子どもたちの教育につなげていけたらうれしいですね。

牧かほり(まき・かほり)

グラフィックアーティスト

1992年日本大学芸術学部デザイン学科を卒業後、フリーランスとして活動。一枚の絵からプロダクトや映像、スペースデザインに展開した作品を多数発表し続けている。国内外のアーティストや企業とのコラボレーションも多く、近年は米Apple社、Adobe Systems Inc.との共作をきっかけにデジタル作品にも力を入れている。
http://www.k-maki.com

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