クリエーターインタビュー

今を生きる人たちに、生きたアートを見せていきたい

ワタリウム美術館CEO・キュレーター 和多利浩一氏

 2017年7月22日から9月10日にかけて、宮城県石巻エリアでアートと音楽、そして食の総合芸術祭「リボーンアート・フェスティバル2017」が開催された。51日間の期間中、石巻中心部と牡鹿半島のさまざまな場所に80点を超える現代アートの作品が展示され、話題を呼んだ。アート部門の総合ディレクションを務めたワタリウム美術館CEOの和多利浩一さんに話を聞いた。

この瞬間にしか見られない、奇跡のようなアート作品

──「リボーンアート・フェスティバル2017」では、39組のアーティストが参加するアート部門の総合ディレクションを姉・恵津子さんとともに務めました。

和多利浩一氏 和多利浩一氏

 東日本大震災以降、東北各地で復興支援活動を続けてきた「ap bank」代表で音楽家・小林武史さんの呼びかけで、人類学者・中沢新一さんらと共に関わることになりました。全国的に芸術祭や音楽フェスが増えている中で開催するからには、他とは異なる本格的なものにしたい、というところで意気投合。3年の準備期間を経てこの夏の開催にこぎつけました。

 震災から6年。石巻エリアにはまだ傷跡は見られますが、着実に復興は進んでいます。その風景の中に現代アートを展示しようということになり、地元の人たちと一緒に趣のある古い家屋やポルノ劇場、名もない浜辺や廃校跡などさまざまな場所を厳選し、そこに現代アートの作家たちに作品を作ってもらいました。

 重要なのは場所と作家のマッチングだと思い、これまで一緒に仕事をしたことのある気心の知れたアーティストたちを中心に声を掛けました。より多くの人たちに楽しんでもらえるように草間彌生からバリー・マッギー、Chim↑Pomまで作家の顔ぶれは幅広くしたつもりです。

※画像は拡大表示します

草間彌生 真夜中に咲く花, 2010 2016 撮影:後藤秀二
牡鹿半島の先端には神の島として栄えた金華山がある。圧倒的な風景に対抗できるのはやはり草間彌生だった。フェスティバルのとりとなった作品。

島袋道浩 起こす, 2017 撮影:後藤秀二
金華山に最も近い浜で、サーファーたちの人気スポットののり浜。国立公園法第2種に指定されていて、一切の人工物の持ち込みが禁止されている。作家は、落ちている流木などを浜に立てていく作品を提案し、観客の参加も誘導した。

──作品を制作するにあたり、アーティストの皆さんにはどのような依頼をしましたか。

 私達から伝えたのは、被災地で行うイベントではあるけれども鎮魂だけに留まらず、希望や再生など未来に向けた作品にして欲しいということだけ。あとはタブーを気にせずどんどん自由に作ってもらいました。おかげでエッジの効いた「とんがった」作品が多くなったと思います。一緒に仕事をした当時に比べてみんなそれぞれに力をつけていて、私達の想像をはるかに超えた作品が多かったのもうれしかったですね。それがキュレーターとしての楽しみでもありますから。

 作品としても十分に力強いアートを、復興が現在進行形で進む街角や変化に富んだ自然の中に展示することで、今この瞬間にしか見られない奇跡のような風景を創り上げることができました。来てくれた人たちにも、今まで見たことのないような、とんでもなくおもしろい風景を見せることができたと思っています。

青木陵子+伊藤存 浜と手と脳, 2017 撮影:後藤秀二
地元民にもあまり知られていなかった牡鹿半島中部の浪田浜。プライベートビーチのような浜に青木陵子と伊藤存がドローイングとキャンバス作品を野外に設置という挑戦的な作品。
さわひらき 燈話, 2017 撮影:今井紀彰
フェスティバルでは人工の洞窟に鉄パイプなどで長い廊下と小部屋を作って10m洞窟に入ってのメディア作品。すべて自動で制御していたが湿気とコウモリとの戦いだった。

──作品の一部を再構築した「リボーンアート・フェスティバル 東京展 そこで何が起きていたのか?」が、現在、ワタリウム美術館で開催されています。

 街角や自然の中に展示していた作品を、美術館という白い空間に置いたらどう見えるだろうか、と企画しました。作品はインスタレーションや写真、映像、ドローイングなどさまざまですが、どれも作品単体として見ても十分興味深い展示になったと思います。

 芸術祭のエッセンスを感じていただけるような展示にしていますが、やっぱり現地で見てもらうのが一番。次回は2019年を予定しています。その時にはぜひ一人でも多くの人に現地に足を運んで見ていただきたいですね。

とんがったものがない世の中なんておもしろくない

──オープンしてから27年になるワタリウム美術館ですが、キュレーターとして変化を感じていますか。

 時代とコンテンツのエッジというワタリウム美術館の存在意義は、オープン当初から変わっていません。

 僕の仕事は、現在進行形の今、日本の東京で紹介すべきアートを世の中に出していくことであり、その内容は若い現代アートの作家から近代建築や思想、幼児教育といったジャンルまでかなり幅広いものです。今の日本は右も左もなくなって、全部が中道になってきているように感じます。極端な意見はメディアからも消えていく、というのが今の世の中の風潮ではないでしょうか。だからこそ、アートだけでも右も左もやろうよ!というのがキュレーターとしての僕のスタンスです。右でも左でも何でもいい、とにかく世に出していくことが大事ではないでしょうか。そのあとは観客が判断しますよ。

──アートの力を利用した地域活性化や町づくりが増えてきているようですが、どのように見ていますか。

ハスラー・アキラ 私たちは互いの勇気になろう, 2017 撮影:後藤秀二
フェスティバル開催の直前まで営業していたパール座。二つの映画館を有し、一つは津波で流され、一ヶ月後に小さい劇場は復帰し、ゲイのハッテン場としても活用された。

 そういう場所で使われるアートは「やさしい」「わかりやすい」ものが多いように感じています。僕は「やさしい」とか「わかりやすい」ものは、そこで終わり、というか先がないように思います。未来に向けて必要なことは、不可解で不思議な問いかけをしてくれる作品。「難しい」「わかりにくい」ものについて考え、みんなで話し合うことではないでしょうか。

 「リボーンアート・フェスティバル2017」で展示したアート作品はかなりとんがっていたし、わかりにくかっただろうと思っています。「とんがった」作品には賛否両論があって当然です。なぜなら、それこそが現代アートだから。芸術祭でも「何やってんの?」と思った人もいるかもしれませんが、僕はそれでいいと思っています。なぜなら、それが未来を考えることだから。


──賛否両論ある中で、「とんがった」アートを世に出し続けるのは大変ではないですか。

 批判やバッシングはよくあります。特に今はSNSでどんどん表に出てきますから。ただ、それはもう仕方がないこと。そういう意見もあるんだなぁと思う程度にとどめています。だって、僕たち大人がとんがったことをやらないと、次の世代が出てこない。とんがった若い連中が出てこない世の中なんてつまらない。僕はそう思います。

 現代アートは、52%いいと言ってくれる人がいればそれで十分なんです。評価は時代ごとに変わるものですし。ピカソだってそうでしょう? 出てきた当時は散々な言われ方だったのに、今では世界的なアーティストとして高く評価されています。評価が変わるところが、現代アートのおもしろいところ。評価が決まっているものは、他のコンサバな美術館にお任せし、僕たちは評価の決まっていないものを世に出していきたいですね。だって、僕たちは生きているのだから。生きたアートを生きた人たちに見せていかなければならないと思っています。

SIDE CORE+EVERYDAY HOLIDAY SQUAD rode work, 2017 撮影:今井紀彰
市街地郊外の冷蔵倉庫だったが、津波の被害でスケートパークになっていた会場に設営。消防法などによりスケートパークとして使用できないことが判明し、現在寄付金などを募っている。
名和晃平 White Deer (Oshika), 2017 撮影:後藤秀二
フェスティバルの中心となった牡鹿半島中部の荻浜に設置。特設レストラン、洞窟なども併設していた場所などで人が集まるスポットとなった。
和多利 浩一(わたり・こういち)

ワタリウム美術館CEO・キュレーター

1960年東京都生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。大学在学中の80年、姉・恵津子さんらとアートショップ「オン・サンデーズ」を始める。83年には美術メディア出版社イッシプレス設立。90年にワタリウム美術館を開設、キュレーターとして現代美術や建築などをテーマにした展覧会を企画。

※「リボーンアート・フェスティバル 東京展 そこで何が起きていたのか?」は、12月10日までワタリウム美術館(東京都渋谷区)で開催中。詳細は、http://www.watarium.co.jp/exhibition/1710reborn_return/

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