クリエーターインタビュー

としまえんらしい“かっこいい終わり方”、新聞広告だからできた自然と語りたくなる余白

博報堂 宮崎 晋氏・後藤 大氏・石井雄樹氏
左から石井氏、宮崎氏、後藤氏

 2020年8月30日の朝日新聞朝刊(1都6県+静岡県)に「としまえん」の広告が掲載された。広告制作を手掛けたのは博報堂 クリエイティブディレクター 宮崎 晋さん、アートディレクター 後藤 大さん、コピーライター 石井雄樹さん。宮崎さんは、これまでとしまえんの話題広告を数多く手掛けてきた業界のレジェンドでもある。今回のとしまえん最後の広告もSNSなどで大きな話題となり、新聞広告の可能性を感じさせるものだった。

「としまえんらしさ」とは何か

──8月30日に朝日新聞朝刊に掲載された「としまえん」の新聞広告は、大きな話題となりました。制作の経緯を教えてください。

後藤 大氏

後藤氏: 当初は、としまえんのプールと花火大会の広告制作の依頼でした。しかし、新型コロナの感染拡大に伴いプールをオープンするかどうか分からない状況となりました。たとえオープンしても人数制限をすることになり、集客のための広告は打てない。とても悩ましい状況でしたが、いくつもアイデアは提案していました。

 最終的にはプールはオープンし、花火大会も開催することが決まりました。ただ、広告の方向性は8月末での閉園発表もあり、「94年間のありがとうを伝える」という内容に変更。お客様の心に響く、最も強い「ありがとう」の伝え方を考えてほしい、というのがとしまえんからのオーダーで、掲載するメディアも含めて提案することになりました。

 

石井氏: 制作チームのみんなで、としまえんらしい終わり方や、終わる広告とは何かといったことから考え始めました。そもそも広告は売り上げを伸ばすために作るものなのに、今回は「もう売るものがない」という特別な状況です。表現についても、楽しさなのか寂しさなのか、とか。広告を見てくれた人たちに、どういった感情になってもらうのがいいのか、みんなで議論しました。

 

後藤氏: 僕ら自身、としまえんの閉園をさみしいと思っていたので、最初は感傷的なアイデアが多かったんです。しかし、よく考えると、最後に泣かせて終わるのはどうなんだろう、という話に変わっていった。みんな悲しんでいるけど、笑わせるとか、元気づけるとか、そういった表現のほうが、としまえんらしいと考え直しました。

──「としまえんらしさ」とは、どういう表現だと認識されていますか。

石井氏: 宮崎さんから教えてもらったことですが、人を傷つけたり、ライバルを蹴落としたりはしないのが、としまえんらしさの一つ。今回の場合は「ちょっと先に行くわ」と、多くを語らず、後ろも振り返らず、さっといなくなる。そんな終わり方が、としまえんらしいのではないかと考えました。

──漫画「あしたのジョー」のラストシーンと「Thanks.」というひと言のみの表現。まさに、多くを語らず、余韻が残る広告でした。

2020年8月30日付 東京本社版 朝刊722KB

石井雄樹氏

後藤氏: いろいろ検討した結果、去り際を一番かっこよく表現することが、僕らの役目だと思いました。としまえんは最後までお客さんを楽しませることに徹し、やるだけやって燃え尽きて、最後は真っ白い灰になって終わる、というイメージです。

石井氏: としまえんの方が、打ち合わせのときに「燃え尽きたい」と言っていたんです。そのキーワードから出てきたのが、「あしたのジョー」の矢吹丈のラストシーンをメーンビジュアルにするアイデアでした。他にも、燃え尽きるというイメージから、他のアイデアも考えていたのですが、宮崎さんと議論するなかで「矢吹丈のほうが強い」と気づきました。

後藤氏: 新聞をめくった瞬間、真っ白の灰になるというイメージにしたくて、新聞紙面の一番外側を囲む罫線も外してもらいました。掲載日の朝、自宅に届いた新聞は保存版にしようと思い、近所のコンビニに購入しに出かけました。その帰り道、ドキドキしながらあらためて新聞をめくったのですが、見た瞬間、シンプルで気持ちよかったので「きっと大丈夫だ」と安心しました。ちなみに、プレゼンでは採用されたアイデアのほかにもう一案、まったく方向性の異なる企画も提案していました。

結果を予測できない斬新なアイデア

──広告を展開するメディアとして、朝日新聞を選ばれました。いま新聞を選んだ理由は何でしょう。

宮崎 晋氏

後藤氏: まず、新聞は掲載する日にちが設定できること。最初はとしまえんが閉園した翌日、9月1日の掲載を検討していました。ただ、クライアント側は「終わるちょっと前にお礼を言いたい」という意向があったので、8月30日に決まりました。

宮崎氏: 新聞1紙のみで30段、シンプルなメッセージのみで展開したほうがきっと広がる。これまでのクリエーターとしての経験から、そう考えました。例えば、一つの石をポツンと池のまん中に落とすと、波紋が広がっていきますよね。一方、たくさんの小石を池に投げ込んでも、石の波紋はたいして生まれない。情報の拡散は、それと似ていると思います。


──その狙い通り、Twitterをはじめ、SNSで情報が拡散されていましたね。広告朝日の公式Twitterでもこの広告について情報発信したら、2.5万件のいいね!がつきました。

後藤氏: 当日の朝、起きてすぐにTwitterをチェックしたら早朝にも関わらず、としまえんの広告についてつぶやいている方がいて、驚きました。その後も続々とつぶやきは増え続け、そのほとんどが好意的な内容だったのでホッとしました。

石井氏: 掲載当日、新聞をめくるまで自分たちがドキドキして、どういう反応がくるか緊張するという経験はなかなかありません。コピーは「Thanks.」のみですからね。最小限の情報しか掲載していないので、もしかしたら全然響かないかもしれないと怖かった。それは日頃、情報を満載にして伝えることに慣れているからだと思います。

宮崎氏: 僕も当日朝は見られなかった(笑)。批判が来たらどうしようって、ドキドキしていました。誰も見たことがない新しい表現に挑戦しているからこそ、緊張するんです。

石井氏: 今回、企画の段階でSNSでバズや口コミを狙い、それを作り込むアイデアも考えました。だけど、よくよく考えたら、昭和のときの姿で愛されているとしまえんが、広告だけSNS受けを狙うのは、なんか変だよねという話になった。宮崎さんもお話している通り、いい広告は自然と口コミが生まれるもので、狙って作るのとは違いますよね。

 今回、特に、SNSで思い出を語っている人が多かったことが印象的でした。それは余白の効果もあるだろうなと思っています。こちらがあれこれ伝えなかったから、広告を見た人たちが自ら考えてくれた。余白は、きっかけになったはず。余白をつかった表現は、Web広告ではなかなか難しい。今回、新聞広告だからできることが分かったし、あらためて効果も実感できました。

──宮崎晋さんとの仕事で得たことや、教わって大切にしていることがあれば教えてください。

1990年4月1日付 朝刊1.2MB

後藤氏: たくさんあります。アイデア出しするとき「あぶなっかしい案を持ってこい」と言われるので、それは常に意識しています。要するに、リミッターをかけない素のアイデアのほうが、人をひきつける力があるということ。バカバカしくて面白い、だけどそのままでは出せないアイデアを、みんなで「こうしたら出せるかもね」「こんなアイデアと組み合わせればいいかも」とブラッシュアップしていきます。だから、打ち合わせは時間かかるけど、アイデアが具体化していく過程はワクワクする。仕事のだいご味の一つだと思っています。

宮崎氏: 僕らの仕事は、考えたことの95%がボツ。定着させられるのは、5%あるかないかです。どんなに考えてプレゼンしても、競合にやられちゃうこともあるし、クライアントに受け入れてもらえないこともある。うまくいったものだけが世の中に出るから、全部成功しているみたいに見えるけど決してそうじゃない。

 例えば、かつてエープリルフールに掲載した「史上最低の遊園地」という新聞広告も、最初に提案したときは通らなかった。3年くらいかけて実現しました。だから、アイデアは簡単に捨てず、大事にしておく。僕はこれまで考えたアイデアは、ぜんぶノートに書いてとってあります。20代の頃に考えたアイデアも、今使えることがあるんです。


──これまでのとしまえんの広告をあらためて見返すと、面白いだけじゃなくてセンスもあることが特徴だと思います。そのトーン&マナーのために工夫していたことなどがあれば教えてください。

宮崎氏: 昔の話になりますが、としまえんに最初のプレゼンに行ったとき、僕らは表現ではなく、としまえんの在り方について提案しました。「土日のお客さんを減らすキャンペーンをやります」と切り出し、僕らが広告を担当すれば、月曜日から金曜日までの平日の来場者を責任持って伸ばしますって言い切りました。平日にお客さんが増えれば、土日のお客さんの割合が減るので、均等になるということです。平日でもとしまえんに来られるのは、身軽な若者ですよね。だから、僕らはファミリー向けの広告ではなく、若者向けの面白い広告に特化することにしました。

 そして、冗談とか、ユーモアのある面白い広告だからこそ、誰もまねができないプロの仕上げにこだわった。例えば、大漁旗を使った企画も、合成ではなく、本物の大漁旗をオリジナルで作って撮影していました。イラストをつかったときは、ポスター画家の巨匠レイモン・サヴィニャックにダメ元で依頼したこともあります。そしたら、引き受けてくれたんです。それを世の中に出したとき、サヴィニャックのコレクターから「売ってほしい!」と言われたくらい、注目を集めました。

──今回の新聞広告も、歴史に残る表現だと思います。

宮崎氏: 広告は僕らではなく、採用するクライアントの功績です。としまえんの広告を担当するようになった当初は、当時社長だった堤 康弘さんから「あなた方に任せる」と一任してもらっていました。ただし「数字が伸びなかったり評判が落ちるようなことがあったら、すぐに担当は外れてもらう」とも言われていた。だから僕らも必死にがんばれたんです。クリエーターの考えを尊重して信頼してくれるDNAは、としまえんの現社長である依田龍也さんにも引き継がれていたんだと思います。依田社長が「この広告でいこう」と決断しなければ、実現できないわけですからね。

 そうそう、ずっと不思議だったのが、としまえんのスタッフが最後まで明るかったこと。閉園するとは思えないほど、クヨクヨしていなくて前向きだったんです。そのことからも、僕は、“としまえん”はなくならないような気がしています。勝手な妄想ですけど、跡地が公園になっても「ここにはとしまえんがあってね」と語り継がれるはずだし、きっと思い出という形で残るんじゃないかなぁと思います。

宮崎 晋(みやざき・すすむ)

博報堂 クリエイティブディレクター

1945年生まれ。1969年博報堂入社。入社以来、制作畑。ACC CM大賞、ACC金賞、ADC賞、TCC賞、カンヌグランプリ(日清食品)ほか受賞多数。現在もクリエイティブの現場で活動。

石井雄樹(いしい・ゆうき)

博報堂 クリエイティブディレクター/コピーライター

1999年博報堂入社。これまで、アクティベーションプラナー、コピーライター、クリエイティブディレクターを経験。 ACC銀賞、TCC新人賞、文化庁メディア芸術祭審査員特別賞ほか、朝日広告賞、JPMプラニングソリューションアワードなどで各賞受賞。 仕事のモットーは、「芯を食う。心を食う。」

後藤 大(ごとう・だい)

博報堂 アートディレクター

原宿サン・アド、大貫デザインを経て、2009年に博報堂入社。

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