上間常正のファッションノート

男女差の偏見を覆した男子新体操と三宅一生の出あい

 

 同じ種目でも、女子のとはこんなに違うのか! 東京の国立代々木競技場第二体育館で今月18日に開かれた青森大学男子新体操部の公演を見た多くの観客は、きっとそう思ったことだろう。トリッキーな細やかさや優美さが重視される女子新体操と比べると、男子の演技は動きの速さやジャンプの高さが格段に違い、相互信頼が固くなければとてもできない空中でのスピーディーな交差が乱舞した。そしてこの公演は、衣服デザイナー・三宅一生の企画によるもので、驚くほど高い水準でアーティスティックだったからだ。

 男子の新体操を初めて見たのは、もう20年くらい前のことだった。札幌で開かれた高校生のインターハイの大会の取材で、女子の演技の後で、その時初めて知った男子の演技があった。なにやら付け足しのようで、参加もたった数校だけ。華やかとはいえ稚拙な女子の演技に退屈しがちだった目に、男子の団体演技のスピード感のある力強い動きはとても新鮮で強く引き付けられた。だが、今回の大学生の公演は、そんな印象をはるかに上回るものだった。

© Masaya Yoshimura © Masaya Yoshimura

 公演はまず、体育館の会場に広げられた巨大な薄布の繊細で多彩な動きから始まった。それはまるで大海原の波紋のようだったり、川の激流のようだったりと、選手たちの動作や照明によって複雑に表情を変える。布は時に中に空気をはらんで高く舞い上がり、会場からの歓声と拍手を誘った。プログラムによれば、このシーンのタイトルは「水の記憶」。ここでは黒衣(くろこ)に徹した選手たちは、海の中で泳ぐ小さな魚たちのように見える。

 布が去った後に、13メートル四方のフロアマットが現れ、選手たちの演技が次々と展開された。バック転やタンブリング(宙返り)がさまざまな表情で交錯する。団体競技の選手6人が空中で交差するタンブリングは、少しでもタイミングがずれてしまえば激突してしまうに違いない。そんな激しい動きと対照的に制御された静止のコントラストも、男子新体操の特徴の一つだろう。

振付を担当したダニエル・エズラロウさん(中央)と、中田吉光・青森大学男子新体操部ヘッドコーチ(右) 振付を担当したダニエル・エズラロウさん(中央)と、中田吉光・青森大学男子新体操部ヘッドコーチ(右)

 今回の公演のためにデザインされたプリーツのコスチュームが、選手たちのこうした動きをより効果的に支えていた。体にぴったりと沿うようで微妙に揺れる多彩な色の服の形が、選手たちを数々の魚やイルカのように、また時には万華鏡のイメージのように抽象化された大きな花弁のようにも見せた。

 今回の公演では、ダンス・パフォーマンス界で国際的に活躍する振付家ダニエル・エズラロウが演出を担当した。演出テーマは「舞い上がる身体、飛翔(ひしょう)する魂」。「代々木のこの会場を巨大な水の塊と見立て、海と自然に包まれた地球の美しくパワーに満ちた地球の姿を表現したかった」という。

 男子新体操は日本で生まれ、競技人口は高校生やジュニアも含めて約1,500人程度。青森大学新体操部は2001年の結成で、全日本学生選手権11連覇を続けているトップチームだ。ヘッドコーチの中田吉光さんは「男子新体操の知名度はまだ低いが、より高いパフォーマンスを見せることでこの競技の魅力と認知度をアップさせていきたい」と語った。

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国立代々木競技場第二体育館での演技

 

 今回の公演は新聞やテレビなどのメディアでもとり上げられ、認知度の向上の大きなきっかけとなっただろう。だがこの公演はそれ以上に、スポーツだけでなくアートやデザイン、また広告の表現にも共通するジェンダー(社会的性差)やセクシュアリティー(性的魅力)についての固定観念という大きな問題を考えるきっかけを与えてくれるようにも思えた。

 この男子による演技は、新体操というスポーツ種目への、女性的な優雅さやセクシーまたはエロチックな魅力という一般のまなざしを覆すものだったからだ。男子の演技がより力強くてスピーディーなのは当たり前のことなのだが、問題はそれがやはりセクシーかつエロチックで優雅でもあり、その意味では男子でも女子でも同じだということなのだ。

 この問題を論じ始めるときりがないのだが、特に広告表現では男女差についての固定観念が多くまかり通っていて、それが訴求効果を実は狭めているのではないかと思えるのだ。元気になる薬やドリンク剤のモデルがたいていは男性だったり、ましてや男性用下着のモデルに女性が登場したりするのは、その固定観念や偏見に縛られているからなのではないか。

 今回の公演の企画の発端は、この秋に発売予定とされるプリーツのメンズラインのプロモーションの一つだったのかもしれない。だが、三宅と男子新体操の出あいは、そんなことをはるかに超える魅力的な結果を生み出した。しかし考えてみれば、プリーツ・プリーズに今までなぜメンズがなかったのか不思議なくらいなのだが……。

 

◇上間常正氏は、朝日新聞デジタルのウェブマガジン「&」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。

 

 

 

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