インバウンドビジネス拡大中 急増する外国人観光客に熱視線

 1964年に創刊されたツーリズムビジネス専門誌『トラベルジャーナル』は、観光ビジネスの最新トレンドやノウハウを関連業界に向けて伝え続けてきた。ここ数年、好調な推移をたどるインバウンドビジネスは、国内の産業にどのような影響を与えているのか。編集長の細谷昌之氏に最新の動向を聞いた。

「円安」「免税制度改正」「ビザ条件緩和」で1,300万人が来日

――日本を訪れる外国人(訪日外国人)について最新の状況を教えてください。

細谷昌之氏 細谷昌之氏

 『トラベルジャーナル』は海外渡航が自由化された1964年に創刊し、昨年50周年を迎えました。半世紀もの間、日本人の海外渡航(アウトバウンド)について取り上げることの多かった私たちも、昨今は、訪日外国人を対象にしたビジネス(インバウンド)に関する情報を、観光業界以外の方々へも提供する機会が増えてきました。

 2014年の訪日外国人の数は過去最多の1,341万人で前年比29.4%の伸び率を記録しました。JTBの予測によると、今年は1,500万人とのことですが、私は1,600万人くらいまで伸びると見ています。15年は44年ぶりに日本からの海外旅行者数と、海外からの訪日外国人数がほぼ同数になると予想しています。

 地域・国別に見ると、アジアからの観光客が8割を占め、最も多いのは台湾です。昨年は年間283万人と、1998年以来16年ぶりに1位となりました。次いで2位に韓国275万人(前年比12%増)、3位に中国240万人(前年比83%増)と続きます。他にも、フィリピンは前年比70%増、タイ、マレーシア、ベトナムも前年比40%以上です。

 東南アジアからの観光客が急増した背景には、ビザ要件の緩和があります。13年7月から、タイ、マレーシアからの短期滞在者向けのビザを免除、14年9月には、インドネシア、フィリピン、ベトナムからのビザ発給要件が大幅に緩和されました。

――訪日外国人の消費行動の特徴は。

 訪日外国人の国内での消費額は合計2兆円を超え、前年比43%と急激に増えています。これまで免税の対象品目は、カメラや家電、バッグなど非消耗品に限定されていましたが、昨年10月に免税制度が新しくなり、食品や飲料、化粧品などの消耗品まで拡大しました。昨年は訪日外国人の買い物額が、初めて宿泊費を上回りました。

 来日中に観光客1人が使う金額も、1人あたり15万円に上ります。国別では中国が1人あたり23万円で消費合計5,583億円と、訪日外国人による消費合計額のうち4分の1以上を占めています。ベトナム、ロシア、オーストラリアからの観光客も軒並み、1人20万円以上消費します。

 こうした日本の人気の背景には、12年末から続く円安が大きな影響を与えています。同年10月には1ドル約78円でしたが、いまや120円前後。単純に考えても千円の商品が、12年には約12.8ドルだったのに今なら約8.3ドル、つまり3~4割も安く買えるようになったわけです。これまで日本は物価が高いというイメージがありましたが、それも薄れつつあります。

 日本の観光庁は「2020年に訪日外国人2千万人」という目標を掲げています。この目標を達成するためには、年間1億人が海外旅行をする中国を中心としたアジアからの観光客がカギを握ります。今年1月19日には中国人へのビザ発給要件も緩和されました。今後もアジアを中心にした戦略構築は不可欠でしょう。

免税店を急拡大、バスで送迎も 各業界の取り組み様々

――個別企業による興味深い取り組みはありますか。

 2014年10月に免税対象品目が消耗品まで拡大しました。小売業は免税店を急ピッチで増やしています。例えば、イオンは全国300店舗、イトーヨーカドーは150店舗、そしてセブン‐イレブンは1,000店舗と、順次免税店を増やす計画です。三越伊勢丹グループや髙島屋など百貨店も、免税カウンターの数を拡充しています。新免税制度の施行は、小売業界のインバウンドビジネスに臨む姿勢を大きく変えました。今後も、各社とも訪日外国人を受け入れる体制を着々と整えていくでしょう。

 個別企業の取り組みでは、小売りの「ドン・キホーテ」は、インバウンドビジネスの先駆けとなる取り組みを行っています。新宿店では、訪日外国人向けに店舗周辺の詳細なマップ「ようこそ!MAP」を発行して近隣の宿泊施設に置いたり、同店で使えるクーポンやオリジナルグッズとの引換券がついた「ようこそ!カード」を配布したりしています。店員が手軽に使えるタッチペン式の5カ国語(英・中・韓・タイ・日)対応音声翻訳機も導入。さらに、「訪日旅行のナイトライフを充実させる」として、各地の観光協会や温泉旅館などと提携して、夕食後に宿泊先から近隣のドン・キホーテまでバスでの送迎もしています。これは訪日外国人がもてあましがちな夜の時間を買い物に使ってもらおう、という考えです。ドン・キホーテが打ち出す訪日外国人に向けた施策はまるで観光業のようです。

 OA機器メーカーのリコーは、新規事業の一環として、C to Cマッチングサイト「ローカルフェローズ」を開設しました。これは来日する外国人と、ボランティアの通訳ガイドをマッチングさせるサービスです。実は、訪日外国人には、「日本人と直接話がしたい」というニーズもあります。通訳案内士法により、資格のない通訳ガイドはガイド料を受け取ることはできませんが、ボランティアなので訪日外国人が食費を負担する方式です。友だち感覚で日本を案内してもらうことで、「この人にもう一度会いたいから、また日本に来よう」とリピーターを生むきっかけにもなっています。

 観光業界で面白いのは、IGRいわて銀河鉄道の取り組みです。岩手には台湾からの観光客が多いのですが、台湾との定期便がありません。そこで、海外旅行を扱える旅行業第一種免許を自ら取得し、台湾へのオリジナルツアーを企画。季節運航のチャーター便を維持するために、アウトバウンドの利用者増を図ったのです。沿線人口が減少する今、交流人口を増やすために着想を変えたこれまでにない事例です。

新たなビジネスチャンス 異業種からの参入に期待

――訪日外国人を受け入れる上での課題とは。

 外国に比べて不便といわれるWi-Fi環境や多言語表記の整備など設備的な課題もありますが、「心の壁」の問題も大きそうです。いまだに「外国人が苦手」という人もいます。観光業界からでさえ、そういう声を聞くことがあります。しかし、訪日外国人が2千万人の時代は、一昨年の2倍の人数です。街の光景も今とは大きく異なるでしょう。

 英語が上手かどうかではありません。コミュニケーションが重要なのです。例えば、東京・谷中の「澤の屋旅館」さんは、初めから流暢に英語を話せたわけではないそうですが、80年代から積極的に訪日外国人を受け入れることによってビジネスが大きく飛躍しました。

 日本人はおもてなしの心を持っていますが、残念ながら外国からの観光客に十分に向けられているとは言えません。2020年までの5年でどこまで「心の壁」が取り払われ、価値観を多様化させることができるかでしょう。

――インバウンドビジネスは日本経済にどのような影響を与えるとお考えですか。

 今後ますます伸びるインバウンドビジネスは数少ない成長分野です。これまでアウトバウンドビジネスが柱だった観光業界も、流通・小売りなど観光以外の業界も、この機会を存分に生かせば、新たなビジネスチャンスを生むことができるでしょう。

 実は、観光業の中には、時期によっては日本人観光客向けの航空座席・客室が押さえづらいこともあって、必ずしも訪日外国人を歓迎しない意見もあります。しかしこの勢いは、もう後戻りはしないでしょう。観光業界にとってもビジネスチャンスです。新たな「旅」を開発する可能性は至るところに眠っています。

 さらに観光産業だけでなく、異業種の方々がインバウンドへ目を向けて、新しいビジネスを生み出そうと知恵を絞っています。こうした新しいビジネスの芽生えは、停滞する日本経済にも必ずやインパクトを与えるはずです。

細谷昌之(ほそや・まさゆき)

『トラベルジャーナル』編集長

1964年生まれ。成城大学経済学部卒。帝国データバンクを経て90年にトラベルジャーナル入社。主に旅行業の経営問題や法規制などの取材を担当。デスク、編集委員、副編集長を経て2008年より現職。
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