より戦略的な地域づくりで「2020年に2,000万人」達成を

 訪日外国人観光客に対する政府や自治体の政策作りで協働する三菱総合研究所の観光立国実現支援チーム。チームリーダーの宮崎俊哉氏は、「昨年、訪日外国人が1,300万人を超えたのは想定外だった」という。インバウンド観光の展望と対策について聞いた。

これからの伸びは緩やかに ジャパン流「おもてなし」を維持できるか

宮崎俊哉氏 宮崎俊哉氏

――観光立国実現支援チーム発足の経緯は。

 観光立国実現支援チームは、2011年10月に発足しました。チームには、交通、プロモーション、ITなど多様な分野のスペシャリストが所属しています。総合シンクタンクの中で、「観光」と名の付く組織が結成されているのは当社だけです。

 発足のきっかけの一つは、08年10月に観光庁が設立されたことです。弊社として、観光を切り口とした国・地域づくりに貢献したいと考えました。もう一つは、06年に観光立国推進基本法が成立し、国や自治体の間で改めて観光を推進しようというムーブメントが起きたことでした。

 今はインバウンドに関する取り組みのご相談が多くなっていますが、ベースとなる国内旅行の活性化についてもこれまでと変わらず取り組んでいくつもりです。

――訪日外国人の最近の動向について教えてください。

 訪日外国人は2004年ごろから急激に増え始め、13年に1,000万人を突破、14年は1,341万人と、一年で300万人も伸び、過去最多を記録しました。弊社としては、この数字は「想定外」でした。

 実は、13年に1,000万人を達成できたのも、戦略的にインバウンドビジネスを展開したからというわけではないと思います。その年までの伸び率は、03年以降のアジアからの出国者増と同じ程度の伸び率です。つまり、アジア諸国の人々が積極的に海外旅行へ行くようになったため、その波に乗って、相対的に日本への観光客も増えたということでしょう。

 昨年は、国別で見ると、1位台湾、2位韓国、3位中国です。タイ、フィリピン、マレーシア、ベトナム、インドネシアからの観光客も急増しました。近年、東南アジアでは、日本政府観光局(JNTO)が積極的に現地プロモーションを行っていますし、過去2年に続けて行ったビザ取得要件の緩和も大きな影響を与えています。

 訪日外国人を増やすための重点戦略地域は、やはりアジア諸国です。外国人の訪日旅行への満足度は大変満足・満足が93%、再来訪意向が94%と、他の国への旅行と比べて驚異的な数字です。こうしたクチコミを聞きつけ、日本に行きたいと考える外国人が増えてきているのは非常に有利な状況です。

――昨年、1,300万人を超えたことが「想定外」とは。

 ここ数年、尖閣問題など日中間で緊張状態が続いたため、中国からの観光客はもう少し伸び悩むと予想していました。しかし、「政治問題と、民間は関係ない」ととらえる人が多かったのか予想外に早く復活しました。もともとのポテンシャルが大きいため、2015年は昨年よりも伸び、国別1位になるのではないでしょうか。

 もう一つ、想定外の理由は円安です。昨年は1ドル100円から120円まで円安が進みました。これが、「いつか日本に行ってみたい」と思っていた外国人の方々の行動を後押ししました。この為替レートの影響は短期的であり、2020年までといった中長期の趨勢(すうせい)への影響はないと考えます。

 今年は1,500万人を超えるかどうか、微妙なところです。すでに空港や航空券、宿泊施設の受け入れ容量が、飽和しつつあります。「2020年に2,000万人」という政府目標を達成するにも、ここが改善される必要があります。昨年のような「一年で300万人」もの伸びは期待できず、緩やかに増えていくでしょう。その間に、空港や宿泊施設を拡充させ、かつ日本最大の「売り」であるサービスの質や滞在満足度は落とさないよう注意しなければなりません。訪日外国人数の伸びが鈍化しても、むしろ受入体制を整えるための猶予期間ととらえ、じっくり準備を進めるべきだと思います。

「ゴールデンルート」と競合しない「いい地域づくり」とは

――「2020年に2,000万人」という政府目標を達成するために、東京・大阪など都市部や、京都など観光地以外での受入も必要となります。

 地方でインバウンドビジネスに取り組む際のポイントは、地域の「ブランドアイデンティティー」をはっきりさせることです。無理に「Typical Japan(典型的な日本らしさ)」を目指さず、地域独自の魅力を発掘し、訴求すること。そうなれば、インバウンド観光のゴールデンルートといわれる「東京-富士山-京都・大阪」と一緒に、観光ルートの一つとして組み込んでもらうことができます。

 好例が、岐阜県の取り組みです。県庁に「飛騨・美濃じまん海外戦略プロジェクト」を発足させ、「観光・食・モノ」一体で地域を売り込んでいます。観光客を呼び込むだけでなく、飛騨(ひだ)牛や檜(ひのき)、富有柿など名産品の輸出にも力を入れ、知事が海外でトップセールスを行っています。県の海外戦略会議には、木工製品の組合や世界遺産に登録された「本美濃紙(ほんみのし)」の団体、農業関係者も名を連ねます。

 同県の掲げるブランドメッセージは「森と長良川の清流、安全・美味しい・清潔」という巧みなブランディングです。東京都が発信する「歴史と新しさの共存・クールジャパン・東京スタイルの都市生活」と競合しません。つまり、東京とセットで観光してもらえるといえます。この結果、岐阜県は2013年に訪日外国人284,000人と前年比40%増の過去最高記録を達成し、飛騨牛の輸出量もこの5年で27倍にもなっています。

 政府もゴールデンルート以外の新たな観光ルートの開拓に力を入れています。多額の予算を投じて「広域観光周遊ルート形成促進事業」を立ち上げ、2月19日に第1回の会議が始まりました。こうした流れにうまく乗ることができれば、プロモーションは政府がバックアップしてくれますし、地方のインバウンド施策もスムーズにテイクオフできるでしょう。

 大切なのは、地域の魅力を再発見、整理し、「いい地域づくり」をすること。インバウンドをきっかけにお客様をお迎えしようとする過程で、地域の良さが磨かれていくのではないでしょうか。これが低迷している国内旅行の活性化にもつながると考えています。

宮崎俊哉(みやざき・としや)

社会公共マネジメント研究本部主席研究員

1968年生まれ。92年東京工業大学社会開発工学専攻修士課程修了。同年三菱総合研究所入社。観光立国実現支援チームリーダー。ツーリズム・アナリスト。国・地方の観光施策の立案、評価、運用に関する調査研究業務に従事。専門は観光統計の設計・分析、観光施策・事業のマネジメント。