“最後の一押し”には何が効く? 社会的価値など、効果的な訴求ポイントを

 生活者の購買行動がますます多様化する中、その心理を捉えるためには、どんな視点が必要だろうか。早稲田大学商学学術院の守口剛教授は、「購買時点を起点にマーケティング戦略を逆算し、訴求する価値を導き出すことが有効」と語る。

セールスプロモーションにも 長期的視点を

守口 剛氏 守口 剛氏

 セールスプロモーションでは、広告に比べて短期で成果が求められます。特に実務の現場では、具体的な売り上げ目標が設けられることがほとんどでしょう。しかし、即効性があまりにも追求され、例えば大幅な値引きなどの価格訴求が頻繁になされると、ターゲットが持ち得る「値ごろ感」が下がり、長期的にはブランドの毀損(きそん)につながってしまいます。

 ブランドの育成と、短期的な売り上げを求めるプロモーションが、ともすると対立してしまう。これは現在の問題意識の一つです。価格訴求は生活者にとって魅力的ですが、ブランドを育成するという長期的な視点も欠かせません。両者を結びつけるのは容易ではありませんが。

 価格訴求ではないインセンティブとしては、身近な例としてポイント制度がありますが、こうした「値ごろ感」を崩さず、消費者との持続的な関係を構築するような手法を開発することが重要です。

 また、価値訴求の中でも、機能的価値では差別化できないから情緒的な価値へ、そして最近では自己表現的な価値、さらに社会的な価値へと訴求ポイントの段階的なシフトが進んでいます。つまり、「生活に役立つ」といった「コトの価値」が訴求点として響くのです。特に東日本大震災以降は、自分自身の便益というより社会貢献になることが購買の動機になる、社会的訴求が結果的に効くケースが増えてきました。

無意識的・直観的な意思決定を捉える

 では、生活者はどのように購買の決定をしているのでしょうか?日常の消費行動を考えると、大きく分けて熟慮的・分析的に意思決定する側面と、無意識的・直観的に意思決定する側面があります。消費に留まらず、私たちが物事の判断にこの二つの思考を用いていることを説明する理論として、「二重過程理論」(表)があります。購買行動について見ると、高額のものや重要度の高い商品を購入する際には前者、日用品など消費財では後者のウエートが高くなっています。

 コンビニに入って、数あるお茶の中でなぜそのブランドを選んだのか、明確に説明できる人は多くないでしょう。無意識的・直観的な購買において何が決め手だったのかを明らかにするのは簡単ではありませんが、ニューロマーケティングや行動観察調査などの手法によって探られつつあります。

 分析が難しい購買心理を把握するための、もうひとつの大きな流れは、ビッグデータの活用です。プロモーション領域では、昔からPOSデータが活用されてきましたが、今では一人の顧客について取得できるデータの種類が膨大になっています。会員顧客の購買履歴とソーシャルメディア上での発言や位置情報などを結び付け、売り上げの予兆を把握したり消費者心理を捉えたりする分析も進んでいます。

 新しい調査手法や、これまでは利用されていなかったデータを活用することで、消費者の直観的・無意識的な意思決定を捉えるための試みが進展しています。このような試みは、実務においても研究の世界でも今後ますます重要視されてくると考えられます。

「買っていて楽しい」など、買い物自体の価値に注目

 また、商品やサービス単体ではなく、買い物自体がどのような価値を提供できるかも探られています。以前、購買の現場となる店舗に注目して、比較購買の実験を行ったことがあります。いわゆる実演販売ですが、同じ食材で複数の銘柄を試食してもらったところ、特に青果コーナーでのりんごの食べ比べが盛況で、実際に購買も伸びました。「私の好みはこれ」と意識したことが、情緒的価値としてプラスに働いたと考えます。

 単なるお得感ではなく、知らない情報が得られたり、刺激があったりと、「買っていて楽しい」という価値を店舗は提供できる。そして、適切な選択肢が店頭にあった方が、購買行動を喚起できる。研究を通して、肌感覚ではわかっていても分析できていなかった、このような価値の測定が進んでいます。今日的には、eコマースで提供できない店舗購買ならではの強みとしても捉えられます。

 より購買の現場に立脚すると、「売り場起点で考える」ことも有効だと思います。マーケティング戦略ではマスメディアでの認知獲得から組み立てられ、プロモーションは最後に位置づけられることが多いですが、発想の順番を逆にするのです。

 この「プロモーショナルマーケティング」という概念は新しいわけではありませんが、購買に結びつけるのが実務家にとっての最重要項目と考えると、どのような“最後の一押し”が効くのか、そこから全体を逆算するほうが効率的な場合も多いはずです。

 メディアの使い方も、もちろん新聞やテレビなどマスでしかできないことは依然として大きいと思います。消費者間のコミュニケーションをつなぐのも、マスメディアに期待される機能の中のひとつです。体験を通して商品の価値を伝えるというプロモーションの組み立てをマスメディアが主導して行うことも有効でしょう。ただ、マスメディア単体ではなく、複数メディアや販促ツール、またソーシャルメディアとリンクした統合的なマーケティングがますます求められています。(談)

守口 剛(もりぐち・たけし)

早稲田大学 商学学術院 教授

1979年早稲田大学政治経済学部経済学科卒。93年筑波大学大学院経営・政策科学研究科経営システム科学専攻修士課程修了。96年東京工業大学大学院理工学研究科経営工学専攻博士課程修了、博士(工学)。流通経済研究所、立教大学を経て、2005年4月より現職。著書に「消費者行動論」(共著)、「セールスプロモーションの実際」(共著)ほか。