消費者の目線が高く、「プレミアム」に価値を払う良質なマーケット

 プライスウォーターハウスクーパース・ストラテジー(2014年4月にブーズ・アンド・カンパニーから社名変更)は、世界最大級のプロフェッショナルサービスネットワークであるPwCの一員として、グローバル企業に対し経営戦略の策定から実行まで、総合的に支援している。同社の今井俊哉氏、白石章二氏、北川友彦氏に、海外企業の日本進出の現状について話を聞いた。

構造改革とともに、海外企業の日本進出に変化も

――海外企業の日本進出について、現状を教えてください。特に安倍政権発足後の状況は。

今井俊哉氏 今井俊哉氏

 B to Bの分野では、これまで参入障壁が高かった業界でバリューチェーンの改革や構造改革が起こり、欧米企業の参入機会が増えています。例えば、電気事業法の改正によって自由化が進む電力業界では、米GEが風力発電で、東芝に買収されたスイスのランディス・ギアがスマートメーターで日本に進出しています。他にも、通信販売やその物流、医療などの分野でこうした改革が進むと考えられます。

 それに加えて、自動車部品業界では、海外のサプライヤーが日本の自動車メーカーの海外工場を顧客とし、それを足掛かりに日本メーカーを買収したりする形で日本に進出する可能性があります。食品、日用雑貨、化粧品などB to Cの分野では、日本市場は多数のプレーヤーによる競争も激しく、顧客の要求度も高い。プレミアム・セグメントでの成功を目指す海外企業が、「まず日本に進出して消費者ニーズをつかんで商品開発を進め、その上でアジア諸国に展開していく」というこれまでの戦略を大きく変えることはないでしょう。

 海外で安倍政権について評価されているのは、政策の良しあしではなく、政権の安定性ではないかと思います。2013年4月に決定した過去最大の金融緩和によってマネーサプライが増え、極度の円高状態は落ち着き、株価も回復しています。

――現在の日本市場や消費者の特徴は。

 消費者の質も目線も高く、ホスピタリティやプレミアムなどに積極的にお金を払うマーケットです。しかも、厳しい消費者ニーズにしっかり応えることができれば、確実に成果の出るマーケットだと言えます。

白石章二氏 白石章二氏

 日本で成功している海外の自動車メーカーと言えば、メルセデス・ベンツやBMWなどプレミアム感を大切にしている企業です。日本では時速200キロなんて出せないのに、排気量が大きくて値段の高い上級モデルを購入するユーザーがとても多い。それも富裕層だけでなく、所得が中の上くらいの消費者もこぞって上級モデルを求めます。だから欧米の自動車メーカーは、最新技術を搭載した新車種を発売する際、日本の消費者の反応をとても気にするのです。

 宿泊業などホスピタリティが重要な業界も同様。そこに泊まることでスペシャルな体験ができるというプレミアム感があれば、高い宿泊料でも日本人は快く支払います。事実、この10年で高級日本旅館の客単価は上がっていますし、外資系高級ホテルも人気を博しています。
日本市場は依然として「質」を重視するマーケットであり、大量消費・大量廃棄型のビジネスモデルが中心の米国型とは少し違うのかもしれません。

フレキシブルなKPIの設定と支社の規模に合う組織設計が成功の鍵

――海外企業が、日本進出に成功するためのポイントとは。

 日本進出にあたり重要なポイントとなるのは、KPI(Key Performance Indicator/重要業績評価指標)の設定と組織設計です。

 うまくいっている海外企業の日本支社では、ブランドなり商品のおかれたフェーズに従って、成長分野と非成長分野でフレキシブルにKPIを使い分けています。ある消費財メーカーの場合、成長著しい新規販売チャネルでは「成長率」をKPIとし、これからの成長が期待できない旧来の販売チャネルでは「利益率」をKPIとして管理するといった具合です。

 組織設計の上で気を付けなければならないのは、過度に日本型の組織にならないことと、求められる機能に応じて市場規模に合うヘッドカウント(人員)を用意することです。長年日本に支社を置いている海外企業では、各個人の能力ではなくキャラクターや経歴に依存する日本的な組織になりがちで、効率が悪くなってきます。一方、日本に参入したての海外企業の場合、必要なヘッドカウント(人員)を少なく見積もり過ぎ、一人の社員に機能や役割が集中してパンクしてしまうことが起こります。

――日本企業や海外企業の日本支社はグローバル市場でどんな位置づけになっていくのでしょうか。

北川友彦氏 北川友彦氏

 これまで、消費者の要求が厳しい日本市場は本国の若手を鍛え上げる登竜門として機能していました。しかし今では、新興国に進出するために30代前半の若手日本人マネジャーを育てる場となっています。日本は欧米的な価値観、アジア的な価値観のいずれにも対応できるため、両者の「翻訳機能」としての役割も期待されています。

 今、安倍首相は企業の経営者を連れて、各国で積極的にトップセールスを展開しています。同行する企業の中には、内需型企業の代表格であるインフラ系企業も含まれています。日本の強みの一つは、インフラを運営するために必要なオペレーションや消費者の行動分析など、ノウハウに関する知的財産の分野です。このような分野で新興国の経済発展に寄与できれば、利益はもちろん、海外の人々からのリスペクトも得られます。今の時代、海外展開でしっかり稼ぐという、成長への本気度が変わってきました。海外で得た利益を具体的に「経常収支」として国内に還元することで日本全体の成長も期待できるでしょう。

今井俊哉(いまい・としや)

プライスウォーターハウスクーパース・ストラテジー 代表取締役

約25年にわたり、コンピューターメーカー、ITサービスプロバイダーなどに対し、全社戦略、営業マーケティング戦略、グローバル戦略などの立案、組織、風土改革などを手がける。

白石章二(しらいし・しょうじ)

プライスウォーターハウスクーパース・ストラテジー ヴァイス・プレジデント

25年にわたって、自動車、産業機械、化学などに対し、全社成長戦略、グローバル戦略、合併後の統合などのプロジェクトを多数手がける。

北川友彦(きたがわ・ともひこ)

プライスウォーターハウスクーパース・ストラテジー プリンシパル

機械製造業や部品、素材などの産業財分野を中心に、事業戦略、営業・マーケティング戦略、組織・オペレーション改革などのテーマについてコンサルティングを行う。