ソーシャル活用によって広がるマスメディアの可能性

 マスメディアとソーシャルメディアを統合した企業キャンペーンが増えている。デジタルマーケティングのフロンティアとして、大手企業、行政、アーティストなどの先端的なマーケティングを数多く手がけている小川和也氏にソーシャルメディアマーケティングの最新状況や統合キャンペーンの今後の可能性などについて聞いた。

小川和也氏

消費者は安易な「拡散狙い」をたちまち見抜く

 どのような形であれ、今後ソーシャルメディアは存続していくでしょう。その中で、マス広告が得意とするのは「アテンション」で、ソーシャルメディアはその先のファン作り、つまり「エンゲージメント」に踏み込むことができるメディアとなります。そんな予測のもと、多くの企業がフェイスブックやツイッターを介した対話型のコミュニケーションに取り組んでいます。新しいメディアに対する期待は変わらずあると思いますが、最近はもう一歩踏み込んで、販促や集客といった課題解決をソーシャルメディアに求める企業が増えています。つまり、消費者の具体的な行動につながるクチコミや、爆発的な情報の波及力を求めているのです。

 ただ、スマホなどを通じた個々人の情報発信が日常化し、消費者が容易に情報発信できるという「情報の民主化」が起こりました。すると、情報発信することに慣れた消費者は、肌感覚から安易な「拡散狙い」をたちまち見抜きます。また、面白い商品やコンテンツへの評価は積極的にシェアしますが、そうでない商品に対するリアクションは非常に残酷です。 こうした時代にますます問われているのが、提供する「中身」です。中身とは、企業であれば商品やサービス、情報領域であればテキストや映像などのコンテンツ、個人であればパーソナリティーです。私が企業のコンサルティングを行う際も、本当に社会や人々に愛される商品とは何か、コンテンツとは何か、といったことを徹底的に突き詰めます。ソーシャルメディアをどう活用するかという以前に、コンテンツそのもの、商品そのものの企画に携わることも少なくありません。

ソーシャル→マスメディア→ソーシャルという循環

 ソーシャルメディアによって「情報の民主化」が進んだ今、広域への情報発信はもはやマスメディアの特権ではなくなりました。だからといってソーシャルメディアがマスメディアに取って代わることはないと思います。ソーシャルとマスメディアが共鳴し合い、様々な方向性が出てくるのではないでしょうか。

 マスメディアで認知を高め、ソーシャルメディアによって長期的に話題を引っ張る。こうした手法は、様々な分野で用いられています。加えて最近は、ソーシャル→マスメディア→ソーシャルという循環も生まれています。象徴的な例は、安倍晋三首相の発言です。安倍首相がフェイスブックを始めて以来、ここでしか語られない内容にマスメディアが注目し、取りあげるようになりました。フェイスブックの投稿にマスメディアが言及し、そのマスメディアの報道がソーシャルメディア上で話題になるパターンが散見されました。

どういう文脈の中でマス広告を打つかが重要

 テクノロジーの進化により、人々の行動は変化しています。例えば、昔は通勤電車の中でビジネスパーソンが新聞を読む光景がよく見られました。しかし最近は、新聞がスマホに代わりつつあります。では、新聞はいつ読まれているのか。ここで改めて新聞メディアについて考えてみます。特性の一つは、一覧性です。地震速報などはネットニュースのスピードにかないませんが、重要なニュースをひと通り一覧するなら、玉石混淆のネット情報からチョイスするよりもずっと効率的です。また、一定のリテラシーに基づいて編集されているため、読んでいて安心感があります。バッと開いた時の紙面の大きさは、スマホ画面では実現できないビジュアルインパクトがあります。どこにもリンクできない“閉じた”メディアであることも、逆に迷路に迷わず安心して読めます。

 私はソーシャル畑の人間と思われていますが、金融業界で働いていた頃から朝・夕刊を読むのが日課になっています。読む時は、家のテーブルに広げてじっくりと。電車の中で読むことはありません。私のような人が多いと仮定するなら、その行動パターンからコミュニケーションの可能性を探ることができます。

 マス広告単体でクリエーティブを考えるのではなく、どういう文脈の中でマス広告を打つか。人々の日々の暮らしのどういうシーンにどういうコンテンツ(広告)を提供すれば話題になるのか。ソーシャルメディア時代には、そうしたストーリーを設計する上でマス広告をどう位置づけるかが、重要なカギを握っています。

人々は「感動」や「共感」を求めている

 朝日新聞デジタルについてもう少し加えると、ウェブ上のデジタル紙面とツイッターでの投稿を連動させたソーシャルAは、マスとソーシャルの連携に先鞭をつけた取り組みだと思います。コンテンツのデジタル化において大事なのは、必然性です。文字を読むということに限れば、紙のほうが目にストレスがないのは生物学的に明らかで、デジタル化が必然であると見なすには弱い。私は、デジタルで新聞を読む必然性とは、ソーシャルでつながった人たちが、記事になった政治課題や社会的事件について意見を交わし合うことだと考えています。また、原発事故があった時にデモや市民運動が各地でありましたが、個人がメディア化している今、新聞を起点に社会的なムーブメントを起こしたり、ムーブメントに参加を表明したりといったことが起こってくると、今までとは違ったメディア価値につながっていくのではないでしょうか。

 どういう要素がソーシャルで話題になりやすいかをおさえておくことも大切です。世界中の個人が発信者となり、ネット上で対話している中で、人々は一方的なメッセージに耐えられなくなっています。その代わり、感動できるネタ、共感できるネタに非常に敏感です。わかりやすい例が、「DJポリス」です。日本男子サッカーのワールドカップ出場が決まった際、渋谷に出動した警察官がユーモアを交えてサポーターたちに公共マナーの順守を呼びかけたことが、ソーシャル上で称賛の的となりました。「頭ごなし」から「対話」へ。この流れは、ソーシャル文化が多分に影響していると思います。いちばん無視されやすいのは、当たり障りのないメッセージです。フェイスブックでも、「何となく良さげ」「何となくさわやか」な表現に対しては「いいね!」があまりつかないようです。

消費者との「共作」が企業や商品への共感につながる時代へ

小川和也氏小川和也氏

 ソーシャルメディアマーケティングのこれからの潮流としてキーワードを挙げるなら、それは「共作」です。弊社がソーシャルメディアプランニングを手がけた事例で紹介しましょう。2012年、キリンホールディングスが、健康プロジェクト「Plus-i」の一環として実施した「100万人でつくろう元気のうた」キャンペーンです。100万人以上を目標に「元気」をテーマとする言葉、音、動画などをソーシャル上で集め、ひとつの歌を作るという企画です。完成した「元気のうた」はCD化し、応募いただいた映像はミュージッククリップとしてDVD化しました。海外からの参加もあるなど大変な反響を呼び、応募総数は180万に到達。米国ダイレクトマーケティング協会が主催する国際エコー賞を受賞しました。

 自分ごととして距離感を縮める。参加してもらい感動した時のほうが「共感」や「共有」につながりやすいことを改めて認識しました。今後「共作」という視点で、様々な商品やサービスの統合キャンペーンを組み立てていけるのではないでしょうか。

ソーシャルでの成功の鍵は…

  • ユーザーをコントロールしようとしてはいけない
  • ユーザーは情報発信に慣れ、情報発信する側の意図を見抜いていることを忘れない
  • メディア接触のシーンを踏まえたストーリー設計を
  • 「共作」でユーザーの「自分ごと化」に。「共感」「共有」へとつなげる
小川和也(おがわ・かずや)

グランドデザイン&カンパニー 代表取締役社長

慶應義塾大学法学部卒業後、大手損害保険会社勤務を経て、2004年7月グランドデザイン&カンパニーを創業、代表取締役社長CEOに就任。西武文理大学特命教授、一般社団法人日本Webソリューションデザイン協会副会長を務め、デジタルとコミュニケーションの領域を俯瞰的に考察した言論活動を行っている。著書に『ソーシャルメディアマーケティング』(ソフトバンククリエイティブ刊)ほか。