「大事な人には、いま伝えよう」 行動を喚起するメディア活用にグランプリ

 カンヌライオンズ2013のメディア部門の審査員を務めた博報堂および博報堂DYメディアパートナーズの執行役員、三神正樹氏に、審査の様子や今年のカンヌの傾向などを聞いた。

コンテンツと表現方法 その架け橋が「メディア」

三神正樹氏 三神正樹氏

――メディア部門の審査員を務められた印象や感想を聞かせてください。

 カンヌライオンズに参加すること自体初めてでしたが、メディア部門は他部門と少し雰囲気が違うな、というのが最初の印象でした。審査員は他部門ではクリエイティブ職の人が務めるのが一般的ですが、メディア部門は、メディアエージェンシーの経営者や役員クラスで構成されていました。

 カンヌは2011年に「カンヌ国際広告祭」から「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」と名前が変わりました。それまで、「クリエイターがクリエーティビティを審査する祭典」と捉えていましたが、祭典名から「広告」の文字が消えたように、もっと広義のクリエーティビティ――コミュニケーション、メディア、そしてマーケティングの上での課題は何か――を語り合う場だと実感しました。

――メディア部門の審査はどのように進められましたか。

 今年は審査委員長を含め計40人が審査員を務めました。一次審査で、5人ごとの8グループに分かれて応募作品3,031点を審査し、入賞作品に当たるショートリストの候補となる「ロングショートリスト」を選出します。多くの応募作品は、概要や成果などをまとめたプレゼンテーションビデオを用意しており、審査員はカンヌ事務局のデータベースにつながる専用のタブレットを使って、そのビデオを見ながら審査を進めます。3日間かけ300点余りに絞り込みました。そして、ショートリスト選出以降の二次審査は審査委員長と8人の審査員のみで行い、私もその一員として臨みました。

――評価基準は。

 大前提として「メディア部門は何を評価すべきなのか」という疑問が審査員の間にはありました。カンヌには17の部門がありますが、「フィルム」「ラジオ」「アウトドア」など、どの部門も「メディア」と言えるわけで、そういう意味では、様々なメディアの使われ方、価値をめぐる作品がエントリーします。いわば柔道の無差別級のような、「力があればなんでもアリ」というのが、メディア部門の特徴でもある。当然、何を基準に審査すべきなのかが、他の部門よりも難しいだろう、と。

 それを見越したかのように、カンヌ開催の数カ月前に審査委員長から審査員全員に「宿題」が出されました。「自分が考える『メディア部門的観点で最高のプロジェクトや作品』を選び、なぜ最高なのかという理由とともにリポートすること」というものです。正直、面食らいましたが、この宿題から審査委員長が導き出した指針は非常に審査を明快にしてくれた。それは、次のようなものでした。

 Creative bridge between the“What”and the“Where”

 「the“What”=言いたいことやコンテンツ」と「the“Where”=方法論」をつなぐクリエイティブな橋、という意味で、「the“What”とthe“Where”にクリエーティブな橋を架けることがメディアの役割であり、その橋を発見することが、我々メディア部門の審査員のミッションである。それを念頭において審査をしよう」と。同時に、「触発されるか」「驚きがあるか」「拡大再生産の可能性があるか」といった10のキーワードも提示されました。これらは、特にショートリストを決める二次審査に入ってから非常によく機能し、熱い議論を戦わせながらも全員が一つの方向を向きながら審査に臨めました。そしてこの指針は、「自分たちのビジネスを考える上でも大いに参考になる」と審査員の間でよく話題になりました。

 とくにゴールド以上については、「この作品を選んだことによって、メディア部門がどういうメッセージを世の中に発信したことになるのか」ということを非常に熱く、そして真摯(しんし)に話し合いました。

「どのメディア一つ欠けても成立しない」 それが真のメディア統合キャンペーン

三神正樹氏

――グランプリはオランダの葬儀保険会社「Dela」が受賞しました。評価のポイントは。

 "Why Wait Until It's Too Late"(大事な人には、いま伝えよう)というキャンペーンです。人は、大切な人が亡くなった後に、どれだけその人を愛していたかなど、素晴らしい言葉をかけることが多い。ならば、その素晴らしい言葉を生きているうちに伝えよう、というアイデアです。このキャンペーンの秀逸な点は、「素晴らしい言葉を言おう」と呼びかけるだけの20世紀型の一方的なコミュニケーションでは終わらず、「アクションしてもらう」ことを促す仕組みになっていました。例えば、「Dear,」という一言だけが印刷された余白の多い全面広告を新聞に掲載し、大事な人への言葉をつづろうと呼びかける。そして、言葉を書いたら、それをツイッターやフェイスブックや特設サイトに投稿してもらいます。そして、1枚1枚を原稿としてポスターを作り、ジオターゲティングによって投稿元のIPアドレスからおよその居住エリアを割り出し、投稿主の近所のバス停の広告スペースに掲出したのです。

 また、告白するシーンをドキュメンタリー風に撮影してテレビCMに使うなど、生活者に行動を起こしてもらい、それをコミュニケーションに活用しました。アイデア自体に素晴らしいインサイトがあるのはもちろん、人々を動かすこと自体がメディアの仕組みとして成り立っており、先に触れた「Creative bridge」を体現していると評価しました。実はオランダでも知名度の低かった社名や商品名が、このキャンペーンによって認知度が上がってトップ10ブランドに入り、資産価値が50%上がるなどの成果が出たことも評価されました。

 メディアに関わる者の間では「メディアのインテグレーション(統合)とは」という議論がよくされます。キャンペーンを構成する複数の要素の何か一つが欠けてもキャンペーンが成立しなくなる、あるいはパワーダウンするように強く相互依存的に組み合わされている、それこそがメディアのインテグレーションです。グランプリの選出を通じ、審査員全員がそれに気づくことができたのは、大きな収穫でした。

――他に印象に残った作品は。

 南米・ペルーの工科大学が学生募集のための屋外看板に、空気中の水分を飲用水に変えるテクノロジーが埋め込まれている、という作品は見事だと思いました。水不足なのに湿気が高いというペルーが抱える問題のソリューションになっており、かつ、科学に興味のある学生に訴求する広告力もあります。ちなみに、実際に一日に約100リットルの水を作り、この看板の下には水浴びする子どもや給水にくる主婦が集まっているそうです。

 これまで広告は、知らしめたり、買いたい気持ちにさせるのが役割でしたが、それを超えて、広告自体が機能し、社会や生活者が抱える課題を解決することまでをやっている。これからの時代、広告のあり方の一つなのではと期待しています。

――審査員を務めて、あらためて見えてきたことは。

 メディア部門は創設15周年という節目の年でした。欧米にメディアエージェンシーが誕生した時期と重なります。その中で、「広告クリエイティブとメディアは上下の関係なのか」「メディアは広告を出す媒体にすぎないのか」といった悩みをメディアエージェンシーは抱えていたと思うのですが、デジタル技術の進化によって、互いに欠かせない重要な役割を果たせるだろうということが見えてきたように思います。

 広告・マーケティングビジネスにおいて、メディアに付加価値が形成されていることを、今回の審査を通じて実感することができました。メディア部門の受賞作品を通して、そういったメッセージを世界中に発信できたことに、今は非常にすがすがしい思いを感じています。

三神正樹(みかみ・まさき)

博報堂DYメディアパートナーズ i-メディアビジネス担当 執行役員

1982年博報堂入社。事業・プロモーション領域の部署を経て、デジタル時代の黎明(れいめい)期の96年「博報堂電脳体」の設立に関わる。以降、統合マーケティングやデータドリブンマーケティングなどを実践し、博報堂におけるデジタルマーケティング分野をけん引。この分野の豊富な経験をもとに、マーケティング効果における顧客企業への説明責任、広告コミュニケーションの最適化などに先駆的に取り組む。2010年博報堂執行役員。11年博報堂DYメディアパートナーズのi-メディア領域担当の執行役員を兼務。13年「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル」でメディアライオンのアウォーディング・ジュリーを務める。