「紙」にしかできないところで勝負してきたという自負 世の中の新しい動きにも挑戦し続けたい

 「世界幻想文学大系」など重厚なシリーズものや豪華本など個性的な出版物を刊行し続けてきた国書刊行会が、今年創業40周年を迎えた。出版不況の中にあって異彩を放つ同社を率いる佐藤今朝夫社長に話を聞いた。

作り手が本当に作りたいものを自由に作る

佐藤今朝夫氏 佐藤今朝夫氏

――個性的な出版物を数多く刊行していますが、どのような観点から出版を決めていますか。

 簡単に申し上げれば「売れるか、売れないか」。出版社を続けていこうとしたら、これははずすことのできない観点になります。

 もちろん、10万部、20万部と売れるならそれに越したことはありません。でも、世の中には、「必要としている人は全国に数千人しかいないけれども、その人たちにとっては絶対に欠かせない書物」というものもあるのです。学術書、研究書、宗教や思想関係の本……などの中にはそんな本がたくさんあります。これらは、むやみに売らなくてもいい。必要としている人に納得していただける本を作り、その人たちの元にちゃんと届けばそれが「売れた」ということになります。

 その意味で、売れるかどうかには大いにこだわっています。今の時代、1冊1,000円の本が30万部売れたら大ヒットですよね。うちは1冊1万円の本を3,000部売っていこうと、そういうことです。

――この40年の間に、幻想文学、ミステリー、SF、歴史、思想,芸術などへとジャンルを拡大して、根強い「国書刊行会ファン」を多数抱えています。

 ありがたいことに、多くの本好きの方に愛していただいている。それはなぜか、と言われても困るのですが、ただ、一つ言えるとすれば、本作りにおいては、作り手が本当に作りたいものを作っている、ということでしょうか。

 うちの編集者の中には、自分の興味のある分野、たとえばミステリーばかり、幻想文学ばかり追いかけている者もいれば、あっちにおもしろい話があれば飛んで行き、こっちにあるぞと聞けば飛んで来るという感じの者もいます。

 まあ、どちらでもいいのですよ。編集の妙というのは、まだ耕されていないところに、喜びの種をまくことにある。「よし、オレはこんな種をまいてみよう」と種をまき、愛情を持って育て、喜びの花を咲かせる。いい仕事ですよ。作りたくて作っているのであれば、愛情もひとしおでしょう。野菜でも人間でも愛情をかけるとよく育ちますよね。本も同じ。愛情をかけるといい本になります(笑)。

地熱発電事業へ参入 読者から応援の言葉が届く

――「国書刊行会らしさ」を期待されることも多いかと思います。それは何だと思いますか。

 とくに意識していません。一人ひとりは好き勝手なことをやっていますが、結果としてみんなの個性が、全体としての「国書刊行会らしさ」につながっているということでしょう。強いて言えば、マニアックな好事家に受け入れられるような本作り、それから、凝った装丁。どのジャンルの本であれ、手の込んだ装丁をほめていただくことは多いです。少部数の本だからこそ、豪華本が作れるという面もあります。「コストがかかりすぎるから」などという理由で、「こんな本が作りたい」という担当者の思いをつぶしてはいけないと思っています。

 ちょっと質問からはずれるかもしれませんが、当社ではこの夏、北海道弟子屈町で地熱発電事業に参入し、現在発電所を建設しています。将来は温泉熱を利用したハウス栽培などにつなげたいと、かなり本気で取り組んでいます。

 このことが、先日、地方紙で報じられたのですが、その直後からツイッターに多数のコメントが飛び交い始めました。「出版社が何やってんだ」という批判的な意見は少数で、多くは冷やかし半分の励まし、あるいは、面食らいつつの励ましでした。「さすが、国書さん」という言葉に続き、「発電所をやってもいいけど、今までみたいな本は作り続けろよ」「がんばれ」といったものがほとんどでした。

 「さすが、国書さん」という言葉を読みながら、出版と全然違うことを始めても、「国書がやる」ということで激励していただけるのは、本当にありがたいことだと思いました。もしかしたら、「国書刊行会らしさ」の本質は、こんなところにあるのかもしれませんね。

――著者からの期待もたいへん大きいと聞いています。他の出版社では難しくても、国書なら本にしてもらえる、と。

佐藤今朝夫氏

 多くの出版社に断られた企画がうちに持ち込まれることは少なくありません。多くは「売れそうもない」「採算が取れない」と判断されますが、その中に、採算を度外視しても絶対に出しておかなくてはいけない作品というものが、時折紛れ込んでいるのです。

 使命感、とでもいいましょうか。うちが出さない限り、この素晴らしい企画は誰の目にも触れることなく葬られてしまう。そういうものに光を当てていくことは、当社のような小さい出版社だからこそできることだと考えます。

 例えば、今年刊行した「カイロ三部作」の完訳版。アラブ世界で初めてノーベル文学賞を受賞したエジプト人の作家、ナギーブ・マフフーズの作品ですが、いろんな出版社を回ったあげく最後にうちに来た。これは出すべきだと判断し、ほとんど使命感で刊行したこの本が、先日、2012年の日本翻訳文化出版賞をいただきました。翻訳者をはじめ、関わった人々みんなが喜び、「この出版は快挙だ」という声もいただいています。作り手としてもこんなにうれしいことはありません。

国書刊行会の本は、重みを感じさせる新聞媒体との相性がいい

2012年9月18日付 朝刊 2012年9月18日付 朝刊

――朝日新聞に、40周年の告知広告を掲載しました。そのねらいについて聞かせてください。

 新聞という媒体には、他のメディアにはない重みを感じています。新聞に出稿したのは、私どもの本は重みを感じさせる媒体との相性がいいだろう、という判断があったからです。また、朝日新聞については、本が好きな、深く物事を考える読者に届きそうなイメージがあります。とくに、学芸や学問的なものについては非常に強いですね。

 周年の告知広告は、当社の代表的な刊行物を、朝日新聞の書評と当社の40周年記念の小冊子に掲載された文章で振り返るという形にしました。本好きな読者の方にしっかりと届いたのではないでしょうか。

――今後の展望について。

 書籍の電子化が進み、業界が大きな転換期を迎えていることは確かだと思います。この流れの中で、紙の本はいったいどうなってしまうのか。うちのような小さい会社はどうなってゆくのか。たいへん大きな問題ですが、実は私にも予想がつきません。

 いつも思うのは、私たちが手がけてきた本は、電子化の動きから最も離れた所にある書物ではないか、ということです。電子では置き換えられないところで勝負してきたという自負があるし、これからもここで勝負していくぞという気概もあります。とはいえ、一方で、新しい試みに挑戦し続けることも欠かせません。今年始めた地熱発電事業は一つの方向性と言えるでしょう。

 節目である今年を、変化に対応する第一歩を踏み出した年にしたいと思います。

佐藤今朝夫(さとう・けさお)

国書刊行会 代表取締役社長

1938年生まれ。68年セイユウ写真印刷創立。71年国書刊行会創立。88年国書日本語学校創立。2004年北京、ソウル事務所開設。05年NPO国際看護師育英会設立、副理事長。