解き放たれた団塊世代は心も体も若い。なのにマーケットは鈍感。ニーズに合った提案を

 出版・映像・文化イベントのプロデュースや、「新しい大人文化の創造」をテーマとする会員制ネットワーク「クラブ・ウィルビー(club willbe)」の主宰者として活躍し、『それでいいのか 蕎麦打ち男』(新潮社)、『モグラ女の逆襲 知られざる団塊女の本音』(日本経済新聞出版社)など、団塊世代を論じた著作でも知られる残間里江子さんに、シニア市場の現状や、「クラブ・ウィルビー」の活動内容について語っていただいた。

50歳以上は“圏外”と言われてがく然

残間里江子氏 残間里江子氏

 私が「大人市場」に目を向け始めたのは、50歳を迎えた2000年でした。なんとなく自分の年齢が言いづらくなって、この居心地の悪さは何だろうと思っていたときに、テレビ局に勤める友人に、ふと「テレビの世界で50歳って、どういう位置づけなの?」とたずねました。テレビの視聴率は、広告主がターゲティングしやすいように20〜34歳の男性はM1、女性はF1などと性別・年齢層ごとに区分され、算出されますが、「50歳以上はM3・F3のくくりだよ」と彼。「50歳以上って……、50歳も100歳も一緒のくくりなの!?」と聞いたら、「だって、50を過ぎたら何のドラマも起きないでしょ?マーケット的には“圏外”なんだよ」という答えが返ってきました。がく然としましたね。

 団塊世代は700万人以上の人口ボリュームがあって、日本の総資産の大半は団塊世代以上が握っています。それなのに広告主が関心を持たないなんておかしい。きっと同世代の人もそう思っているはずだと周囲を見渡してみると、当時は現実に気づいていない人が多かった。というのも、若い頃から消費の担い手であり、流行の先端にいた世代で、何より自分たちはまだ若いと思っているので、「お呼びでない存在」なんて思ってもみないわけです。

前世代のトガッた文化とアメリカ文化の洗礼を浴びた団塊世代

 団塊世代がたどってきた道のりを振り返ると、文化的には少し上の世代のトガった人々の洗礼を受けています。映画でいえば、アート・シアター・ギルドが輩出した大島渚さんや羽仁進さん、演劇では「天井桟敷」の寺山修司さんや「状況劇場」の唐十郎さん、小説では『さらばモスクワ愚連隊』の五木寛之さんなど。海外文化も入ってきて、ビートルズやジョーン・バエズなどを通してラブ&ピースの精神を吸収し、アメリカのホームドラマ「名犬ラッシー」や「うちのママは世界一」を見て、畳じゃない部屋と巨大な応接セットにあこがれました。

 こうした影響を受けてどんな文化が生まれたかというと、野田秀樹さんが「夢の遊眠社」を結成し、沢木耕太郎さんが『深夜特急』を書き、吉田拓郎さんや井上陽水さんなどのシンガーソングライターが活躍しました。学生たちはファストフードを屋外で食べ始め、女の子はツィッギーのまねをして誰もがミニスカートをはいた。団塊世代は、新しい刺激を受け入れ、自分たちのものにしていったのです。

 改めて今の大人市場を見ていくと、団塊世代を中心としながらも、少し下の世代の“アラ還”と、その上の世代の中でも昔はトガっていた元気な“アラ古希”を取り込んで、57歳くらいから73歳くらいまでが似た価値観のもとで行動しているように思います。例えば、「子孫には葬式代だけ残して、あとの財産は生きているうちに楽しく使いたい」という価値観。「いきいき世代」という保険会社は、「葬式代程度の資金を確保できる」というふれこみで「あんしん世代」という死亡保険を提供しています。まだ元気といっても残りの人生が限られていることはわかっているし、だったら最期の準備をして余るお金は自分の可能性に費やしたいという人が増えているのだと思います。

実際のニーズと大人向け市場に大きなギャップ

 その心理をひもとくと、自由なようでいてどこか制約に縛られていた世代なんです。というのも、親が明治生まれという人も多いので、長幼の序を教え込まれたし、「女は学問なんていらん」という家も結構ありました。団塊がそうです。アラ古希の人はもっと就職の機会はありませんでした。団塊世代の女たちの適齢期ごろ、女性は「結婚・出産が女の幸せ」という価値観に縛られていたので、ほとんどが家庭におさまっていました。一方でいろんな文化のシャワーを浴びて精神的には自由を求めているので、鬱屈(うっくつ)がたまる。83年にドラマ「金曜日の妻たちへ」がヒットしましたが、あれは二重構造の中で生きてきた女性たちの鬱屈の反動だったと思います。この頃からグルメブームやDCブランドブームなどが花盛りになって、団塊世代の主婦たちは子育てしながらそれを羨望(せんぼう)のまなざしで見ていたわけです。

 親にも世の中にも圧迫されていた妻たちが、子育ての役目を終えて解き放たれ、ようやくひとりの女として生きたいと思ったとき、悲しいかな、消費市場はこの世代のニーズとマッチしていませんでした。例えば、大人世代向けの洋服は“わびさび色”ばかり。その上、「ウエストがゴムだから腰回りが苦しくないですよ」などと、老いをあからさまに補足あるいは隠すための宣伝文句を突きつけられる。団塊世代はわざわざ言われなくとも機能的価値を読み取れるので、ウエストがゴムであれば腰回りがラクだとわかるし、そう言われて買うほど厚顔無恥じゃない。かといって、若者向けブランドできれいな色の服を買おうとすると、二の腕や腰回りがきつくて入らない。その点、ユニクロはうまく団塊世代にアプローチしていると思います。色もサイズもバリエーションが豊富で、銀髪の女性がユニクロの明るい色のTシャツを着ていたりするとカッコいいですよね。

妻も夫も独立心旺盛で社会とつながりたがっている

 リフォーム市場に目を向けても、実際のニーズと提供されている商品にミスマッチを感じます。リフォームの主導権を握っているのは家庭の妻です。どういう妻かというと、社会にあるべきいすがなくて家庭に入ったけれど教養はある妻。パートに出れば責任ある仕事ができる妻。男女平等の意識が強い妻。夫に不満があっても保守的な教育を受けているので離婚は考えにくい妻。いつまでも結婚しない子どもと同居する妻……。代わりばえのない生活に少しでも刺激をと、リフォームを考えたくもなります。ところが、多くのリフォーム会社がアピールしたのは、バリアフリー住宅です。自分の時間が持てる個室がほしかったりするにもかかわらず……。

 定年後の夫のほうも、ひと昔前は「ぬれ落ち葉族」といわれましたが、団塊世代は趣味もなく妻にへばりついていたら嫌われるということを数ある情報から知っているので、居場所の獲得に余念がない。高齢者のNPO活動やボランティア活動が増えているのもその表れでしょう。現代はケータイとPCがあれば仕事ができますから、退社した会社の後輩の企画書作成に協力するなど、“ナノ・カンパニー”“ナノ・シンクタンク”などと名乗って社会とつながっている人もいます。向学心の強い世代なので、大学院や社会人学校への入学や、海外留学にあこがれる人もいます。お給料は安くてもいいから働きたいという人も少なくありません。高齢者を雇い、マニュアルに頼らない行き届いた接客が評判を呼んでいるファミレスやコンビニの例もあります。

デリカシーのある宣伝文句でないとそっぽを向く

残間里江子氏

 団塊世代の新しい生き方に、マーケットはとにかく鈍感です。高齢者雇用安定法の改正で65歳までの定年延長となる前は、「2007年問題」といわれていて、そこをめがけて2005年くらいに多くの企業で“団塊世代プロジェクト”が動きましたが、ふたを開けてみれば介護ベッドや高級老人ホームといった業種ばかりで、20年ズレがあるなと感じました。

 どうしてそういうことが起きるのかというと、商品開発を担当しているのが30代から40代の人たちだからです。そもそも彼らは、「シニア」「シルバー」「セカンドライフ」といった言葉で私たちをターゲティングしようとします。しかし団塊世代は活字の信奉者ですから、言葉にとても敏感です。そうした安直な単語でくくられると傷つきます。もっと別の言い方があるだろうと。

 以前、テレビ番組の制作会社にいる40代の男性が、「シニア」をターゲットにした番組をつくりたいとアドバイスを求めてきたことがあります。そのとき「60代の恋愛を描いたらどうか」という話になったら、彼は「そんなの不潔だ」と言うのです。“シニアプロジェクト” の決定権を持つ世代が自分の親世代に対しては保守的で、恋愛やおしゃれや好奇心に対して無理解なのです。

 商品の値づけについても「わかってないなぁ」と思うことがあります。ある酒造メーカーの30代後半の男性の開発責任者は、団塊世代が若いときにはやったお酒のリバイバル商品に安値をつけました。「会社をリタイアしたら高い酒は飲めないだろう」と考えたらしいのです。その話を聞いたとき、団塊世代は、かつて愛したお酒に安値をつけられたら青春をバカにされた気がするだろうなと思いました。その点サントリーは巧みでした。団塊世代の「出世酒」といわれた「オールド」をリファインした「ザ・オールド」を2006年に発表したとき、価格を下げる一方で、「日頃のご愛顧に感謝をこめて」とアプローチし、団塊世代のスターである井上陽水を起用しました。デリカシーがあるんですね。ハイボールが再び脚光を浴びているのも同様の配慮があるからだと思います。

キーワードは「ともだち」

 団塊世代は新しい刺激が好きだし、求めています。旅行などにも積極的です。それも、体力のあるうちに行ける遠方の海外や秘境の旅が人気を集めています。70代後半以上の世代が好むのは「全食事付き・添乗員付き」のパック旅行のようですが、団塊世代はチャレンジ精神旺盛ですから自由時間もほしい。「モンマルトルのシャンソニエで歌ったわ」などと友達に語れるエピソードもほしい。夫婦より友達同士で旅する人も多いですよね。

 「ともだち」というのは団塊世代を語る上で重要なキーワードだと思います。例えばファッション雑誌を見て、モデルがいくらカッコよく着ていても、それはモデルだからと思っているので自分の消費衝動にはつながらない。でも、友達から「似合うわよ」と言われたら、にわかに買いたくなる。旅先で友達に「あなたには私のこの口紅の色のほうが似合うんじゃない?」と勧められれば、自分でもその色を買ってみたくなる。「50歳を過ぎたら圏外」なんてことはなく、友達間で大いに購買意欲が刺激されているのです。

 夫婦も友達のように対等関係を築いていて、女友達の飲み会に夫が付いて行ったりする。ひと世代前の男性はそういうことを嫌いましたが、団塊世代の男性は平気です。男同士も肩書や貧富と関係なく友達になれる。ラブ&ピースと平等主義のなかで育った世代の特徴ですね。

世界で最も高齢者がいきいきと暮らしていける国になるために

 2009年に設立した「クラブ・ウィルビー」は、「新しい大人文化の創造」をテーマに掲げ、リアルコミュニケーションとウェブを両輪に大人文化を発信しています。会員は1万人を超え、最年少は21歳、最年長は81歳、平均年齢は53歳です。「学ぶ」「働く」「美しく、元気でいる」「旅する」「集う」「食する」「遊ぶ」の7つのテーマでイベントや教室を開催し、プロフェッショナルな技を持つ有識者が会員をナビゲートしています。参加費の2%は自立支援団体など、若者を応援する団体に寄付しています。

 誤解されないようにしたいのは、単なるイベントをやるクラブではないということです。世界に先がけて超高齢化社会を迎える日本が、世界で最も高齢者がいきいきと暮らしていける国になるために、同じ目的を持った会員同士が集って有意義な情報を交換したり、企画を通して社会に貢献したり、企業と会員が一緒になって新たな商品やサービスの可能性を探ったりしています。

 例えば、大人世代は公園の掃除など公的な活動の大切さを知っています。公園の整備や内職のような仕事も、価値観を共有できる友達と一緒に作業したほうが楽しいし、作業後に打ち上げの飲み会もできる。そうした活動に活用してもらいたいのです。

 「おとなコンビニ研究所」という活動では、ファミリーマートと一緒に大人向けの商品やサービスの開発をはじめ、大人が楽しめるイベントや社会活動、さらには地域ネットワークの構築など、少子高齢化時代を見据えてあらゆる角度から新しい大人世代のライフスタイルを提案しています。

 いちばん力を入れていきたいのは、介護や介助に役立つネットワークづくりです。50代以上になると、親の介護の問題が大きくのしかかってきます。一人暮らしの老人も増えています。「ウィルビー」をきっかけに友達になった人同士で情報を交換し、介護や介助の知恵を借りる。ときにはリアルな力を借りる。そういったことが実現できればいいなと思っています。

残間里江子

キャンディッド・コミュニケーションズ 代表取締役会長 プロデューサー

1950年仙台生まれ。アナウンサー、編集者を経て、1980年(株)キャンディッド・コミュニケーションズ設立。出版、映像、文化イベントなどを多数企画・開催する。既存の「シニア」のイメージを変える新しい「日本の大人像」を創り出したいとの思いから、2009年、日本に新しい大人を作る会員制ネットワーク「クラブ・ウィルビー」を立ち上げる。著書に『それでいいのか蕎麦打ち男』『モグラ女の逆襲~知られざる団塊女の本音』『人と会うと明日が変わる』など。