コミュニケーションは広告の枠を超えた 重要なのはクリエーティブの力

 「広告」や「コミュニケーション」といった従来の枠にとらわれないクリエーティブディレクションによる、卓越したイノベーションの提供を旗印とするクリエーティブ・ラボ「PARTY」。クリエーティブ・ディレクターで同社CCO(チーフ クリエイティブ オフィサー)の伊藤直樹氏に、仕事へのこだわり、最近の潮流などを伺いながら、新時代のコミュニケーションプランニングのヒントを探った。

新しいものを創り出すために、古いものを見たり、自分の体と対話したり

伊藤直樹氏 伊藤直樹氏

――昨年、PARTYを設立されましたが、目指す方向性を聞かせてください。

 広告業界で仕事をしてきて、デジタル革命のすごさを肌身でわかっているメンバー5人でユニットを作り、社会に貢献したい、というのが会社設立の大きな命題です。

 例えば建築の世界では、1960年代に建築集団が「メタボリズム運動」を展開し、現代建築が定着していきました。同じ頃、「日本デザインセンター」が設立されたり、世界デザイン会議が東京で行われたり、日本のデザインが洗練していった。こうした動きが、実はデジタル表現によるクリエーティブの世界ではまだ起きていません。僕ら一人ひとりは微力ではありますが、徒党を組んで「運動」にしていくことで、クライアントにも新たなデジタル表現やコミュニケーションの可能性に気づいてもらえたらと思っています。広告業以外のところで何か一緒にできるかもしれないですし、広告業という業態の定義や枠組み自体を少し変化させることができるかもしれない。そんなことを手掛けていきたいと考えています。

――アイデアを考えるとき、こだわりはありますか。

 これまでにない新しいものを作る、という点は常にこだわってきましたし、今後も変わりません。時代のスピードは速く、去年新しかったことが今年はもう古い、ということはよくあります。特にデジタルの世界では顕著で、すでにツイッターが少し飽きられたりしている。そんな中で、少し先の新しいものとは何かを追究していきたいと考えています。

――「新しいもの」を生み出す源泉は?

 もちろん、いろいろなものを見るということはありますが、新しいと言われているものを見て新しい何かを考えるのは、難しくなってきています。新しいものが新しいところにあるとは限らないからです。古いものを少し変化させることで新しい何かが生まれたりする。今はそこに興味があります。

 もうひとつ、以前から関心を持っているのが「身体性と表現」です。英語がネーティブ言語ではない日本人は、言葉の表現ではどうしても世界の主役にはなれない。でも、非言語的なボディーランゲージならば勝負できると思うのです。たとえば、アスリートがトレーニングや試合を通じて体得する、言葉にはしない「何か」がきっとある。僕はそれを感じたくて、トライアスロンやフットサルなど日頃から体を動かしています。自分の体との対話です。アスリートは結果を出すためにトレーニングをしますが、僕は新しい表現を考え、生み出すために日々体を鍛えています。

 また、スポーツをするときでなくても、「動きの中で考える」というのは、僕の中でテーマとして持っています。例えば、新幹線の中は、窓の外をものすごいスピードで風景が流れていく、あの瞬間がアイデアを考える環境として最適なんです。体を動かしたり、動くものを見ることで、脳や感性が活性化されるのかもしれません。

マスメディアは今なにをすべきか もっと自由な発想で考える時

――コミュニケーションプランニングにおいて、クライアントからのオーダーや相談内容に変化はありますか。

 一流企業や大企業こそ変わろうとしているのを感じます。戦後の高度経済成長とともに育ってきた企業は、組織自体が成熟し「高齢者」になってきているからです。「変わろう、アンチエイジングして若返ろう」という意識は強く、組織だけでなく、得意分野や業態自体も変革していきたいと考えている。その手伝いをしてほしいというクライアントが多いですね。そして、その場合の依頼や相談内容は、コミュニケーション機能を持った商品だったり、店舗だったり、デジタル上のツールやプラットホームを作りたい、と。必ずしも広告コミュニケーションである必要はない、という要望が増えてきていますね。

「NIKE MUSIC SHOE」 「NIKE MUSIC SHOE」

――手掛けられた具体的な事例は。

 ナイキの「NIKE MUSIC SHOE」は新しい商品を作った事例です。クライアントからのオーダーは「靴がすごく曲がる、ということを表現してほしい」。僕はそこで、スニーカーを楽器にしてみた。「音を奏でる」という表現をしたことで、シューズにコミュニケーション機能を持たせたのです。

 あのシューズは内部にたくさんのセンサーを仕込んでいて、デジタル技術をかなり駆使しています。でも、見た目は普通のスニーカー。実は僕、「デジデジしたもの」がイヤ(笑い)。デジタルすごいだろ、みたいに、デジタル技術が出しゃばってるものが好きじゃないんです。仕掛けがデジタルなだけで、それで何を表現するかは、あくまでもクリエーティブの力なのです。

――広告の枠にとどまらない新しいコミュニケーションがイノベーションを起こしていく中、新聞をはじめとするマスメディアが取り組むべき課題とは。

 マスメディアには、新聞なら全15段、テレビは15秒というように、メディアの側が決めた「コミュニケーションの作法」があります。しかし、インターネットでは検索連動型広告が当たり前になっていて、ユーザーのニーズに合った広告を、ユーザーがほしいタイミングで届けてくれる。利便性では明らかにインターネットの方が有利になっているのです。人間は一度便利なものに慣れてしまうと欲求が下がることはないので、ほかのメディアは努力していく必要があるのでは、と考えます。

 例えば、テレビは放送時間というタイムラインの中にCMをはめこんでいますが、デジタル化した今はCMをストックすることも可能です。広告百科事典のようにして、自分が見たい、知りたいCMを検索できるようにすれば、消費者はより積極的に関与するでしょう。新聞も同様で、たとえば朝日新聞に掲載された全広告をウェブ上にストックし、読者が自分で条件を設定して検索、閲覧する、といったこともおそらく可能です。メディアの枠組み自体を変えていく、あるいは新しく編み出していくことを、メディアの方たちはクライアントや僕らのような仕事をする人間と一緒に、自由な発想で考えるべきときが来ていると思います。

 残念ながら、旧来からあるメディア は、インターネットを遠巻きに見ながら牽制(けんせい)している節がある。「いいよなぁ、インターネットは」みたいに(笑い)。まずはインターネットに歩み寄り、心を開いて仲良しになることから始めるといいかもしれません。

伊藤直樹氏

――新聞広告の特性をどう評価されますか。

 新聞広告には「選挙ポスター」のようなアナウンス力があると見ています。しかし、選挙ポスターだけでは投票ができない。ここに「投票用紙」という別のメディアを組み合わせることで、インタラクティブになる。新聞単体では表現に限界があるので、何かと組み合わせることで、まだまだ新しいアプローチができると見ています。僕自身、新聞広告を使って何か新しいこと、変わったことをやってみたい。新聞広告の潜在能力を掘り起こすような企画をぜひ手掛けてみたいですね。

 これから先も新聞がなくなることはありません。ただし、紙に印刷されたものが配達される、という形態やビジネスモデルは変わる可能性はある。特に、電子ペーパーの技術革新が進み、紙の質感が実現したとき、一気に変化が訪れ、定着すると思います。これは電子書籍にも言えることです。そういう時代が来たときに、どのような使い方ができるのか、どんなアイデアが有効なのかが、改めて問われることになるでしょう。

伊藤直樹(いとう・なおき)

PARTY チーフ クリエイティブ オフィサー/クリエイティブ ディレクター

静岡県生まれ。ADK、GT、ワイデン+ケネディトウキョウ代表を経て、2011年クリエイティブラボ「PARTY」を設立。チーフ クリエイティブ オフィサー(CCO)を務める。これまでにナイキ、グーグル、ソニーなど企業のクリエイティブディレクションを手がける。「経験の記憶」をよりどころにした「身体性」や「体験」を伴うコミュニケーションのデザインは大きな話題を呼び、国際的にも高い評価を得ている。これまでに国内外の150以上に及ぶデザイン賞・広告賞を受賞。カンヌ国際広告祭においては日本人受賞記録最多となる5つの金賞を含む14のライオン(賞)を獲得。相模ゴム工業「LOVE DISTANCE」では日本人として13年ぶりとなるフィルム部門での金賞を獲得。D&AD、NYADC、カンヌなど国内外の10以上のデザイン賞・広告賞で審査員を歴任。東京インタラクティブアドアワード(TIAA)2011、2012審査員長。ストックホルム、ロンドン、メキシコシティ、台北など海外での講演も多数。経産省「クールジャパン」(2011)クリエイティブディレクター。「クールジャパン官民有識者会議」メンバー(2011、2012)。京都造形芸術大学教授。