ビッグデータをマーケティングに活用する支援サービスを開始

 ビッグデータの活用に注目が集まる中、博報堂はビッグデータ解析を基盤とした新サービスの開発に乗り出した。同社エンゲージメントビジネスユニット ダイレクトマーケティングプラニング部 今野直哉氏と、同戦略企画部/テクノロジー推進部 竹林真人氏に、ビッグデータ活用の可能性と課題などについて聞いた。

スマートデバイス、ソーシャル、クラウド デジタル化の進化が巨大なデータの取得を可能に

――「ビッグデータ」の定義とは。

今野直哉氏 今野直哉氏

 今年になってから、ウェブサイトを見ていると毎日何かしらの「ビッグデータ特集」が組まれており、その注目度はますます高まっています。しかし、明確に定義づけられていないのが現状です。というのも、大量のデータを持っている企業、システムなどのテクノロジーを提供するSI企業(SI=System Integrator)、そして私たち広告会社など、それぞれの立場によってビッグデータのとらえ方、活用についての考え方が変わってくるからです。

 ただし、共通した特徴はあります。それは、
(1)大容量である
(2)非定形、非構造である
(3)リアルタイムで次々とデータが生成されていく、の3つ。補足すると、(2)は、「データ」と一言で言ってもウェブサイトのアクセス履歴や検索履歴、企業が持っている顧客情報、購買記録や申し込み記録はもちろん、ソーシャルメディアなどへの書き込み内容、動画や音声、センサーから得られる電力やガスの使用量など、様々な種類があるということ、(3)はスマートフォンの普及によってそのアクセスログなどがリアルタイムにデータとして生成されていく、ということです。

――なぜ今、ビッグデータが注目されているのでしょうか。

 スマートフォンに代表されるスマートデバイス、ソーシャルメディア、そして、クラウドが普及・拡大するなど、デジタル化によって情報量が爆発的に増加し、それを企業が手にできるようになったことが背景にあると思います。その裏側にはテクノロジーの進歩があります。サーバーの費用が安くなったりCPUの性能が上がったりすることで、これまでは技術的にもコスト的にも分析したくてもできなかったことが、安く、速くできるようになった。それを様々なビジネスや事業に生かそうといった動きが、今の「ビッグデータ」ブームにつながっているのだと見ています。

――マーケティング領域においては、どのような活用が考えられますか。

 私たちが注目しているのが、ネットユーザーのサイト閲覧や検索に関するすべての履歴データである「ライフログ」です。

 生活者がウェブサイト上でどんなページを見ているのか、どんな行動をしているのかということについては、専用の解析ツールを導入すれば、自社サイト内における生活者の履歴をすべて追いかけることができます。しかし、自社サイトだけを見ていても問題点や課題が見えてこなかったりする。競合との比較が重要です。ライフログを見れば、「競合サイトにはどんな人が訪れ、どんなふうに見て、何を買っているのか」「自社サイトと競合サイトではどんな人が重複しているのか」といったことまで把握できるようになります。

 これまで競合との比較は、生活者への意識調査などでデータを得てきましたが、ライフログは「実際の行動履歴」なので、よりリアリティーのある生活者の動きがデータとして見えてきます。どういう動線を設計すると反応がいいのか、買ってくれたのはどのメディアに出稿した広告から来訪した人なのか、どんなキーワードで誘引すると商品やサービスが売れるかといった、これまで自社サイト内のデータと、経験則に基づくある種の「勘」で判断していたことが、競合も含めたマーケット全体でどうなっているかが具体的に見えてくる。敵を知ることで、より効果的な施策を打ち出せる可能性が広がるはずです。

 また、ライフログを見れば、たとえば競合サイトを訪れる人が、その前にどんなサイトを見ているかといったこともわかります。検索サイトから来ているのか、ブログからなのか、あるいは、クチコミサイトから多く来ているのか。それによって、どこのメディアに出稿すれば競合サイトへ行きそうな顧客を自社サイトに呼び込めるかが見えてくる。より効率的、効果的なメディアのバイイングにつなげることができるなど、メディア施策やコミュニケーション施策にも活用が見込めます。

テクノロジーとマーケティングを ハイブリッドで分析、活用できる人材がカギ

竹林真人氏 竹林真人氏

――博報堂における取り組みを聞かせてください。

 高度な数理統計処理を用いたビッグデータ解析技術を持つブレインパッドと提携し、高精度なネットマーケティングの実現を支援するサービス「Digital Marketing Manager」を共同開発しました。具体的には以下の3つのサービスです。

(1)「Lifelog Tracer」:ライフログを活用し、他社サイトと比較の上で自社サイトの課題を見つける分析。

(2)「Owned Media Doctor」:サイト解析ツールを活用し自社サイトの問題点や課題点を明確にして最適な施策を導き出す、いわば自社サイトの「健康診断サービス」。大量のデータを取得すると、大容量であるがゆえに持て余してしまい、結局どうしたらいいのか判断できなくなるといった問題などに対応。

(3)「Media Optimizer」:統計処理に基づく予測モデルを作成し、広告出稿によるコンバージョン(申し込みや売り上げなど)の最大化を支援する「広告メディア投資最適化」。

 特に(3)は今後、ますます重要になると見ています。どのメディアが最終的にどのような貢献をしているのかという関係値、寄与値を出すことができ、メディア出稿の最適な配分を導き出します。これまでは、例えば広告をどのくらい出稿すれば認知が獲得できて、その結果、生活者が購入を考えるか、という確率を経験則で見極めながら出稿配分を判断していたのですが、(3)は実際のコンバージョンデータを活用して分析を行うため、より適切な出稿配分を算出することができます。コンバージョンへの直接的な効果だけでなく、たとえばテレビCMや新聞広告がウェブへの誘引をアシストするといった間接的な効果も算出することができる。さらに、最新のデータを加えながら分析を繰り返していくことで、より精緻(せいち)な出稿配分を出せるようになるのです。

――今後、ビッグデータを活用していこうと考える企業にとっての課題は。

 データがどんどんうなぎ登りに増えていくので、それをどう処理するかは、多くの企業が抱えている、あるいは、今後抱えることになるだろう大きな課題だと思います。いわばビッグデータは「魔法」。でも、魔法は魔法使いがいないと使いこなすことができないのです。技術的に処理するエンジニア的なスキルや思考を持っていることはもちろん、マーケティング領域で活用するならば、そのデータをどう分析し、マーケティング上での仮説を導き出して価値を生み出せる人材を確保できるかがカギになってくるでしょう。そういったデータアナリスト、データテクノロジストといった人材が、残念ながら日本ではまだまだ少数にとどまるのが現状です。今後、企業がそういった人材をどう育て、活用していくかは非常に大きな課題になるでしょう。

 また、個人情報に対するセキュリティーをどうするのかは、当然のことながら対策すべき課題になると思います。

 もう一つ、これは課題であり今後の展望でもあるのですが、単にデータをマーケティングに活用するといった話だけでなく、自社が持っているビッグデータを活用し新規事業や新規サービスが始められないかを模索する企業が出てきています。それは顧客データを持っている企業だけでなく、SI企業、通信会社、メディアなど多岐にわたります。おそらく1社だけのノウハウで何か始めるというよりは、いろいろな企業のノウハウと組み合わせて、新しい価値を生み出す事業やサービスを考えていくべきなのではないかと考えます。ビジネスのしきたりの違う異業種が手を組むことは、課題も多い半面、ビッグデータの可能性をさらに広げることにもつながるのではないでしょうか。そんな期待感を持って、ビッグデータの取り組みを進めていきたいと考えています。  

今野直哉(こんの・なおき)

博報堂 エンゲージメントビジネスユニット ダイレクトマーケティングプランニング部 ストラテジックプラニングディレクター 兼 博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センター上席研究員

1994年博報堂入社。マーケティング/ストラテジックプラニングセクションにてトイレタリー/食品/通信/家電など、数多くのクライアントのマーケティング戦略/ブランド戦略/広告戦略立案に従事。2010年より現職。博報堂DYグループのマーケティング・テクノロジー強化を担う博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センターにおいて上席研究員を兼任。ダイレクトマーケティング/デジタルマーケティング/統合マーケティング業務の戦略立案を行う。また、"Digital Marketing Manager"や"Vision-Graphics”をはじめとする、ビッグデータをマーケティングに活用するためのソリューション開発・運用や、B2B領域のマーケティング/ブランド戦略のソリューション開発も行っている。

竹林真人(たけばやし・まこと)

博報堂 エンゲージメントビジネスユニット 戦略企画部長 兼 テクノロジー推進部長 兼 博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センター 主席研究員

1991年博報堂入社。主に同社のデジタル部門、インタラクティブ部門やプロモーション部門で、企業向けの広告コミュニケーション・キャンペーンプラニング・事業開発・商品開発などに従事してきた。デジタルを起点とした統合インタラクティブプロデューサーでは、日本インタラクティブ・アドアワード キャンペーン部門 銀賞や、カンヌ国際広告賞 サイバー部門ショートリストなどを受賞。現在、博報堂及び博報堂グループの「デジタル・ダイレクト領域の全体戦略、グループ会社戦略の立案、デジタル領域に関連する最先端テクノロジーの情報収集/商品開発/事業開発」の活動を推進中。