つながる生活者の時代のIMC 求められるのは「ゆだねるコミュニケーション」

 電通は2008年、インターネットによる情報大爆発時代の生活者とのアプローチを解説した『クロスイッチ~電通式クロスメディアコミュニケーションの作りかた』を刊行した。それから4年近くたった今、企業と生活者の関係性、生活者の情報行動はどう変化しているのか。『クロスイッチ』執筆チームの電通総研マーケティング・インテリジェンス・ラボ コミュニケーション・プランナー 石谷聡史氏とチーフ・プランナー 西山 守氏に聞いた。

生活者の行動や声をも「統合」 持続的な活動としてのIMCを目指す

――『クロスイッチ』を刊行された当時と比べ、生活者と企業の関係、生活者の情報行動はどのように変わったのでしょうか。

石谷聡史氏 石谷聡史氏

 デジタル技術の進化で、これまでにはなかった生活者と企業とのコンタクトポイントが多数出現しました。たとえば、スマートフォンやタブレット端末といったデバイス、パソコンやスマートフォンでラジオが受信できる「radiko.jp」や電子雑誌書店の「マガストア」などのデジタル化されたマスメディア、TポイントやSuicaなど汎用性(はんようせい)の高い会員性ポイントサービスなどです。また、2009年からツイッター、2011年からフェイスブックの利用が大きく伸び、ソーシャルメディアが一気に一般化するなど、生活者を取り巻く情報・メディア環境が変化しました。

 一方、生活者の意識にも変化が見られます。特に東日本大震災以降、身近な人との「絆」を重視する意識が高まっています。内閣府の世論調査によれば、国や社会にもっと目を向けるべきだと考える社会志向は、ここ数年、上昇傾向を示しています。

 こうした環境や意識の変化を受け、「つながる生活者」の時代が来たと、私たちはとらえています。

 インターネット黎明期(れいめいき)は、生活者はマスメディアの情報に受動的に触れる「Passive Consumers(受動的な生活者)」でした。それが2003年ごろからブロードバンドが普及し、ネットの常時接続が確立され、生活者は自ら情報を収集し発信する「Active Consumers(能動的な生活者)」へと変化しました。2010年ごろからは、先ほどお話したような生活者を取り巻く情報・メディア環境と意識の変化が起き、生活者は自ら情報を作り出し、広め、つながり、社会的な関係性や意思を形成するようになったのです 。この新しい時代の生活者を「Networked Individuals」=つながる生活者、と呼んでいます。生活者を「Consumer」から「Individual」と表現を変えたのは、生活者も企業も同じネットワーク上にフラットに存在する「個人」としてとらえたためです。対等な個人同志として、どう関係性を作っていくか。それが問われる時代になりました。

――「つながる生活者」の時代に、IMCはどのようなアプローチをすべきだとお考えですか。

西山守氏 西山 守氏

 これまでの「統合」の概念は、顧客や生活者に対して企業側が打ち出す施策を統合する、ということだったのですが、ソーシャルメディアで生活者自身が情報を発信したり生活者同士が情報を共有したりするようになった今は、その生活者の動きや声も含めて統合していく必要が出てきたと考えます。これまでのような企業側の施策ならば企業のタイミングでコミュニケーションをすればよかったのが、生活者をも統合しようとすると、IMCは単発的なキャンペーンやプロモーションではなく、持続的な活動にしていかなければなりません。

 また、以前のIMCは、C=コミュニケーションに軸足を置くのが主流でしたが、ソーシャル時代のこれからは、M=マーケティングの側面がより強くなっていくだろうと見ています。

 そのためのアプローチとして当社が提唱するのが「ゆだねるコミュニケーション」です。フレームは非常にシンプルで、最初に企業から議題を設定し、公開で生活者に投げかけていく。生活者にはそのプロセスを楽しんでもらいながら意見やアイデアを出してもらう。企業はそれを吸い上げ、様々なコミュニケーション、ひいてはマーケティングと、企業活動全体に反映していく……という流れです。「ゆだねる」ことで、これまでのコミュニケーションよりも生活者の側にボールがある時間=滞留時間が長い双方向コミュニケーションになります。また、生活者の自発性がコミュニケーションを推進するようになります。

 ちなみに「ゆだねるコミュニケーション」は英語では「Entrusting Communication」と言います。生活者を信頼してゆだねていく、というニュアンスです。「丸投げ」とは違って、最初の投げかけや反映は企業がするわけですから、ここにまさに企業のマーケティングコミュニケーション戦略が問われるところです。生活者の自発性に火をつける、すなわち「興味をもって、夢中になって参加してもらう」仕組み作りができるかどうか、また最終的にどれだけ生活者の声に耳を傾けられるかという姿勢が、成功を左右すると言えるのです。

「ゆだねるコミュニケーション」概念図

――「ゆだねるコミュニケーション」の好例は。

JR九州 「祝! 九州縦断ウェーブ」 JR九州
「祝! 九州縦断ウェーブ」

 江崎グリコの「日本縦断 グリコワゴン」(2010年12月~11年2月)は、同社の企業コミュニケーション活動と、一部商品プロモーションを兼ねたコミュニケーションでした。事前にタレントの誰がどこに行くといった情報を提供し、参加を呼びかけます。生活者はその情報をもとに、イベントや撮影会に出かけていったり、キャンペーンサイトの地図やツイッターで今どこにワゴンがあるかを確認したりするなど、リアルとバーチャル両方で楽しむことができます。そして、ワゴンの旅先での模様をCMに反映するだけでなく、ソーシャルメディアの投稿内容をキャンペーンやマーケティング施策にまで反映させました。

 JR九州の九州新幹線開業キャンペーン「祝! 九州縦断ウェーブ」(2011年)も、ゆだねるコミュニケーションの一例です。「CMをみんなで作ろう」と生活者に参加を促し、撮影日までの過程、撮影当日とそれぞれに楽しんでもらい、それをテレビCMのクリエーティブに使いました。ソーシャルメディアで情報が広がり、当初の予想をはるかに超える1万人以上が撮影に参加。残念ながら東日本大震災の影響でオンエアは打ち切られ、「幻のCM」と言われましたが、クチコミがソーシャルメディアでどんどん広がって全国的に話題となり、マスメディアでも大きく取り上げられました。カンヌ国際クリエイティブティ・フェスティバルのアウトドア部門で金賞など計4つの賞を受賞した快挙は記憶に新しいところです。

問われるのは「ゆだねる勇気」 そこから聞こえてくる声を企業活動そのものに反映させる

――そうした生活者とともに作るIMCを進める上で、企業にとっての課題とは。

 そもそも何がIMCの課題なのか・目標なのかがわかりにくくなっている面があると思います。かつての広告キャンペーンを中心としたIMCであれば、売り上げやブランド価値を上げるというわかりやすい目標がありましたが、ソーシャルの要素が入ってきて、コミュニティーを作ってファンを維持して……となると、企業として何をやりたいのかがあいまいになりがちなのです。実はこれはIMCに限ったことではなく、たとえばビッグデータについても、「たくさんデータがとれるから何かできるはず」と言われますが、じゃあその「何か」って何なの? と。改めて、課題や目標、目的をクリアにすることは、マーケティングはもちろん、事業そのものにおいても重要だろうと考えます。

 もうひとつ問題になるのが、組織の問題です。縦割り組織をなくして統合していく必要がある。そのとき誰が統合するのか。誰かがイニシアチブを取るのか、チームのような合議制にするのかをあいまいにすると、責任の所在も明らかにならず、結果、統合して全体としての成果を高めるというチェーンがどこかで切れてしまう可能性があります。もちろん、スピードも重要です。仕事のやり方、進め方が改めて大事になってくるでしょう。

――改めて、このソーシャル時代にIMCに取り組もうと考えている企業に提言などがあれば聞かせてください。

 問われているのは「ゆだねる勇気」です。コミュニケーション活動において、生活者にゆだねるのはもちろん、たとえば企業活動においても、自社が得意なこと、不得意なことを見極め、不得意な部分はそれを得意とするパートナー企業などにゆだねてみる。相手を信頼して良好な関係性を構築する、そのための効果的な戦略を立てることこそ、ひいては持続的なIMCを成功させるポイントだと思うのです。  

石谷聡史(いしがい・さとし)

電通 電通総研 マーケティング・インテリジェンス・ラボ コミュニケーション・プランナー

さまざまなクライアントでのコミュニケーションデザイン業務を行なう一方、電通全社横断の「クロスメディア開発プロジェクト」を現場発で立ち上げ、プロジェクトリーダーとして推進。『クロスイッチ』(ダイヤモンド社)やクロスイッチを元にした英語書籍『The Dentsu Way』(McGraw-Hill)を中心となって企画・執筆。近年では、マーケティング・インテリジェンス領域でのメソッド開発にも従事。

西山 守(にしやま・まもる)

電通 電通総研 マーケティング・インテリジェンス・ラボ チーフ・プランナー

主にクロスメディアコミュニケーション、ソーシャルメディアマーケティングの領域でのメソッド開発や、プランニングの支援活動を行っている。著書に『クロスイッチ』(ダイヤモンド社)、『The Dentsu Way』(McGraw-Hill)、『情報メディア白書』(ダイヤモンド社)等がある(いずれも共著)。