「物語」こそが、これからの時代に実践すべきIMCの軸に

 IMCの理論が生まれた1990年代初頭と現在とを比べると、生活者を取り巻くメディア環境は大きく様変わりしている。年間200件以上の企業のマーケティング戦略の設計と実践を手掛ける、インテグレートCOOの山田まさる氏に、ソーシャル時代を迎えた今、そして、これからのIMCを考える上で、企業が持つべき視点や取り組むべきことの方向性について聞いた。

メディアを組み合わせ、ターゲットを抑え込む時代は終わった  生活者の心を動かすのは「企業のリアルな物語」

――前回、「次世代のIMC」についてインタビューさせていただいてから1年半近くが過ぎました。消費者を取り巻くメディア環境、コミュニケーション環境にどのような変化があったのでしょうか。

山田まさる氏 山田まさる氏

 2009年には、「次世代IMCは、メディアミックスやクロスメディアで言われるような広告枠の組み合わせではなく、消費者のリアルなコミュニケーションの行動を広告の枠内・枠外の両方から立体的にとらえていくべきだ」と僕は話しました。「広告枠」も、PRやイベント、店頭といった「広告枠外」も、いずれも「メディア枠」とした上で、ターゲットのあらゆるコミュニケーションポイントを抑え込むために、どのメディア枠を組み合わせ、どこにどんな情報を載せ、何回くらい接触してもらうか、といったことを統合的に考えていくべき、という趣旨です。

 それから1年半近くが過ぎ、この間にソーシャルメディアが爆発的に普及しました。今、僕が強く感じるのは、もはやメディアは「枠」ではなくなった、ということ。マスもネットもソーシャルも、そしてリアルも含め、僕らが生きている場すべてがメディアとなった。それは「生活者がメディアという大きなお盆の上に乗っている」というイメージです。人々はそのお盆の上を行ったり来たりしながら、自由にコミュニケーションするようになりました。以前は権威のあるマスメディアが情報を落とし、生活者がその情報に反応するという上下方向のコミュニケーションが中心でしたが、今は同じ目線の人たちが興味のあるテーマについての情報だけをやりとりする横のつながりのコミュニケーションが力を持ち始めているのです。

――そうした変化の中、この時代に実践すべきIMCのポイントとは何でしょうか。

 メディアが「枠」ではなくなったということは、もはや「枠」にこだわる必要はなく、方法や手段は何でもよくなったと言えます。たとえば地道に集会や街頭演説を始めてもいいし、新聞広告を15段打ってもいい。人の目や興味を引くような仕掛け方や伝え方さえできれば、ソーシャルメディアを通じてあっという間に広まっていくからです。「メディア枠を組み合わせて立体的にターゲットを抑え込んでいく」時代から、「あらゆる手段、方法を使ってフラットに情報を伝えていく」時代になったのだと思います。

 しかし、これだけ情報があふれ、コミュニケーションの空間が自由で豊かになっている今だからこそ、消費者が納得する、信じられる、腑に落ちる、そんな「物語」を作らないと振り向いてもらえない気がします。そして、その「物語」が、これからの時代に実践すべきIMCの軸になりうると考えます。

 「作る」というと、これまでは広告制作、記事制作、イベント制作などクリエーティブの話でしたが、もはやクリエーティブの力だけで生活者と企業との関係を変えるのは難しい。また、ソーシャルメディアでどんどんつながるようになったことは、その一方で、相手の正体がはっきりしないことへの恐怖感、嫌悪感を強くしてもいます。企業が何者で、何を考え、何をしているかの「リアルな取り組みの物語」を作ることが重要です。大元になるのは事業や商品、企業姿勢といった実際の取り組みですが、そのままだと人を引き付ける力がなかったりします。生活者の琴線に触れるような、一歩踏み込んだ「物語」を作ることで、「この会社の商品を買いたい」「この会社を応援したい」と感じてもらうことができるはずです。

横割り思考でタスクを組めるプロジェクトリーダーと トップとの緊密な連携が、企業の競争力を高める

――とすると、次世代のIMCは、メディアやコミュニケーションの担当部署だけの話ではなく、まさに企業を上げて取り組まなければならないということでしょうか。

 おっしゃる通りです。日本の企業はその特徴である「縦割り組織」を変えていく必要があるでしょう。たとえば、一口に「広報」と言っても、マーケティングを担当する広報、企業広報の担当、CSRを担当している広報などが、それぞれバラバラに存在し、横の連携がまったく取れていなかったりする。でも、消費者からすればそんな組織の体制や事情なんて関係なく、「ひとつの企業」として見ています。人がほかの人との関係性を良好にするためにコミュニケーション能力を磨くのと同じように、企業の中にコミュニケーション機能を作っていかなければならない。そのためには、横の軸を強化していく必要があります。

 とはいえ、縦割りの組織をすべて壊すのは難しい。平時は、各部、各担当者が専門性を持って業務に当たる効率のいい縦割り体制だけど、何かプロジェクトが立ち上がったときは横のネットワークを組んでいくというのが現実的でしょう。ここで問題になるのが「誰が取り仕切るのか」。つまり、人材です。横割り発想を持ち、部門を超えてタスクフォースを組める「プロジェクトリーダー」が必要なのです。さらに重要なポイントは、その優秀なリーダーと、ヒエラルキートップである経営者が連携すること。トップが最終決済者としての責任を負いながらも、縦横無尽にネットワーク型のコミュニケーションを主導できる人物に権限を与えるのです。

 プロジェクトリーダーのもと、縦割り組織の中ではしないモノの考え方、仕事のやり方を体験していくことで、社員一人ひとりの能力の幅が広がり、ひいては企業全体が活性化して、結果、企業の競争力も高まるはずです。

――今年1月、著書『統合知』を出版しました。この本に込められた思い、そこから得られるこれからの時代のIMCへの洞察を聞かせてください。

『統合知』 山田まさる著 講談社 『統合知』
山田まさる著 講談社

 情報をどうインテグレートするか、メディアをどうインテグレートするか、という統合型マーケティングの仕事を数多く手掛けてきた中で、いつも課題解決の突破口を開いてくれるのは、机上でも紙上でもネット上でもなく、リアルな場での人と人とのつながりや、そこから得られる「人知」でした。この人知をインテグレートして、課題や難題を解決していこう、というのが「統合知」の考え方です。

 この「統合知」の核となるのは、理念です。個人でも企業でも団体でも、その存在論にかかわる根本的な考え方です。だれしもが情報を自由に摂取したり発信したりできる今、小手先のコミュニケーションでは生活者を納得させるのはもはや難しい。企業がもっとも大切にしている理念、こだわっていること、伝えたい思いを改めて見つめ直し、それを揺るぎない核としてマーケティングやコミュニケーションと統合させていく。そんな思想、思考のIMCを提言していければ、と考えています。  

山田まさる(やまだ・まさる)

インテグレート COO/コムデックス 代表取締役社長

1965年、大阪府生まれ。1988年早稲田大学第一文学部卒業。同年、サンリオ・コミュニケーションワールド(現・サンリオピューロランド)入社。1992年コムデックス入社。2007年、IMCを実践する日本初のプランニングブティックとしてインテグレートを設立、COOに就任。2008年コムデックス代表取締役社長に就任。