2012年は「共創型生活者」の時代へ

 毎年の消費やライフスタイルの動向を分析し、翌年の社会や消費を予測している電通総研。2011年の話題注目商品ランキングは、1位 スマートフォン、2位 LED電球、3位 東京スカイツリー、4位 なでしこジャパン、5位 AKB48、6位 芦田愛菜、7位 ハイブリッドカー、8位 防災グッズ・備蓄食、9位 扇風機、10位 地デジ対応大画面薄型テレビ であると発表した。電通 電通総研 ヒューマン・インサイト部長の四元正弘氏に聞いた。

震災後、「利共的」な消費が拡大

四元正弘氏 四元正弘氏

――昨年の生活者の消費マインドをどう振り返りますか。

 日本の国民所得は97年をピークに年1%のペースで下がっており、家計の引き締め傾向が続いてきましたが、昨年は震災やタイの洪水被害、ユーロ危機や株安などの影響により、人々の消費マインドは一層落ち込んだ印象があります。その一方で、自粛疲れや節約疲れから開放されるため、たまのぜいたくを楽しんだり、自分のこだわりのある物事にだけお金をかけたりと、消費のメリハリをつける生活スタイルも増えています。特に震災後は、利己的なこだわりではなく、「利共的」なこだわりにお金をかけるようになっています。「for me」でも「for others」でもない、「for us」という考え方です。節電やエコ関連商品の需要の拡大はその一例といえるでしょう。

――生活者の共感を生んだ、消費者の気持ちにマッチしたコミュニケーションとはどのようなものだったでしょうか。

 昨年は、震災後の企業活動そのものが生活者の心に響くコミュニケーションとなった例がたくさんありました。売り上げの一部を被災者支援にあてる取り組みもそうですが、それ以上に、企業の経営リソースを生かした活動が目を引きました。地震発生から2時間以内に被災者の消息情報検索ツールの提供を開始したポータルサイト、支援物資となる布団やクッションを来店客に半額で買い上げてもらい、被災地に送るプロジェクトを実施した家具メーカー、復興支援ボランティア向けの割引チケットを発売した交通機関……。こうした企業は、社会貢献と利益追求を両立させつつ、被災者、被災地を応援したい人々に喜ばれ、それが新聞やニュースで積極的に報道されたことで、ネット上でも評判が広がりました。活動を報告する企業のウェブサイトの注目度も高まり、企業広告として機能していたと思います。

――2012年、生活者の価値観はどのような方向に向かっていくのでしょうか。

 2012年は、企業や社会と共に、新しい価値、基準、ライフスタイルを創ろうとする動きが一層強まると分析しており、電通総研では、そのような生活者を「共創型生活者」と命名しました。昨年は、生活者がこれまで当然のように信じていたものが壊れる「信災」の年でもあったと思います。政治に対する不信、原発の安全神話の崩壊などにより、生活者は、「お上や他人任せじゃダメだ。みずからが進んで日本の未来像に関与していこう」という当事者意識を強めています。結果、志の高い企業や政治力のある人を応援し、新しい生活スタイルや社会システムを生み出そう、選ぼうという気運が高まっているのです。

――これからの生活者の価値観に応え得る企業活動とは。

 これまでの日本の企業は、「いいモノをつくれば売れる」という考え方でやってきましたが、これからは、「いい未来」を提示することが重要になってくると思います。例えば、エコカーやLED電球などは、多少高くついても未来の課題解決のためであることを実感できる商品として多くの支持を得ています。企業に求められているのは、売り上げや利益を重視する既成の枠組みを超えた新しい価値を「共創型生活者」との連携によって生み出す努力です。

 また、コミュニティーや仲間づくりを応援する企業が注目されつつあります。昨今はジョギングブームですが、ジョガー向けのコミュニティーやイベントをサポートしているスポーツ用品メーカーの活動が人気を集めています。これに似た動きが各方面で活性化していくのではないかと思います。

企業が目指すべきは、賞賛の拡大

――企業が消費者の心をつかむため、ブランド価値を高めるためには、何が必要だと思いますか。

 未来を語るリーダーだと思います。企業のリーダーの肉声をきちんと生活者に届けるということです。2000年以前の経済成長期、企業の目標は、売り上げの増大でした。不況が続く2000年以降は、利益の増大に変わっていきました。しかし今後は、賞賛の拡大を目指す時代になっていくと思います。故スティーブ・ジョブズ氏、豊田章男さん、孫正義さんなどは、未来への展望を語り、実現するために試行錯誤する企業姿勢そのものが賞賛を受けています。従来、売り上げや利益に付随するものだった賞賛を、リーダーの情熱のもと、ねらって取りに行く。そうした姿勢が必要なのではないでしょうか。

――さらに進化・複雑化するメディア環境に対応する情報発信が、企業にとって必要になっています。マスメディア、マス広告はどんな意味を持つようになっていくでしょうか。

 マスメディアは、震災後、正しい情報、信用できる情報を得る手段として再評価されたと思います。マス広告、中でも新聞広告は、企業の意見広告が増えている印象があります。「共創型社会」においては、共に考えるきっかけを提示してくれる場、リーダーの意見表明の場が必要で、その役割を担えるのがマスメディアです。また、賞賛される企業と同じように、メディア自身も明確な肉声を持ち、未来への展望を社会に対しコミットする姿勢が大切だと思います。前向きな世論を形成してほしいですね。

――2012年、何をポイントにマーケティング・コミュニケーションを考えるべきでしょうか。広告業界に携わる方々へのご提言をお願いします。

 消費者が得をすれば企業が損をする、企業が得をすれば消費者が損をする、という「商談型のマーケティング」は、もはや時代遅れです。これから目指すべきは、企業と消費者が恋人同士のように並んで同じ方向を見つめる「ベンチ型のマーケティング」だと思います。そもそも「communication」という言葉の「com」には、「共通化する、共有化する」という意味があります。企業と消費者が「これいいね」と共感し合えるような「共創型」のコミュニケーションが、ますます求められてくるのではないでしょうか。
 

四元正弘(よつもと・まさひろ)

電通 電通総研 ヒューマン・インサイト部長

1960年神奈川県生まれ。東京大学工学部卒業。サントリーでプラント設計に従事したのちに電通に転職。メディアビジネス関連の調査研究やコンサルティング業務を経験したのち、消費者心理分析に従事。2010年10月から現職。主たる専門領域は消費心理・動向分析、地域ブランド開発、ワークショップファシリテーションなど。著書に『デジタルデバイド』『出版ルネサンス』『団塊マーケティング』」『価値競争時代のブランド戦略』など。2011年6月28日の日本経済新聞・経済教室にも寄稿。筑波大学大学院客員准教授も兼務。