「今なぜ私が、その本を読まなければならないのか」というコンテキストが、読者と本と書き手をつなぐ

 電子書籍の普及により、出版業界はどのように変容していくのか。著書『電子書籍の衝撃』で、「電子ブックは本の流通と読まれ方を大きく変える」「電子ブックの出現は、出版文化の破壊ではない」などの持論を展開した佐々木俊尚氏に聞いた。

電子書籍は製品ではない。重要なのはネットワーク

――9月15日、主要出版社20社が、新会社「出版デジタル機構(仮)」を今冬に設立することで合意しました。このような業界の動きをどう見ていますか。

ITジャーナリスト 佐々木俊尚氏 佐々木俊尚氏

 電子書籍化にようやく前向きに取り組み始めたということですから、よいことだと思います。これまで、「紙の本が売れなくなる」といった反発や、アマゾンのキンドルやアップルのiPadなど、書籍の直接流通を可能にしたアメリカのビジネスモデルを「黒船襲来」と懸念する声があり、国内の取り組みは遅々として進みませんでした。しかし、東日本大震災以降の書籍や雑誌の売り上げの落ち込みもあり、待ったなしの状況にきているとの認識がいよいよ広まってきたのでしょう。紙の役割を電子書籍がカバーする時代になるのは間違いありません。若者や働き盛りの世代は、デジタル画面で文字を読むことに慣れています。雑誌が売れないと言われますが、雑誌の中身への人々の興味が失せたわけではなく、ジャーナリスティックな情報を得たいという欲求はむしろ高まっていて、それがウェブで満たされるようになっているだけです。書籍に関しても、電子化されたコンテンツが充実してくれば、読者層は広がる一方でしょう。

――日本において電子書籍化が進まなかった理由とは。

 長く妨げていたのは、「電子書籍=製品」という意識です。電子書籍に重要なのは、ネットワークです。音楽配信サービスでいえば、かつてはレコードやCDなどのソフト、AVコンポやポータブルプレーヤーなどのハードが別の市場で回っていました。しかし、アップルのiTunesが登場し、楽曲データ、それを配信するプラットホーム、音楽を聴くためのプレーヤーが三位一体となったネットワークを完成させ、音楽市場を一変させました。電子書籍にもそうした環境づくりが必要で、アメリカでは、コンテンツ+アマゾン+キンドル、コンテンツ+アップルストア+iPadといった快適なネットワークが普及しています。

 アマゾンやアップルのビジネス手法は、著者が配信側と直接契約し、出版社が素通りされる「中抜き」を生じさせるのではないかということで、出版各社は業界に有利な国産プラットホームの発展に期待しました。しかし、国内のサービスは、端末にアプリをダウンロードして、買うたびに決済画面で手続きをして……と、使い勝手がよくありません。しかも、電子書店が乱立しているわりに魅力的なコンテンツが少ない。他方、この9月にシャープがメディアタブレット「ガラパゴス」2機種の自社販売終了とTSUTAYAとの業務提携の解消を発表しました。こうした話を聞くと、「これまで購入した電子書籍は今後も読めるのか」とユーザーは不安になります。読みたいものが少ないうえ、どのサービスを利用していいのかわからないという状況では、普及が進まないのも当然です。

――コンテンツがなかなか充実しない背景にはどんなことがあるのでしょう。

 まず、著者との契約問題があります。アメリカでは、初版の段階から著者とコンテンツの2次使用の契約を交わしますが、日本の出版社がそうした契約形態を導入し始めたのは2000年代に入ってからで、従来の契約上にある書籍に関しては、全著者と新たな契約を交わす必要があります。こうした課題をふまえ、今夏、新潮社、講談社、学研ホールディングスの3社が、今後発刊する新刊書をすべて電子化すると発表しましたが、賢明な判断といえるでしょう。

 版の扱いの問題もあります。アメリカでは出版社が印刷の原版を持っているのでノーコストで再利用できますが、日本では印刷会社が持っているので、出版社は印刷会社に再利用の対価を支払う必要が出てきます。もう一つの大きな問題は、電子書籍化された場合、著者にいくらの印税を支払うのかが明確でないことです。キンドルの場合は70%、iBooksも同程度の印税を実現しています。日本の「印税10%」は、電子化時代には非現実的な数字です。先ごろカナダ著作家協会が、「デジタル時代の著作家の権利章典」をまとめ、出版社に対して「印税50%」を要求し、同国で議論を呼んでいますが、日本もいずれそういう要求が出てくると思います。

――日本は漫画の電子出版が進んでいるといわれますが、注目している動きはありますか。

 『海猿』や『ブラックジャックによろしく』などの作品で知られる佐藤秀峰氏が、昨年、ネットを通じて作家自らが読者に作品を届ける「漫画 on Web」を立ち上げ、出版界に一石を投じました。電子漫画世界最大級の販売サイト「eBook Japan」を運営するイーブックイニシアティブジャパンは、今年10月の株式上場が決まりました。少なくとも漫画主体のプラットホームのほうが、考え方が先んじている印象がありますね。

 電子化により、漫画の海外輸出の可能性も広がっています。製作の段階から、従来の「右開き・縦書きの吹き出し」ではなく、「左開き・横書きの吹き出し」にすることで、海外需要が格段に伸びるのではないかともいわれています。

電子化時代に出版社に問われるのは、編集力

――今後に向けて出版社が取り組むべきことは。

 印刷会社との交渉力や、取次や書店への営業力は最重要ではなくなります。出版社に問われるのは、編集力です。どういう本を企画し、作家に依頼し、ディレクションするか。どんなタイトルをつけ、どのターゲットにどうアプローチするか。編集の基本ですが、これができていないことが多々あります。文芸の世界でいえば、かつては文芸編集者と作家が対等の立場で丁々発止を重ね、作品の質を高めるということをやっていましたが、今の編集者には営業マン化し、ベストセラー作家を順繰りに回ってただ原稿をもらっている人が多いようです。知人の編集者に聞いた話ですが、独自の視点の本を作ろうと思って企画を出してもちっとも通らず、上司に「アマゾンのベストセラーランキングに入っている100人の著者に一人ずつ電話しろ」と言われるのだそうです。書店に行けば、目立つ棚に置いてある本は、自己啓発本とビジネス本とベストセラーばかり。『国家の品格』が売れれば、「品格」の二文字をタイトルに冠した本が平台に並び、フェイスブックがはやり始めるとフェイスブックの入門書が並ぶ。こうしたことで出版界が活性化するとは思えません。

 売り方も考え直す必要があるでしょう。書店の平台の位置、版元の営業力、著者の知名度などではなく、「今なぜ私が、その本を読まなければならないのか」「その本が持っている社会的意味とは何か」といったコンテキスト(文脈)と共に流通すれば、本の読まれ方は変わり、読者と本と書き手をつなぐ新たな空間が生まれます。特に今は、ツイッターやブログで意見をやり取りする人が増えており、こうした「共鳴する空間」にいかに的確に情報を落としていくかということが大きな戦略になってくると思います。

――読みたいコンテンツが、紙の本と電子書籍と両方あったとしたら、どちらを選びますか。

 電子書籍を選びますね。私は毎年2~3週間の海外旅行に出かけるのですが、持参する本がいつも10キロを超えてしまうんです。そこで、今年は試しに読みたい本を断裁、スキャンして電子端末に入れて出かけました。飛行機で重量オーバーの超過料金を取られることもなく、大変便利でした。

 先ごろ、電子化を目的に書籍の裁断やスキャンをする“自炊”の代行業者に対し、出版社や人気作家が質問状を送った一件がありましたが、本代以上のお金を払って電子化したいという人は、まぎれもなく愛読家です。こうしたニーズを牽制(けんせい)するのは考えもので、真に読者の視点に立った対策を求めたいところです。

――これからの出版社の役割について、どのように考えますか。

 電子書籍化が進めば、利益の取れるポジションは流動的になり、著者、出版社、印刷会社、出版取次、書店、配信プラットホームなど、それぞれの存在価値も変容していくでしょう。出版社についていえば、紙の本を軸とするビッグビジネスが永続的に続くことはあり得ません。ただ、業態が変わったとしても、編集者の役割は重要であり続けるでしょう。紙の本の衰退を見据えて編集やマーケティングに特化し、良書を輩出する。こうした出版社の真髄こそが、生き残りのカギを握るのではないかと思います。

佐々木俊尚(ささき・としなお)

ITジャーナリスト

1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科を中退したあと、88年、毎日新聞社に入社。殺人や誘拐、海外テロ、オウム真理教事件などの取材に当たる。99年にアスキーに移籍。2003年に退職し、フリージャーナリストとして主にIT分野を取材している。著書に情報社会の変化を論じた『キュレーションの時代』(ちくま新書)など。