次世代の未来をどう組み立てるか、根元的な問題を提起する教育面を

 朝日新聞は、この春から教育分野の報道や紙面での取り組みを充実させている。編集方針や具体的な紙面展開について、朝日新聞編集担当補佐で教育専任ディレクターの山川富士夫に話を聞いた。

教育現場からは見えてこない「子どもそのもの」を多角的に取材

――教育分野における編集方針を聞かせてください。

朝日新聞東京本社 編集担当補佐 教育専任ディレクター 山川富士夫氏 山川富士夫氏

 昨年の秋、朝日新聞では教育報道をさらに重視することを決め、その際、「学校報道から子ども報道へ」という方向性を打ち出しました。学校報道とは、文字通り学校で起きていることや教師についての報道で、これは非常に重要です。そのうえで、もっと「子どもそのもの」を伝えていく必要がある、と考えたのです。

 かつて多くの子どもが公立学校で学んでいた時代には、学校や教師に対する信頼感が高く、教師の目を通して子どもを見ることはそれなりに説得力がありました。しかし、1980年代後半ぐらいから「公立学校はこのままでいいのか」と言われるようになりました。多くの教師はたいへんがんばっているものの、教師の視点を通じての情報だけでは、現実に起こっている問題とズレが生じてくるようになったのです。そこで、教師だけでなく、保護者、塾や予備校などの教育産業、さらには最近増えてきた教育系のNPOの人々といった多様な視点で幅広く子どもをとらえてみようとするようになりました。それが今、力を入れている「子ども報道」です。

「いま子どもたちは」 「いま子どもたちは」

 このコンセプトで昨年の11月にスタートしたのが、「いま子どもたちは」というシリーズ記事です。最初のシリーズ「つながる」では、友だち付き合いや、インターネットを通じた子どもたちのコミュニケーションの現実を取り上げました。第2シリーズの「よそおう」の1回目では、年中マスクを離さない「だてマスク」をする高校生を取り上げ、大きな反響を呼びました。このような、学校の中だけを見ていてはなかなか引っかかってこない話題を意識的に取り上げるようにしています。

 正月紙面で展開した大型企画「教育あしたへ」は、教育を大きくとらえていこうと、学校での話はもちろん、親が子どもをどうやって育てるか、政治と教育がどうかかわるのか、企業と大学生の就職活動など、これまで教育分野の企画の枠では扱わなかったようなテーマをあえて取り上げました。

 学校の勉強だけが教育じゃない。子どもや若者の未来をどうやって大きくしていくのか、希望を持たせてあげられるのか――。それが私たちの考える教育報道です。昨年秋からの二つの企画は、まさにその思いを形にしたものです。

――春から教育面がさらに拡充しました。どのような内容でしょうか。

 水曜から日曜までの5日間、教育面を展開します。水曜、木曜は「特報面」として、旬の教育情報を幅広く取り上げます。金曜が大学の学長インタビューと就活を軸とする「大学」、土曜はこれまで夕刊に掲載されて好評だった「花まる先生」、日曜日は乳幼児から中学生くらいまでの子を持つお父さん、お母さんたちに役立つ「子育て」を掲載しています。また、人気の「おやじのせなか」は木曜に移し、先ほども触れた「いま子どもたちは」は連日載せる、という構成です。

※画像は拡大します(PDF)

2011年1月1日付 朝刊 2011年1月1日付 朝刊
「教育あしたへ」
2011年5月18日付 朝刊 毎週水曜日~日曜日の5日間、テーマ別に教育面を掲載

学習に役立つ新聞活用法を紙面で展開 記者による出前授業にも注力

――新しい学習指導要領で新聞活用が定義づけられるなど、新聞を読んだり使ったりして学ぶNIEの取り組みが注目されています。新聞社としてどのように対応しますか。

 これまでも「ののちゃんの自由研究」など、NIEに関連した特集紙面を掲載してきましたが、さらに定期的に紙面展開し、力を入れていく考えです。具体的には月1回、毎回テーマを決め、新聞活用法を解説する紙面を掲載していきます。たとえば、「新聞を知ろう」「新聞をスクラップしよう」「夏休みに新聞を作ってみよう」「新聞マンガから考えてみよう」といった内容を予定しています。

 朝日小学生新聞では、紙面づくりに参加する「朝小リポーター」という親子を募集しています。本紙でもその親子に毎月協力してもらい、親子の疑問に答える形の構成で新聞活用法を解説していきます。学校だけでなく、家庭での教育や親子のコミュニケーションにも、新聞をぜひ活用してもらいたいと考えています。

 また同じ紙面に、各テーマに沿って記者が書いたコラムも登場します。子どもには読みやすく、また、親にも参考になるような、「新聞っておもしろい」と思ってもらえるような内容です。

 さらに、これまで記者が学校に出向き、取材の経験談を話す授業を展開してきましたが、今後は、それに加え研修を積んだ編集局の各グループの記者らが、教室で実践的な新聞活用法を教える出前授業を展開していく予定です。

――日本の教育は、今後どんな方向に向かっていくのでしょうか。その中で企業や社会ができることは。

 私は、2002年から04年にかけて、「転機の教育」というシリーズ記事のデスクを担当しました。そのころ、学力低下やゆとり教育の是非が話題になり、都市部を中心に公立学校の学区が自由化されたり、大胆な取り組みがしやすい教育特区が認定されたりなど、教育の世界には新しい変化が起こりました。当時は、「今ある教育の仕組みをどのようによくしていくか、活用していくか」といったことが議論の土台にあったように思います。しかし、今年の正月紙面の「教育あしたへ」のデスクをしてみて、10年ほど前に議論していたことがまったく通用しなくなっていることを実感しました。教育や学校といった仕組み自体が、すでに機能不全を起こしているのです。もはや、仕組みをどうこうするのではなく、そうしたものを超えて子どもや若者の未来をどう組み立てていくか、そもそも学校とは、そもそも教育とは、といった根源的なことを考えなければならないところまできている。そう強く感じましたし、日本は間違いなくそうした方向性に進もうとしていると、私は見ています。

 大学生の就職難が大きな社会問題になるなど、教育の最後の着地ができなくなっています。学校や親だけでなく、企業や社会が、若者が学んで身につけたものをどのように生かしていくか、真剣に向き合うときが確実にきています。私たち新聞社は、様々な角度から多様な情報を提供することで、そのことを考えるきっかけを作っていきたいと考えています。

山川富士夫(やまかわ・ふじお)

朝日新聞東京本社 編集担当補佐 教育専任ディレクター

1988年、朝日新聞社入社。名古屋社会部(現報道センター)などをへて、東京社会部で教育担当。2001年秋からは教育担当デスクとして、1面企画「転機の教育」シリーズを2002年~2004年に掲載。その後、さいたま総局長、東京写真センターマネジャー、論説委員をつとめ、2010年8月から現職。「しつもん! ドラえもん」や、「ののちゃんの自由研究」も統括。