広告業界とメディア業界にあるさまざまな「ギャップ」を埋めたい

 博報堂から電通へ、そして躍進期のグーグル日本法人を経て、2009年に「スケダチ 高広伯彦事務所」を設立。既存のメディアと新たなメディアの両方への深い洞察と豊富な実戦経験を生かした、広告キャンペーン企画やマーケティングコンサルティングなどを行う高広伯彦さん。独立の経緯や現在の広告・メディア環境などを聞いた。

広告会社2社を経てネット企業へ、そして独立。

――大手広告会社2社と、情報テクノロジー系のネット企業で活躍されてきましたが、独立までの経緯は。

高広伯彦氏 高広伯彦氏

 博報堂から電通への転職は、より新しいことができるだろうといった気持ちだったと思います。電通では、当時まだ正式に名乗っている人がおそらくいなかった「コミュニケーションデザイナー」「コミュニケーションプランナー」という肩書で仕事を始め、それが今の仕事につながっています。“sukedachi.jp”というドメインを取ったのは、実は電通を辞める直前のことです。そこにグーグルからお話をもらい入社しましたが、当初から長くお世話になるつもりはありませんでした。

 電通で仕事をしているうちに、私は広告業界、メディア業界のさまざまなところで「ギャップ」が生まれていることが気になり始めました。そのギャップを埋めるような仕事をしたいと思い、立ち上げたのが「スケダチ」です。それまでもクロスメディアやメディアニュートラルといったコンセプトがありましたが、それはメディアの組み合わせにしかすぎないのではないか、結局プランニング起点がメディアではダメなのではという漠とした思いがありました。メディアを使わないコミュニケーションもあるだろうし、メディアというものを拡大解釈しなくてはいけないこともあるだろう。そんな思いがありました。

――「ギャップを埋める」というのは、具体的には。

 やりたかったことは大きく二つです。一つは、企業のキャンペーンにおけるコミュニケーションのプランニングという領域です。私は広告というものは、消費者と企業の関係作りという意味では未来永劫(みらいえいごう)なくならないビジネスだと思います。しかし一方で、消費者と企業の間にあるものは変わっていきます。その中で、何が最適なメディアかということより、どういうつながり方がよいのかを考える。コアになるアイデアを提案し、そのつながり方を実現するためのプランニングの仕事ということです。

 もう一つは、デジタルテクノロジーを広告ビジネスやマーケティングにどう結びつけるかという仕事です。私は昔からテクノロジーに近い場所で仕事をしてきましたが、両者には不可分な部分があるにもかかわらず、それが企業のマーケティングコミュニケーションにうまく結びついていないと感じました。この両面を考えると、いろんなギャップが存在すると思ったのです。

――それは従来の広告会社ではできなかったことですか。

 広告会社を離れたところで広告主と付き合いたい、という発想ではありません。例えば広告会社の営業が、「この仕事は社内のだれに頼めばいいか分からない」ということがあるんです。ある種の制度疲労がいろいろなところに蓄積されてきている。そこを変えるのが私の仕事ですね。どこの傘にも被っていないからこそ、どこにでも「スケダチ」に行けるということです。

――話を独立前に戻します。ご自身としてはグーグルで働いて(2005年12月から2009年1月まで)、良かったと思っている点は。

 ひとつは、広告会社と事業会社のメディアの扱い方を知ることができた点です。それと当時のグーグルは多少大きなベンチャー程度の企業でしたので、知られないことが知られていく過程が分かったことです。その頃のグーグルなんて、例えば領収書にちゃんと名前を書いてもらえなかったような時代ですから(笑)。

 その成長過程で僕が見たのは、グーグルは広告をしていないのに、世の中に知られ、使われていったということです。おそらくこれは、メディアやツールが広がる時にひとつ大事な要素だと思うのですが、新聞をひとつの「商品」として考えたときに、広告をした結果新聞が購読されているわけではないはずだということです。新聞というプロダクト自体に人々をひきつける何かがあったわけですね。グーグルに在籍した3年間に私が見たのはまさにそれです。広告の力を借りて商品を世の中に広めていくというマーケティングもありますが、もう一方でプロダクト・アズ・マーケティングだとか、サービス・アズ・マーケティングとか、商品やサービスそのものがマーケティングのツールとして機能することがやはりあると思います。

――高広さんは「コンテクストマーケティング」といった考え方を提唱していますが、携わっている仕事を通じて説明してもらえますか。

 例えば大和ハウス工業が昨年末に発表した、「コクームスペース」という女性向けの部屋があります。その際のネーミング開発から、キャンペーンのプロデュースまでを制作会社と一緒に手がけました。今までの住宅のあり方を見た時、子供向けには子供部屋、男性向けには書斎はあっても、女性向けの部屋はないのです。無論、台所のようなスペースはありますが、それは多くの場合「主婦」のものです。ある程度所得の高い女性が増えても、女性が自分のために時間を過ごす、女性が落ち着けるようなスペースのある共働き世帯向けの戸建て住宅が今までなかったわけです。

 実は先程ふれた子供部屋も、ダイワハウスが日本で最初に商品化したのです。その企業が今度は日本で最初に女性のための部屋を作ったということで、そこにコンテクストが生まれます。つまりこれは、企業が持っている過去の歴史、コミュニケーションの資産、あるいはターゲットのライフスタイル、世の中の話題などミックスした上で、コンセプトとしていかに紡ぐかということだと思います。

メディアは、メディア自体が人を引きつけなくてはならない

――新聞の現状については、どのように見ていますか。

 新聞広告を売るために必要なのは、新聞社がプロダクトとしての新聞の商品力をリニューアルすることです。そうでなければサポーターがつきにくい。商品力とはどういうことかというと、新聞がもしコンビニエンスストアだとしたら、そこにお客さんがほしい商品がキチンと並んでいるかどうかということです。情報を送り届けることに新聞社のビジネスドメインがあるとすれば、今よりもっといろいろなことができるはずです。

 新聞というのは、「あまねくすべての人に同じ情報を届けるサービス」としてやってきました。ところが、今は梅のおにぎりを食べたい人もカツオのおにぎりを食べたい人もいるわけです。果たして新聞は、人々にとって読みやすいスタイルで情報を送り届けているのかが、今問われていると思います。パソコンや携帯・スマートフォンなどでもニュースは見られているわけですし。

――では新聞広告については。

 売れる広告企画、成功した広告企画といったものはあるでしょうが、企画の善しあしで新聞広告を語るのは本質ではないと私は思います。問題はそこではなく、通常の広告モデルをリノベーションしていかなくてはなりません。

 その一つは「売られ方」です。私は博報堂時代、出版営業局でサンヤツやサンムツを営業として売った経験がありますが、これは3段を8分割や6分割して一つひとつの枠を買いやすくしたものですね。一方、グーグルが開拓した広告主の層というのは、個人事業主や中小企業、これまで広告をやってこなかったところなど、従来の層とは全く違う層です。そこをどう考えて、インターネットの広告主のための枠を新聞に開発し、買いやすい仕組みをつくるか。つまり「(読者に)読まれやすい」と「(広告主が)買いやすい」の二つのテーマが今の新聞にはあると思いますし、これは新聞がデジタル化されても考えるべきものです。

――メディアの多様化がさらに進んでいる中で、今後のマスメディアのあり方をどのように考えていますか。

 長い目で見た時に、日本の人口は増えていくわけではなく減っていきます。マスという単位は、拡大していくのではなく減っていく時代です。ただし、マスのサイズが小さくなったとしても、多くの人に送り届けたい商品がある限り、マスマーケティングというものは、私はずっと続くと思います、

 マスメディアとは「マス」というターゲットに対して効くメディアです。つまり「マスターゲティング」のメディアなんです。それはそれぞれ小さなターゲットに対するメディアと同じような意味で、漠然とした全体ではなく、「マス」をきちんとターゲティングすることを考えたほうがいい。例えば、雑誌であれば個別記事の人気アンケート、テレビやラジオであれば視聴率・聴取率で番組単位の評価がされる。もちろんこういう数字に左右されない記事の質というのもあるとは思いますが、他の3マスメディアに比べて新聞はどの記事の評判がよかったのか、などといった読者のフィードバックをもとにしたメディア自身の改善というのが正直あまり見られません。なので新聞を一つの「プロダクト」と見ると、「顧客満足度」を高める仕組み・サービスがないのが現状ではないでしょうか。ここが今問われているのだと思います。

――これからの新聞広告について、提言があればお願いします。

 新聞はこういうメディアだから、このような使い方がいいといった考え方は私にはありません。新商品であればアテンションですし、買った人の満足度を上げたければ説明、通販型の商品なら購入と、使い方はいろいろあるのが新聞です。

 もう少し思い切った改革を考えるとすれば、垂直型の情報の集め方を、読み物が横に広がってく水平型に変えるということです。例えば米AOLは最近、独立系ネット報道メディアの米ハフィントンポストを買収しました。日本ではライブドアが現在、韓国の大手ポータルサイトNHNの参下ですが、もし朝日新聞がライブドアのようなメディアをグループ化できていたら・・・・・・面白かったと思うんですけどね。新聞というのはその日の情報のパッケージメディアですが、コンビニの幕の内弁当は、日々顧客の人気不人気をチェックして内容を改めています。横に広がった情報の中から、新しいパッケージを作るといったことも考えるべきではないでしょうか。

――新聞広告でやってみたいことはありますか。

 使ってみたいことは、いろいろあります。例えば3D広告は、新聞の大きな紙面が生かせる企画です。ポイントは、まず3Dというアイデアが先にあって、そこに広告主をはめるということではないということ。「こういう意図があるから、結果として3D」ということです。それと別刷りや折り込みではなく、本紙に何か付けるといったことができたら、面白いと思います。やれない理由を挙げれば、いくらでも上げられますが、そこを超えられるかですね。

 新聞が情報の起点になれるかといえば、私はこれからもなれると思います。ただし、それは今のままでいいということではなく、情報が今の人々にシェアされやすい形にしていくための努力をしなくてはいけない。私はそう思います。

高広伯彦(たかひろ・のりひこ)

スケダチ代表 コミュニケーションプランナー

1970年大阪府生まれ。1994年関西学院大学社会学部社会学科卒業。1996年同志社大学大学院文学研究科社会学専攻修士課程修了社会学修士(文化社会学/メディア論)。
1996年博報堂入社、出版営業局に配属。1999年、インタラクティブ局へ異動。インターネット関連のメディア開発、インタラクティブマーケティング領域の業務に従事する。2002年、iメディア局に異動し、先に加えコンテンツ開発やビジネス開発も手がける。
2004年電通へ転職。インタラクティブコミュニケーション局所属。2005年グーグル入社。グーグルの広告商品のマーケティング、YouTubeの日本における広告セールス導入などを手かける。 2009年1月、「スケダチ 高広伯彦事務所」を設立。主にインタラクティブ領域の企画を踏まえたコミュニケーション企画を手がけている。最近の仕事に、東芝「20XC 」、ワコール「踊れ!ラランヌ」、大和ハウス工業「コクームスペース」ローンチキャンペーンなど。東京インタラクティブ・アド・アワードグランプリなど多数受賞。