いま、メディアパワーを考える~クチコミ・検索行動対応のメディア戦略とは

 一言に「クチコミ・検索行動」といっても、その領域は「CGM(Consumer Generated Media)」「コミュニティー」「ソーシャル」まで幅広い。目的意識があり、今知りたい情報や相手に有益な情報を発信・受信する行動が多く見られる「検索・クチコミ」に対し、「ソーシャル」では、コンテンツそのものよりも「ゆるいつながり」を重視する傾向があるほか、ネット上の盛り上がりに乗っていくこと自体が目的化することもある。
 そうした中、ロッテ「Fit'sダンスコンテスト」、本田技研工業「Honda Green Machine 003 CR-Z」の2つのキャンペーンが大きな話題を呼んだ。キャンペーンに携わったロッテ宣伝部制作担当第一グループ戦略担当第一グループ課長の山本剛史氏、本田技研工業日本営業本部営業開発室マーケティング戦略ブロック主任の原寛和氏に加え、電通ビジネス統括局プラットフォーム・ビジネス開発室テクノロジー開発部マーケティング・スーパーバイザーの春田英明氏、博報堂DYメディアパートナーズメディア・コンテンツソリューション局局長代理の榊原廣氏(司会)がキャンペーンを振り返り、意見交換を行った。

商品特性を語らない決断と、
クチコミを発生させる巧みな仕掛け

榊原廣氏(左)、山本剛史氏(右) 榊原廣氏(左)、山本剛史氏(右)

榊原 ロッテ「Fit'sダンスコンテスト」、本田技研工業「Honda Green Machine 003 CR-Z」、2つのキャンペーン事例を見て、春田さんはどう感じましたか?

春田 概念や商品特性を言語化して伝えるのは難しいものですが、ロッテのキャンペーンは、「歌って踊っている姿をサイトにアップしているから、とにかく見てよ」と、消費者が気軽にノレる仕組みを作り、クチコミのハードルを下げた。しかも盛り上がっている様子は再生回数という形でユーザーが自覚でき、さらなる盛り上がりを呼ぶ。そんなスパイラルをうまく作られたと思います。

榊原 「応募しやすい環境づくり=おもてなし」の充実もポイントでしたね。また、効果の指標として、「1,700本の応募」と言うと、マスマーケティングに比べて小規模に感じてしまいますが、「1,700本の別バージョンのCMを作ったに等しい」「1,700人の営業マンがいるのに等しい」といった表現にすると説得力がある。こういう提案ができると、社内で企画を通す時にも突破しやすくなる気がします。

春田 本田技研工業のキャンペーンは、ユーザーが見慣れたページに「CR-Z化」した名前が増えていく仕掛けが斬新でした。人は、楽しい事件やうれしい驚きを常に探しているもので、そうした心理に見事にはまりましたね。また、サイコロのやり取りは、「誰かのためなりたい」というソーシャルメディア上の人々の思いを起点にうまく仕組みを作られたと思います。

榊原 ロッテは賞金100万円を、ホンダは「CR-Z」を、それぞれインセンティブとして設定しましたが、反響の広がりを見ると、それだけが目的とは言えないようですね。

原寛和氏(左)、春田英明氏(右) 原寛和氏(左)、春田英明氏(右)

 最初は商品目当てかと思っていましたが、途中からコミュニケーション自体が目的になっていった印象があります。参加者が数十万人規模ともなれば、「たぶん当たらないな」と思うのが自然で、それでも参加してくださる方がたくさんいましたから。

榊原 両社の取り組みを聞いて感じたのは、ロッテの「商品特性を語らない大きな決断」も、ホンダの「商品を定義づけて訴求したところで『あ、そう』で終わる。ないものをつくれ」も、従来のマーケティングの課題設定とは違っていますよね。それがクリエーティブのジャンプにつながった。一方で、ソーシャルというと、「炎上」などネガティブなイメージも否定できませんし、社内の決裁や効果指標の設定が難しいのも確かです。その点、ホンダはコミュニティーサイトの運営もずいぶん前から積極的でした。

 はい。ですから今回のような企画に対する社内の理解はありました。ただ、クルマユーザーはどんどん変わっているので、過去のノウハウだけに頼ることなく、ターゲットに楽しんでもらえる表現や仕組みを徹底的に考えるようにしました。

山本 当社の場合、ソーシャルの活用は初めてで、効果の指標も乏しく、不安もありました。ただ、“ガムノンユーザー”を獲得するというミッションがあったので、社として新たな挑戦に前向きではありました。

榊原 効果、指標、目標というあたりは、どういう基準で確認しているのでしょう。

 「mixi」上で、「CR-Z化」した人数のみが指標です。それ以外の指標を作ると言い訳になってしまうので。こっちはダメだったけど、こっちはよかったとか。ですから腹をくくって、人が増えたら成功、増えなかったら失敗ということにしようと……。

山本 フィッツのような新製品に関していと、「認知率UP」とCM好感度です。

榊原 ということは、ソーシャルの指標もマスマーケティングと変わらないと?

山本 「You Tube」への投稿数なども評価対象ではありますが、最終的な判断基準は、そうですね。

 クチコミや検索行動が注目される中、メディア戦略はどのように位置づけられるのか。ロッテの山本剛史氏、本田技研工業の原寛和氏、電通の春田英明氏が、博報堂DYメディアパートナーズの榊原廣氏、それぞれが考えるマスメディア、ソーシャルメディアの今とは。

ターゲットの「タイムシェア」の
長いメディアを選び、仕組みを作る

博報堂DYメディアパートナーズ 榊原氏 博報堂DYメディアパートナーズ 榊原氏

榊原 コミュニケーション戦略の概念的な話に移りますが、両氏はマスキャンペーンとソーシャルキャンペーン、個別に戦略を立てていますか、それとも一緒に考えますか?

山本 当社にとって認知の間口を広げるマスキャンペーンは必須で、さらにソーシャルを使って奥行きを作ることに成功の秘訣(ひけつ)があると考えています。大量製造、大量販売の商品が多いので、間口×奥行きによって「面積」を最大化することが重要です。

 私は、常に「タイムシェア」の長いメディア、つまりターゲットの接触時間が最も長いメディアを選んでいきたいと考えているので、攻略したいターゲットへの情報流入を考えた結果、選んだメディアがたまたま新聞だった、「mixi」だった、という感覚です。

春田 広告会社の立場としては、「別個に考えるべきだ」「シームレスで考えるべきだ」などと決めてかからないようにしています。ただ、「シームレスに考えたい」という要望に対し、部署間の壁を取り払ったり、新しい部署や研究チームを作ったりという努力はしています。

ロッテ 山本氏 ロッテ 山本氏

榊原 次に、マスメディアの役割や使い方をどう考えているか、ソーシャルと連動させた時に使い方の違いはあるのかなどについてうかがいます。たとえば、今までだったら部数やリーチで選んでいたが、企画との相性で選ぶようになったとか、変わっていることがあれば教えてください。

山本 マスメディアで世界観を作るというスタンスは変わりませんが、マスメディアの情報発信だけだと一方通行で終わってしまう可能性があるので、消費者が情報をやり取りしてくれるソーシャルメディアに投げ込む情報を、ブランドの特性に合わせて考えています。

 マスメディアの使い方というと、新聞15段、テレビCM15秒など、スペースや尺の制限に合った表現を模索するというくらいです。先輩には、「昔は新聞、テレビ、ラジオの広告展開だけ考えていればよかったけど、今の担当者はいろんなメディアがあって大変だろう」とよく言われますが、そもそも昔を知りませんし、マスもソーシャルもターゲットへのアプローチを考える上での仕組みの一つというとらえ方です。

本田技研工業 原氏 本田技研工業 原氏

榊原 原さんの世代は仕組みを作るのがあたりまえなんですね。

 そうですね。顧客層が新しいメディアを取り込んだ生活をしていますから。特に10代、20代の感覚は先を行っていて、私はもう30代半ばですから、若年層と同じ目線で考えられているかどうか、常に気にしています。

山本 先ほどから原さんのお話をうかがっていて、悩みは同じだなと感じていました。「ガム離れ」も「クルマ離れ」も根っこは同じような気がします。若い人たちがどんな気持ちで行動しているのか、なぜいろんなことから離れてしまっているのか……。突き詰めていこうとすると、結局「なんとなく」という理由しか出てこず、つかめないまま終わっているのが現状です。

榊原 アイデアは、若い人たちの声を拾いあげることが多いですか?

 そうですね。社内の人間は、「お客様に商品をこう見てほしい」「クルマはこうあるべき」という思いが強すぎるので、そういう視点じゃないところからアイデアを拾ってこないと、ズレていってしまうんですね。ですから若い人の声は特に大事にしています。

榊原 メディアも「こうあるべきだ」との内部の意見に寄らず、若い人たちの声を拾っていくと、うまい着地点が見つかるのかもしれませんね。ところで、クリエーティブの仕掛けもソーシャルを巻き込んで行くうえで重要ではないでしょうか。

 そう思います。クチコミを期待したかったら、企業の都合を抜きにして、自分が本当に人に「転送」したい情報かどうかを考えることがとても重要です。特に若い人の場合、言葉は悪いですが、どこか「くだらない」情報を転送したくなるようなので、いい意味での「くだらなさ」をもったクリエーティブを意識しています。

山本 「くだらない」ものを送りたがるというのは、確かにその通りですね。そうした面白さや楽しさに対する概念は、私たちの世代では理解しづらい部分でもありますが、うまく見つけ出せたらと思います。

電通 春田氏 電通 春田氏

榊原 今までは、たくさん見てくれる場所でメッセージを投げかけるのが主流でしたが、これからの時代は、みんなが持ち歩いて広げてくれるような「くだらない」もの、つまり、「突っ込みやすかったり突っ込まれやすかったり」といった面白いもののそばにいれば、自動的に広がっていく可能性がある。そして、その「突っ込まれやすい」ことをやってみようと思えるかどうかは、会社の器の大きさということかもしれませんね。

春田 それと、媒体社や広告主は、一般の人たちが初めて手にした一般の人主導のメディアであるソーシャルメディアに「おじゃまする感覚」で、積極的にナマの声とコミュニケーションしていくことが大事だと思います。

ウェブを使ってマスメディアの
パワーを最大化する

榊原 今、注目している他社の事例、こんなツールを使ってみたい、といったことはありますか。

春田 テレビ東京の「カンブリア宮殿」という番組で、2週にわたりソフトバンクの孫正義社長のインタビューが放送されたのですが、それに先がけてインタビューの模様を「Ustream(ユーストリーム)」でライブ中継し、それが「ツイッター」で盛り上がり、クチコミがテレビに移っていった事例がありました。かつては「続きはウェブで」という手法が常套(じょうとう)でしたが、それが逆転して「続きはマスメディアで」となったところが面白かったと思います。マスメディアが注目された時の爆発力はものすごいものがあり、ウェブをうまく使ってマスメディアのパワーを最大化する手はあるんじゃないかと。広告だけでなくパブリシティーでも使える手法だと思いました。

 今お話にあった「マスメディアのパワー」について加えますが、最近、「テレビ離れ」「新聞離れ」という話をよく聞きますよね。でも、私は全然そんなことはないと思っています。ネットで話題になっていることの多くが、新聞やテレビ由来の情報だからです。それに、マスメディアにはサイレントマジョリティー(物言わぬ多数派)を動かす大きな力があると思っています。逆に、ネット上でたくさんスレッドが立っているとか、書き込みが多いという、いわゆる「盛り上がっている状況」が、果たして世間のサイレントマジョリティーの言葉なのかどうか、注意深く見るようにしています。これを間違えてしまうと、一部で盛り上がっておしまい、ということになりかねません。

 注目しているツールは、スマートフォンです。PCとほぼ同じウェブページがどこでも見られるので、いろんな可能性を含んでいる気がします。具体的な使い方は探っている段階です。注目している他社の事例は、やはり「フィッツ」の認知を獲得するキャンペーンはすごいと思っていました。今日お話をうかがって、商材も消費行動も違うのに、どこか似たところで悩んでいるのが改めて興味深かったです。

山本 ソーシャルコミュニケーションのコントロールできない部分は知り尽くしておらず、臆病(おくびょう)なところはまだあります。とはいえ、「ゆるくつながる方法論」みたいなものを、今後も開発していきたいですね。注目している事例は、ニューヨーク市の教育局が実施したプロジェクトで、携帯電話会社と提携し、学校の生徒にカスタマイズされた携帯電話を配布。出席回数や素行や宿題などさまざまな項目にインセンティブ制を設けた結果、モラルや成績の改善が見られたというもので、その背景には、ニューヨーク市の生徒約110万人中35%しか卒業できない現実があるようです。そうした問題解決に貢献できるキャンペーンにチャレンジしていきたいとの志が芽生えつつあります。

榊原 ディスカッションを通して、「おもてなし」「間口×奥行き」「クリエーティブのジャンプ」「仕組みを作る」など、たくさんのキーワードやヒントを聞くことができました。新しいキャンペーンの発想や、内部や取引先の説得に生かせることばかりだったと思います。本日はありがとうございました。