「Honda Green Machine 003 CR-Z」キャンペーン

2ドア車の旧来イメージを払拭(ふっしょく)し、逆風に対抗

本田技研工業 原 寛和氏 本田技研工業 原 寛和氏

 本田技研工業は、2008年後半より、エコカーの商品群・技術群を「Honda Green Machine」と名付けて企業広告や商品広告を展開しています。そのラインアップのひとつである「CR-Z」は、「ハイブリッドの楽しさや可能性を広げる世界唯一のハイブリッド・クーペ」。モーターの力を燃費や走りに使い分ける3モードドライブシステムやリッター当たり25kmの低燃費(10.15モード)などが特徴の、今までにないハイブリッドカーです。

 ただ、2ドアのクルマは昨今逆風です。キャンペーン企画前に行った検討意向調査でも、「次はハイブリッド車を買いたい」という人は8割以上いるのに、2ドアのハイブリッドを「ぜひ検討したい」という回答は1割程度。興味のある人でも、理由の7割が「燃費がよさそうで経済的」との回答で、その特徴だけで言えば他車と明確な差別化にはなりそうにありません。しかも、2ドアを検討しない人の声を見ると、「乗り降りが面倒そう」「家族から反対されそう」といった理由が挙がり、自信を持って開発した社内の期待と裏腹に、楽しいイメージが失われつつあることも分かりました。リーマンショック以降の景気低迷による世帯所得低下、若年層のクルマへの関心の低下といった外部環境のネガティブ要素に加え、情報過多の世の中では覚えてもらいにくい“英語系ネーミング”にも不安がありました。

 しかし、「CR-Z」は、Hondaが新時代に向けて提案する、想(おも)いの詰まった新しいブランドです。そういうクルマを「ハイブリッドスポーツ」という分かりやすい一言で定義づけて訴求しても、「あ、そういうの出たんだ」とスルーされてしまい、世間のイメージを上げないことには、拡販はおろか、認知すら得られないと考えました。

 そこで、
・ 今までになかった商品提案にふさわしい広告表現やキャンペーンにチャレンジする
・ クーペが再び市民権を得るきっかけを作るために、マスキャンペーンではUSP(Unique Selling Proposition=独自の強み)の訴求に終始せず、「特別な人だけが乗る車ではない」という新しいイメージを伝える

この2点をキャンペーン設計の志に据えました。また、不利な要素がある一方で、日本は今や半数以上が単身か2人世帯で、やり方次第では2ドアの新しい需要創出も期待できるという読みもありました。

「mixi」を活用。マーケティング版「ないものをつくれ」

 まず、実売ターゲットは、新しい提案に敏感な「男性・自動車先行層」と、「50代世帯の子離れ層」に絞りました。そして、それぞれのターゲットが接触時間の長いメディアを選択し、前者へはウェブや専門誌で「ハードのこだわり」「企業の想(おも)い」といった情報を提供、後者へはテレビCMや新聞で「ハイブリッド市場の新たな風」「デザイン/質感」への興味喚起を訴求ポイントとし、クリエーティブ領域でのジャンプを模索しました。

「Ole! Ole! CR-Z」キャンペーンの応募サイト 「Ole! Ole! CR-Z」キャンペーンの応募サイト

 マスメディアの広告展開では、まず新聞紙上でHondaの「CR-Z」投入の志を「お手紙」のようにつづりました。一方、テレビCMでは、従来ありがちなスペック説明や走行シーンを一切省き、新しい乗り物が舞い降りてきたかのような斬新さを表現しました。

 そして、ソーシャルメディアです。これは、実売ターゲットとは異なる若年層にもHondaの志を知ってもらいたいと考え、そのきっかけをどう作るかのチャレンジの舞台として選んでいます。そのため、この「Ole! Ole! CR-Z」キャンペーンの企画にあたっては、自動車メーカー的な視点からの脱却を第一に考えました。「クルマの楽しさは乗らなければ分からない」「スポーツカーは特別だ」「新技術はカタカナや英語のネーミングで付加価値化」といったメーカー独自の価値観が、若者のクルマ離れを引き起こした一因ではないかと長い間考えていたからです。つまり、若者から離れたのはクルマではなく、メーカーではないかと。

 では、若年層の興味獲得をどう考えるか。まず、制作チームと議論の中で共有したのは「Yトピ」(Yahoo!トピックス)に載ろう!ということでした。「Yトピ」は、ユーザーが能動的にクリックしてくれるメディアですし、マスに比べたら低コストで話題化できるチャンスもあります。広がりも十分期待できる。では、これに載るためにはどうするか。結局、今までに誰もやったことのないチャレンジが必要で、まさに弊社の技術開発におけるコンセプトのような「ないものをつくれ」に通じると思いました。

 なお、メディアとして「mixi」を選択した理由は、2千万人と言われる圧倒的なユーザー数とM1/F1比率が約7割という高いターゲット含有率。そして、自分の身近で見聞きしている限り、ユーザーの接触時間が長そうだということが魅力でした。

友人間のコミュニケーションを誘発し、83万人の「CR-Z化」に成功

 企画概要は、「mixi」上の名前(ニックネーム)のどこかに「CR-Z」と入れてくれた人の中から抽選で1名様に「CR-Z」をプレゼントするというもの。期間中の1カ月半で約83万人の「CR-Z化」に成功。友達ネットワークを表示する「マイミク」からも認知が広がったほか、「Yahoo!知恵袋」「教えて!goo」など問題解決のサイトでも「mixiで最近見かけるCR-Zとは何ですか?」などと盛り上がり、最終的には「Yトピ」掲載の目標も達成しました。まさか、こんなにいくとは夢にも思わなかったですから、企画屋の読みとしては大はずれですし、いまだになぜこれほどうまくいったかを論理だてて説明できません。

 とはいえ、こちらで仕掛けたことはいくつかあります。まず、「マイミク」の数が当時37万人と日本で2番目に多かった土屋アンナさんに「CR-Z化」の協力を依頼したことです。そして、何と言っても「当選確率」という仕組みを作ったことです。1日1回のアクセスにつき、サイコロ1つ(1~6倍)が振れるのですが、友人が「CR-Z化」するとサイコロボーナスが10倍に、さらに自分の招待で友人が「CR-Z化」するとそのボーナスが30倍になります。また、1日につき5個まで、「マイミク」にサイコロをあげる権利も付与しました。この仕組みが、アクティブ率を上げるだけでなくコミュニケーションの発生を誘発し、ソーシャルらしい広がりがキャンペーンに生まれたと思います。

 担当者としては、
1.面白い企画を守る~自分が真に転送したい情報や仕掛けを作る
2.仕組みをシンプルにする~良いモノ、分かりやすい情報はシンプル
3.調子に乗らない~好評だからといって安易な期間延長やメーカー都合の変更はしない

といったことを意識したつもりです。おかげさまで、立ち上がり4週間の「CR-Z」のサイトPVおよび商品認知獲得効率ともに過去最高レベル、デビューから半年たたずに目標の3倍以上となる2万台の受注を達成したことにもそれなりに貢献できたと思っています。

 今回の企画を通して制作チームと話したのは、ウェブはアイデア次第でこうした新しい「仕組み」を作りやすいメディアではないかということでした。以前から言われていたことかもしれませんが、そういう可能性を改めて感じるキャンペーンになりました。