今求められる、企業・社会が共働し合う環境コミュニケーション

 企業の社会的責任は、企業経営そのものに大きな影響を与えるようになっている。環境問題や社会問題への対策はもちろん、それを広く伝え、ステークホルダーと良好な関係を築く環境コミュニケーションは、企業活動の重要課題の一つだ。
 環境コミュニケーションの考え方が生まれた背景や、取り組みの現状、これから向かうべき方向性について、淑徳大学国際 コミュニケーション学部 人間環境学科教授の清水正道氏に聞いた。

 

環境コミュニケーションの進化を促した
世界的な二つの大事故

淑徳大学国際 清水正道氏 淑徳大学国際 清水正道氏

――企業による環境コミュニケーションは、これまでどういった経緯をたどってきたのでしょうか。

 現在の環境コミュニケーションの流れは、二つの世界的な事件がきっかけになってできた、と私は見ています。
 一つ目は、1989年、アラスカ湾で大型タンカーが沈み、大量の石油が流出した「エクソン・バルディーズ号座礁事件」です。この事件を機に発足したNGO「セリーズ」が、企業の環境情報開示を求める「セリーズ10原則」を提起し、これが企業に環境情報を開示させるひとつの端緒となりました。
 その後、92年にブラジルのリオデジャネイロで初の「環境サミット」が開催されました。さらに、環境汚染防止のために産業界でも環境監査を踏まえた環境管理の仕組みを作ろうという機運が高まり、国際標準化機構(ISO)によって環境マネジメントシステム規格、ISO14001が検討され、96年の発行にこぎ着けました。

 こうした動きがある中で、95年、もうひとつの事件が起こります。イギリス北部の北海で海底油田を運営していた石油会社「ロイヤルダッチシェル」が、老朽化した海上油田基地を北海に投棄しようとした事件です。欧州各地で抗議運動や不買運動が起こり、とくにドイツではガソリン販売が3分の2に減るなど同社は深刻なダメージを受けました。その後、欧州の7つの主要都市でステークホルダーダイアログ、つまり、抗議行動を起こしたNGOなどの組織との対話集会を開き、ともに解決策を検討すると同時に、経営に「社会的責任」という視点を組み込む体制を作りました。そして1998年、同社は一連の活動を「シェルリポート」で報告。これが、現在の環境報告書の原型になったと言われています。

 60年代にアメリカでは消費者運動が活発になり、様々な情報の開示を要求する動きに対して、企業イメージを上げるための自主的な環境コミュニケーションは行われてきました。しかし、外部基準に準拠した企業情報の公開を伴う、いわば「ディスクロージャー+コミュニケーション」の活動は、外部からの圧力への対応という形で、90年代に入ったころから欧米企業を中心に起こってきたのです。

――日本における動きは。

 日本企業の間でも92年の環境サミットを受け、環境広告を展開する機運が盛り上がった時期がありました。しかし、多くは「地球にやさしい企業」をうたった抽象的なイメージ広告にすぎず、すぐに世間に飽きられ、この動きは廃れていきました。

 大きな契機となったのは、やはり96年にISO14001が発行されたことでしょう。環境マネジメントシステムでは、組織の環境管理や環境パフォーマンスなどについてステークホルダーとコミュニケーションすることが推奨されています。これにより、自主的な情報開示活動が市場での取引基準と考えられるようになり、企業は「単なる環境パンフレットを作成するだけではダメだ」と感じるようになりました。さらに、地球温暖化防止京都会議で「京都議定書」が採択された97年には、環境庁(当時)が「環境報告書作成ガイドライン」の試行版を出しました(刊行は2000年)。こうした動きを受け、ガイドラインに即した形での環境報告書を作成する主要企業が一気に増えたのです。

 もうひとつのきっかけは、バブル崩壊前後に多発した様々な企業不祥事です。そうした状況にどのような規制をすべきなのか、あるいは企業としてよりよい統治の仕組みを作るべきだという、いわゆる「コーポレートガバナンス」の議論が活発になり、環境情報だけでなく、人権、雇用、労働安全、社会貢献といった社会的活動についても情報を開示すべきだ、という動きが加わりました。その結果、「環境報告書」ではなく「CSRリポート」「サステナビリティリポート」といったものが出てきたのです。昨年12月の環境省の発表によると、2008年に環境報告書やCSRリポートを作成した上場企業あるいは上場に匹敵する企業は1,160社に達し、その数はおそらく世界最多です。

 

 

集団と集団が対話して相互を理解し
「競争」だけでない「協働」の時代へ

――環境コミュニケーションを進める企業が抱える課題は。また、企業はその課題にどのように対応していくべきでしょうか。

 NTTデータスミスがカナダの社会調査機関グローブスキャンと共同で、世界32カ国約32,000人の生活者を対象に実施した「CSRに関する意識調査」(2009年)によると、いずれの国においても企業の社会的責任には関心が高く、特に日本や欧米諸国、中国では「社会貢献をしている企業をサポートしたい」と考える消費者は8割を超えるといいます。ところが、「企業がCSRを果たしている」と考える消費者は、世界全体の53%に対し、日本では24%と大きく下回っています。環境報告書やCSRリポートが世界で最も多く発行されているにもかかわらずです。つまり、読まれていないということ。企業が一方的に発信しているだけで、きちんと伝わっていないのです。

 折からの不況の影響で、CSR活動への予算や人員を削減する企業が増えているようです。しかしその一方で、世界では、気候変動が原因と考えられる環境問題や、テロや貧困といった社会問題が次々と起こっています。今後、さらに予測不可能なリスクが起こりうるでしょう。そんな時代だからこそ、企業は、環境問題や社会問題に対してリスクを認識し、さらに積極的に取り組んでいかなければならない。そのためには、NGOやNPOといった団体や専門家、識者などとのコミュニケーションを通じて、今、世界で何が起きているのか、これからどんなリスクが起きうるのかといった情報や知識を、企業は収集すべきでしょう。そして、印刷媒体の報告書が主流の「一方的な情報開示」から、双方向のコミュニケーションに移行する必要があると考えます。

 リーマンショック以来の経済不況や、ウェブメディアのさらなる普及などの影響で、環境報告書やCSRリポートを印刷媒体からウェブ版に移行する企業が増えてきているようです。ISO14001に関連する「環境コミュニケーション規格(ISO14063)」では、環境報告書やCSRリポートはもちろん、ウェブサイト 、ポスター、ニュースリリース、イベント、広告など、企業が持っているあらゆるメディアがツールになる、としています。これらの流れから、企業は情報開示というレポーティングに取り組むと同時に、あらゆる手段、ツールを使って消費者や社会と双方向のコミュニケーションをすることを標榜(ひょうぼう)する方向にきているのだと、私は見ています。

――今後、どのような局面を迎えていくと見ていますか。

 今、マーケティングや広報の世界では、ソーシャルメディアの登場によって「コミュニティー同士の対話」が、コミュニケーションモデルとして注目されていると思いますが、環境コミュニケーションについても、この流れを当てはめられるのではないかと考えます。環境コミュニケーション活動をより効果的なものにしていくためには、企業とステークホルダーの関係をさらに進化させることが重要で、そのことが相互理解、協働行動の基盤となり、コミュニケーションの質を高めることにつながるでしょう。

 さらに、企業同士もただ競争するのではなく、こと環境やCSRのコミュニケーションのような、社会的利害に関する取り組みについては、協働することで一社ではできないことが実現できるのではないでしょうか。手の内の情報を公開することで互いに交流し、連携することによって、新しいガバナンスの仕組みを創造していくことも考えられるのではないか。こうした他企業とアライアンスを組んだサステナビリティコミュニケーション、私はこれを「サステナコム」と造語しましたが、このサステナコムの推進が、社会のみならず、企業自体の持続可能性を高めることにつながるものと考えています。

 また、政府は2050年までにCO2を80%削減すると目標を掲げていますが、その時代を担うのは、現在の子どもたち、あるいはこれから生まれてくる子どもたちです。私たち今の大人がやったこと、やり残してしまったこと、見えてきた課題などをきちんと総括し、次の世代に託していくコミュニケーションも必要です。そう考えれば、単なる環境情報の開示といった話ではなく、企業と社会とのコミュニケーションは、今後「きずな」のようなものととらえられるようになるのかもしれませんね。

――そうした新しい潮流において、メディアに期待する役割は。

 企業の環境報告書やCSRリポートが一方通行だったように、これまでのマスメディアは政府や企業、有識者から得た情報を、一方的に生活者に伝えてきました。あらゆるコミュニケーションが「集団対集団」「集団同士の対話」に動いている流れの中で、色々な立場の人たちが語り合う「場」のようなプラットホームをどのようにして作っていくかが、メディアのこれからの課題ではないでしょうか。そうしたプラットホームに広告機能がからんでくるような試みもあるといいのでは、と、個人的には大いに期待しています。
 

清水 正道(しみず・まさみち)

淑徳大学 国際コミュニケーション学部 教授

1973年横浜国立大学経済学部卒業。富国生命、日本能率協会を経て、2002年から現職。この間、慶應義塾大学非常勤講師、参議院客員調査員、三重社会経済研究センター客員研究員などを兼任。専門は、社会的コミュニケーション戦略および広報マネジメント。著書に『CC戦略の理論と実践-環境・CSR・共生』(共著、同友館、2008年)、『環境経営学の扉』(共著、文眞堂、2008年)、『CSRイニシアチブ』(共編著、日本規格協会、2005年)、『環境コミュニケーション―2050年に向けた企業のサステナコム戦略』(著、同友館、2010年)などがある。

 

◇媒体資料「朝日新聞にみる環境広告」はこちらから:
http://adv.asahi.com/modules/media_kit/index.php/kankyo_tokyo.html