マーケティングは売る技術ではなく、人と社会を幸福にするサイエンス

 4月28日、優れたマーケティング活動を表彰する第2回「日本マーケティング大賞」(主催:社団法人日本マーケティング協会)の各賞が発表された。大賞に選ばれたのは、「角ハイボールのヒット ウイスキー人気復活に向けて」(サントリー酒類)。昨年に引き続き、選考委員副委員長を務めたブレインゲイト代表取締役CEOの酒井光雄氏に、選考過程や同賞が果たす意義などを聞いた。

成熟市場の再活性化に成功したサントリー「角ハイボール」

――「日本マーケティング大賞」は、市場の新たな需要喚起や再活性化に成功したマーケティング活動を顕彰すると同時に、実例を通じて「マーケティングとは何か」を改めて社会が知る機会として期待されています。

 マーケティングという言葉は社会にすでに定着していますが、広告・メディア業界の中ですらマーケティングを広告やセールスプロモーションと混同されている向きが今もあります。売り上げを上げることや、ヒット商品を生むための技術がマーケティングだと誤解されがちです。しかしマーケティング活動は、「もうケティング活動(もうけるためのサイエンス)」ではありません。人と社会を快適で幸せにするためのサイエンスであり、最終的なゴールは営業活動をしなくても顧客が集まること、顧客が企業や商品のファンになってくれることです。

 「日本マーケティング大賞」では、このようなマーケティング概念がいかに機能したかを選考のポイントとしています。すべての企業や公共団体、NPOなどが対象となり、大賞が授与されることで企業の知名度や社会的評価の向上も期待されます。本賞の役割は極めて大きく、社会への貢献性も高いものです。

――今回の選考過程について紹介してください。

 選考活動は2009年9月からスタートし、2010年4月26日の最終選考会までの間に、選考委員会が合計4回開催され、密度の濃い討議が行われました。協会理事および学者会員に対する候補活動の推薦依頼から締め切りまでが2カ月と短期間だったにもかかわらず、自薦・他薦を含め170件(前回は146件)が寄せられました。賞の認知もこの2年で深まり、企業から提出される資料も充実して、より深い分析と選考が実施できるようになりました。

 1次審査を通過した26件については、事務局がさらに資料を追加して再度精査し、第2次選考委員会によって11件に絞り込まれ、選考委員による再投票を行いました。この結果を参考に実行委員会・選考委員会合同の最終選考会を開催し、大賞・奨励賞・地域賞がそれぞれ選出されています。

――大賞・奨励賞・地域賞の3部門の選考基準は。

 大賞はマーケティングの各分野にわたって最も優れた成果をあげた企業活動が選ばれます。選考は、「新たにマーケティングの概念を取り入れたプロジェクト」「社会との新たな共存・共生を目指したプロジェクト」「新しいコミュニケーション手法の開発」「市場の閉塞(へいそく)状況を打ち破った製品・サービス開発」「新しいビジネスモデルのプロジェクト」といった基準から行われます。

 奨励賞は特定の分野において極めて秀でた実績を残した活動から選定するものです。この賞は昨年の選考過程で、「(活動成果を定量面のみで見ると)受賞対象が大企業に偏ってしまう」「企業規模は小さくても、注目すべき取り組みに賞を与えるべきでは」といった委員の意見を受けて設立された経緯があります。

 地域賞に関しては、各支部(関西地区・九州地区・北海道地区)の委員と学識者が議論を重ねて選び、地域活性化に寄与したマーケティング活動が選定され、最終選考会で承認するという形をとっています。奨励賞も地域賞も受賞プロジェクト以外にも評価すべきものがありますが、数を絞り込むことで賞の価値を高め、企業や業界の方々の名誉や目標になるものに育てていくことも「日本マーケティング大賞のマーケティング活動」です。

――今年の大賞は、サントリー酒類の「角ハイボールのヒット ウイスキー人気復活に向けて」でした。

 サントリーは低迷していたウイスキー市場において、新製品の投入や新市場の創造など従来のマーケティング手法に頼らず、「飲み方の提案」を中心に総合的なマーケティング活動を展開して既存製品の売り上げを伸ばしました。新市場の創造に脚光が集まるマーケティングの世界で、成熟市場の再活性化に成功したという意味で、大賞にふさわしいと私自身も思っています。長期低迷を続ける市場や停滞市場におけるマーケティングのノウハウは少なく、このプロジェクトの成功はその意味からも大きく評価できます。

 一見、小雪さんという人気タレントの起用が当たったキャンペーンに見えますが、成功の要因は「飲み方の提案」から「料飲店とのタイアップ」までのトータルなマーケティング活動にあります。クロスメディアを効果的に活用したプロモーション活動、若年層の飲酒状況の徹底的な研究、生活者の視点からの新しい飲み方提案、料飲店とのタイアップによる新業態やレシピの開発、地道な店頭マーケティング活動などを積み重ね、アルコール離れや景気低迷など逆風の環境の中でも売り上げを伸ばすことに成功しました。

――奨励賞は「多品種微量生産体制による顧客満足の向上」(東海バネ工業)、「ホンダ『Pianta』による新たな耕うん機市場の創造」(本田技研工業)、「途上国から世界に通用するブランドをつくる」(マザーハウス)の3つです。

 東海バネ工業は、非常に種類の多い商品を顧客企業が必要とする時にひとつからでも提供する多品種微量受注生産に特化し、B to B市場で「ロングテールのマーケティング」を成功させました。顧客情報のデータベース化やITによる受注生産管理システム、ウェブ上の注文システムと職人の技を生かしたモノづくりとの組み合せが絶妙で、顧客維持率を高水準に保ちつつ高い収益率を誇っています。我々の側にも「B to B分野にもきちんと目を配っていこう」といった思いがあり、今回の受賞となりました。

 動力源に家庭用のカセットガスボンベを採用したホンダの「Pianta」は、視点を変えれば新たな市場を創造できることを実感させてくれました。家庭菜園用の耕うん機でテレビCMなどのマス広告を使うというのも、これまで考えられないことです。市場創造から商品開発、プロモーション活動の展開まで、卓越したマーケティング活動を行ったことを高く評価しました。また、マザーハウスはバングラデシュをはじめとする発展途上国でかばんやアパレル製品など企画・生産し、先進国で販売する「ソーシャルマーケティングとグローバルマーケティングの実践」が受賞理由です。

――地域賞は、「500色の色えんぴつの販売促進」(フェリシモ/関西地区)、「観光特急『海幸山幸(うみさちやまさち)』を軸とした観光開発と観光ルートの創造」(九州旅客鉄道/九州地区)、「北海道米のブランド価値向上・消費拡大キャンペーン」(北海道米販売拡大委員会/北海道地区)です。

 「500色の色えんぴつ」は、毎月25本ずつ、20カ月かけて500本をそろえる「集めるよろこび、完成するよろこび」を体感させるユニークな販売方法が、生活者の心をつかみました。ウェブの仮想コミュニティーやブログ、SNSでも専門サイトが立ち上がるなど、デジタルメディアを効果的に活用し、新規顧客の開拓に成功しています。注目すべき点は、今回のプロジェクトが復刻販売であることと、50本ではなく500本という数が価値を生むということで、市場の見方を変える手法として応用できると思います。

 「北海道米」の場合は、道内の生産者と生産団体、自治体が協力して、全国の有名ブランド米に匹敵する品種の改良に成功し、北海道米のおいしさや地産地消の重要性などを訴える一貫性のあるマーケティングを展開しています。中でも「ふっくりんこ」は北海道とJALの連携事業の一環として、JAL国内線のファーストクラスの機内食に提供されました。北海道にベースを置く企業が少ない中で、優れた取り組みを行っていると思います。今後はお米の料理教室や食べ比べ体験、主婦層のブログなどウェブを活用した双方向の情報発信など、旧来の広告販促以外の形で北海道米のおいしさを道外の消費者に知ってもらうマーケティング活動がきちんとできれば、さらに成果と評価が上がると思います。

公共利益へと拡大するマーケティングのフィールド

――応募・受賞プロジェクトから、現在のマーケティング活動の潮流とも言える共通の流れ、動きがあれば教えてください。

 企業の事業活動では「新市場の創造」と「既存市場の活性化」が2大テーマになりますが、もっとも大事になるのは、この国の停滞感をどう打破し、若者たちに生きる喜びを提供しうるかです。政治・行政を生活者視点のマーケティングで行う「ノンプロフィットマーケティング」が必要になるでしょう。若者が夢を持てる社会を作るのは、大人の責任です。少子化問題にしても、先進国だから出生率が下がるというわけではありません。女性が出産して安心して育てられ、望めば仕事も続けられる社会インフラとシステムが必要であり、この点でもマーケティングは大きな役割を果たすことができると思います。

――今後のマーケティング活動における課題は、どのような点でしょうか?

 売上高や利益が多いという財務評価だけでなく、企業活動そのものがどれだけ社会と人に貢献しているのかという尺度でも企業を評価する仕組みが必要です。社会から評価される企業になるには、本来のマーケティングサイエンスの役割を社会が認識し、企業がそのサイエンスを生かすことが必要になるでしょう。

 政治・行政・地方自治体と並び、「ノンプロフィットマーケティング」で注目しているのが大学です。少子化の流れを受けて、全国には定員割れを起こしている大学が多数存在し、経営が現状のままでは難しくなってきています。自校の経営とマーケティングが機能していないのに、学生に経営とマーケティングを教えることはできません。在校生と卒業生に寄付を募るといった過去の方法論でなく、この国に必要とされ、全世界から学生が集まる教育機関になるには何をすべきかを考え、マーケティングにより最善策を見いだし、独自の行動を起こすことが急務です。

 またネットの台頭により、既存マスメディアはこれまでのビジネスモデルがほころび始めており、マスメディア業界にも新たなマーケティング発想が必要とされています。

――来年以降、日本マーケティング大賞を継続・発展させていくにあたり、課題や抱負などがあればお願いします。

 企業規模にかかわらず、より多くの企業が本活動の意義を理解し、世界を魅了する企業が日本に生まれるための一助になる存在になればうれしいと思っています。日本マーケティング大賞を受賞して終わりにするのでなく、受賞してからが本当の企業活動の始まりだという認識を企業には持って欲しいと思います。

酒井 光雄(さかい・みつお)

ブレインゲイト 代表取締役CEO

1953年生まれ。学習院大学法学部卒業。日本経済新聞社が実施した「経営コンサルタント調査」で、世界4大会計事務所の一社と同ランキングに選ばれたマーケティングのコンサルタント会社、ブレインゲイト代表取締役。著書に『商品よりも、ニュースを売れ!情報連鎖を生み出すマーケティング』『コトラーを読む』(共に日本経済新聞出版社)、『価格の決定権を持つ経営』(日本経営合理化協会)など多数。日経MJや日経NETBizPlusなどの連載と、日経BP社日経BP広告賞選考委員、日本マーケティング協会主催「日本マーケティング大賞」の選考副委員長も務める。