持続可能な社会のためにプロアクティブで戦略的なCSRを

 無償の社会貢献事業、企業統治、法令順守など、これまでその定義が様々に議論されてきたCSR。今、その最大のテーマとなっているのが、サステナブルな社会に向けて、現業を通していかに企業が行動するかだ。電通総研研究企画室サステナビリティ研究部長の白土真由美氏に聞いた。

コストではなく将来価値への投資

── 日本のCSRの現状をどう考えますか。

 かつてのCSRは、企業にとって、ガバナンスやコンプライアンス要因が大きく、他社並みにやっておけば、という受動的なものが大半でした。これを戦略的、能動的なものに大きくシフトさせたのが、2006年に英国財務省が気候変動の経済学として発表した「スターン・レビュー」、そして温暖化が99%の確率で人為的原因によるものと断定し2007年のノーベル平和賞を受賞した「IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第4次報告書」です。これらの報告書は、「いますぐ気候安定化に取り組めば、世界のGDPの20%にもおよぶ将来的コストを削減できるだけでなく、成長と発展の新たな機会を得る可能性がある」ことや、「2050年までに温室効果ガスを半減させないと、人類は未曾有(みぞう)の被害を被る」という予測を科学的データに基づいて示しました。その結果、グローバル企業のトップは、サステナビリティーの一環である戦略的CSRの重要性を再認識し、各国政府をはじめとする主要アクターのデファクト化競争が一挙に加速したと言われています。

 現業に直接関係のない社会貢献事業の推進も素晴らしい企業活動ですが、CSRで問われるのは、企業の現業自体が社会・環境に与えている負荷をきちんと把握し、それらを軽減するための具体的行動を示すことです。負荷の最小化に満足することなく、独自の経営資源である技術やネットワークなどを、サステナブルな社会の実現に向けて積極的に提供する姿勢が、その企業に対する評価をより高めるということは、電通が独自に行った調査から明らかです。また、その取り組みのためにただいたずらに経営資源を投じ続けるのでなく、培ったノウハウや技術をもとに、相応の収益を目指すことも大切になってきます。

── 戦略的CSRのために、電通がクライアントに提供しているサービスとは。

 持続可能な企業としての価値向上を目的とした基本的な戦略策定、戦略的視点に基づくCSR活動のポートフォリオ再構築、そしてマルチステークホルダーからの評価や対話を目的としたコミュニケーションのPDCA(※)サイクルを提供しています。かつてメセナやフィランソロピーが注目を浴びましたが、リターンの検証が難しかったために、担当者の異動や予算縮小に伴って大変有意義な活動が中止されてしまうことがよくありました。逆に、アリバイ作りという意識から「予算が余ったので、適当な寄付先や植林事業を探してほしい」というご相談もありましたが、効果が把握できないという理由から、支援先に対して継続的なコミットメントができないという課題が残りました。そこで電通では、企業が社会的価値を向上させながら安定的にCSR活動を推進し、サステナブル社会の実現に貢献できるような好循環を生み出すことを目的に、「マルチプル・リサーチ」を中心とした独自の戦略的CSRデザイン開発に長年取り組んできました。持続可能な経営のための基礎となる、社会×環境×経済の「トリプル・ボトムライン」がベースとなります。環境課題である気候変動、エコシステム、生物多様性、オイルピーク、ウオーターピーク、クリーンエネルギー、そして社会課題である人権、貧困、ダイバーシティー、地域再生、食料なども視野に入れながら、その企業(産業)の社会・環境負荷に対する認識、そしてその企業独自の収益性や能動性といった因子を掛け合わせて、社会的大義(コーズ)とビジネスを両立させる戦略を立てます。このプロセスを経ることで、そもそもその企業が社会から期待されている提供価値とは何だったのか、また、社会環境変化に伴う将来の経営環境リスクに対応する戦略はどうあるべきかといった自己分析と、今後の活動への指針が得られるため、多くのクライアントから高い評価をいただいています。

2007年 8/1 朝刊2007年 8/1 朝刊
二連版30段+全15段 旭化成
2007年 8/1 朝刊
2008年 10/8 朝刊2008年 10/8 朝刊
FOOD ACTION NIPPON 推進本部・
農林水産省

※PDCAサイクル:Plan 計画、Do 実行、Check 点検、Action 対策・修正行動を繰り返し、継続的に改善する方法

企業の「志」をファクトで見せる

── 電通がかかわっているキャンペーンを挙げて下さい。

 日本が抱える食料自給率の問題は、さまざまな要因が複雑に絡み合っているため、個人や一企業による取り組みだけでは大きな成果が得られません。そこで、生産者、食品飲料企業、流通、生活者など、サプライチェーンの全アクターの参画によって推進する大きな「運動の枠組み」として、農林水産省が推進する国民運動「FOOD ACTION NIPPON」キャンペーンをご提案し、マルチステークホルダーの意識啓発や行動喚起を促しています。

 企業広告では、志やイメージ訴求型の表現から、戦略的CSRとして昇華されたファクトとしての商品、サービス、活動などを通じて課題解決に取り組む姿勢を打ち出す事例が多くなっています。例えば、汚泥を利用可能な水に変える排水ろ過装置など、「自社の持つ技術が解決されるべき『問題』のために生かされてこそ、社会への便益を提供できる」というコンセプトのもと、旭化成が2007年から展開しているシリーズ広告が挙げられます。現業を通じた具体的なファクトの訴求が、良質のクリエーティブとともに高い評価を得ました。

── 自社のCSRにも積極的に取り組まれているそうですね。

 電通では、3つのレイヤーでCSRをとらえています。まずは、自らの企業活動が与えている負荷の削減。次に、クライアントに提供させていただいている既存のサービス事業自体を、よりサステナブルなモデルにシフトさせること。そして最終的な段階が、人々のライフスタイルをサステナブルなものに向けて加速させるためのアイデアを生み出し続けることです。フラッグシップとしての電通がなすべき戦略的CSRの、それこそが正に王道だと思います。