消費の再選択に向かう消費者 求められる「裏切らない価値」

 食品や日用品などの値上がりが続く中で、給料は上がらない。消費マインドが冷え込む中で、生活者は何に価値をおき、どのような選択行動をしているのか。JMR生活総合研究所の代表取締役、松田久一氏にヒット商品を紹介してもらいながら、今年の消費傾向を聞いた。

値上げと不信の中で問われる「買う理由」

松田久一氏 松田久一氏

── 2008年の消費動向をどうご覧になっていますか。

 昨年末の「消えた年金問題」から始まり、サブプライムローン問題の顕在化、小麦や石油の値上げ、さまざまな食品偽装と、今年は「値上げと不信」という二つのマイナス要因がメーントレンドになりました。一方、生活者の生活に目を向けると、収入は上がる見通しはないのに、物価だけが上がりました。その調整として、消費抑制に走っているのではないかというのが現時点の状況認識です。消費行動の保守化傾向の中でも「中国産の食品は買いたくない」「海外旅行に興味はない」「家もクルマもいらない」といった「鎖国化」現象が顕著です。

── 明るい話題がありませんね。

 家計は萎縮(いしゅく)しているばかりではありません。弊社では2008年の消費トレンドに対して、「信頼価値」というキーワードを挙げています。安心・安全、質が求められるようになっている中で、新しい消費の現実が生まれてきているというのが我々の読みです。

 2008年のヒット商品(表)を見ると、同じ業種の中でも伸びているものと、そうでいなものがあります。まず衣料品では、販売小売業が業界全体でよくない中でユニクロが二ケタ増と突出した伸びを見せましたし、H&Mの日本進出は大きなニュースになりました。ユニクロはカジュアルや機能性、H&Mはデザインと、お客様の心をとらえる明確さや理由、テイストがあります。

 食関連でも安全性への信頼が揺らいでいる中で、多少高くても信頼できるものを求める傾向が強まりました。山崎製パンは、国産小麦を使用した食パンやハーフサイズ(半斤)食パンを投入するなど、品質にこだわる消費者が買いやすい値段設定で人気を集めました。

── 全体の傾向から、どのような消費者意識が見えますか。

 単に安いだけでなく、経済性や安全性からみて合理的な値段で、かつ健康や環境によいものがヒットの条件です。トヨタ自動車の「プリウス」は初期投資としては安くありませんが、ランニングコスト、エコといった関心から売れています。それと今年の興味深いトレンドは自転車、それもスポーツ車や電動アシスト車などの趣味性の高い高価格帯製品が伸びていることです。消費に求められているのは、「現代のきずな」なのだと思います。今の若者層には、アニメのように、趣味的な体験を通じて蓄積された個性的な嗜好(しこう)があり、その世界観で自分の生活を彩ろうとしています。趣味を反映するものなら、値段が少し高くても買う傾向があるようです。

変化した消費の現実をとらえているか

── 生活者の内閉化が進む中で、消費喚起のためには、どのようなアプローチが必要でしょう。

 ひとつは、「裏切らない価値」をどのように提供するか。それと新しい消費の現実をきちんととらえて、彼らが必要としている商品やサービスを提供できるかということです。すでにアメリカでは、50、60代で子育てをするのは当たり前になっています。日本でも「家でひとりの鍋は寂しい」といった考え方が当たり前でしたが、「ひとり鍋がほっとする。ひとりでも家族」といったように、過去の常識はどんどん崩れています。企業もメディアも、これまでの「標準」を超えた人にいかに合わせていけるかが重要です。

 例えば都心では、高所得層のコンビニの利用頻度が高まり、富裕層がハイヤーでコンビニに乗り付けるようなこともあります。タクシーは走行「距離」に応じて課金する商売ですが、ハイヤーは「時間」の商売ですから、ハイヤーを利用してまでコンビニを利用するライフスタイルは決して驚くべきことではありません。

30代、40代になっても結婚しない、家事に時間をかけない都会生活者にとって、冷蔵庫代わりで宅配便の預かり場所でもある現在のコンビニは、生活インフラ機能の一部です。従来のライフスタイルの幻想が壊れている中で、いかに生活者の気持ちをとらえることができるかどうかが、広告コミュニケーションのカギとなるでしょう。

── 今後の新聞メディアの役割をどう考えていますか。

 日本には個人金融資産が2億円以上の富裕層が約250万人存在し、彼らの多くは比較的年齢の高い世代です。つまりこの層については、小さくセグメントされたメディアを使うよりも、大きなメディアである新聞を使った方が、説得したい層への到達が効率的であるという説が成り立ちます。それに加え、消費者からみて信頼できるメディアというのは、日本ではやはり新聞が代表的です。

 現在の生活者は「共感を得る広告」よりも、「情報としての説得力がある広告」を望んでいます。生活者の情報共有はクチコミがベースですが、メディアができるのは情報の到達のところまでです。その先を操作しようとすれば、すぐに見透かされ、心は離れていきます。

 生活者を説得するためには、情報の出発点が重要です。単に消費が安いものへと流れるのではなく、生活の質を見直し、趣味性と合理性を問いながら消費の再選択に向かっている彼らをとらえる際には、恵まれた読者層と信頼性をもつ新聞広告ならではの可能性があると思います。

松田久一(まつだ・ひさかず)

JMR生活総合研究所、代表取締役

兵庫県生まれ。日本マーケティング研究所取締役を経て、1991年現職に就任。マーケティングリサーチや競争戦略、企業革新に関するコンサルティングに従事。主な著書に『消費社会の戦略的マーケティング』(JMR生活総合研究所)など。