静かな1年の先に予感する新しい消費を担う個人

 SMBCコンサルティングが毎年12月に発表している「ヒット商品番付」は、今年で21年目を迎える、商品番付の老舗(しにせ)のひとつである。同番付は販売数などの定量的データで決定するランキングではなく、世相を物語る象徴性や将来的な市場への影響力なども重視した時代の写し鏡として注目度が高い。2008年の番付作成が佳境の中、企画部業務企画室長の杉谷博志氏に話を聞いた。

実利至上主義で生活水準を維持

杉谷博志氏 杉谷博志氏

── 今年のヒット商品の動向は。

 昨年は東の横綱が「ニンテンドーDS」&「Wii」、西の大関に「ビリーズブートキャンプ」と、名前を聞けばイメージが浮かぶメガヒットがありました。今年はそこまで大きなヒットがなく、全般として小粒な印象です。名前が挙がるのも「プライベートブランド」「糖質ゼロ」などカテゴリーでのヒットで、単一商品となるとさらに見あたらなくなります。

 それでも過去には「秋葉原」「女子高生」といった、特定の切り口から見れば、コアなヒットがありました。今年はそういった細分化現象もありません。どこを見てもここまで静かというのは異例です。

── ヒット商品の小粒化の背景をどのように分析していますか。

 原油価格や小麦価格の高騰(こうとう)、サブプライムローン問題などの逆風の中で、生活者の防衛意識が高まったことは衆目の一致するところです。ただし支出を抑えたいという流れの中でも、生活水準は下げたくないという意識はあります。

 従来的な消費行動は、何を買うかを「選ぶ楽しみ」、それを買って「保有する楽しみ」、最後に使って「よさを実感する楽しみ」の三段階でとらえられました。

 ところが消費にお金が割けなくなり、第一段階と第二段階は我慢して、第三段階を最優先に実利を得ようという行動パターンが目立ってきているのでは、と分析しています。メガヒットというのは「みんなが持っているから」といった話題の共有性に、消費者が価値を見いだすことで生まれます。実利本位で商品を選別する消費傾向が大ヒットの生まれにくい要因でしょう。

── では、今年の横綱候補にはどのようなものがあるでしょう。

 横綱というのはたまたま今場所強かっただけではなく、他を圧倒する存在感や品格が問われるものです。今年、来場所までを見据えて綱が張れる商品があるか、発表直前まで審議が必要ですね。

 その中でも低価格志向の象徴として5万円パソコンがあります。5万円パソコンは、本来メールやネットサーフィンなどに用途を限定して機能を絞り込んだものですが、製品を見ると格好がついており、10万円前後の既存のパソコンと比較して選ばれている面もあります。もはやブランドや質感といった部分には構ってはいられず、機能が必要十分であれば安い方を選ぶという動きは幅広い分野に広がっていくかもしれません。

世界という視野で日本の可能性を見る

── 来年以降の消費の動きを、現時点でどう予測されていますか。

 消費者が多様化している中で、番付を一年一年で見ていくと大きな動きはないのですが、もう少し長期のスパンで見ると見えてくるものがあります。

 例えば今の日本の経済環境は、10年前とよく似た部分があります。実は10年前の1998年の番付は、久しぶりに東西の横綱が空席で、その後3年間横綱不在が続きました。麻生総理の「日本経済全治3年」という言葉が思い浮かびます。

 その一方で、ため込まれたポテンシャルが爆発すれば、ビッグヒットが飛び出すのではとも思えるわけです。

──「谷深ければ山高し」といいますが、兆候はあるのでしょうか。

 今年の金融システム不安は衝撃的でしたが、見方を変えれば円高トレンドが個人消費に良い刺激を与えるかもしれません。

 それと今年はエコブームや石油価格の高騰を背景に、自転車がブームになりました。これまでのブームというのは、カテゴリーリーダーとなる製品やブラントが現れて市場を牽引(けんいん)したわけですが、今回の自転車ブームは少し違います。安い製品に流れているわけでも、特定のブランドに人気が集中するわけでもなく、それぞれが自分流のカスタマイズを楽しんでいます。こだわりだといいながら結局人と同じものを選ぶのではなく、世界に一台の自転車をオーダーメードする過程も楽しんでいるわけです。このあたりに新しいヒットのヒントがあると思います。

 それともう一点は、世界から見た時の日本のポテンシャルです。例えば国内ではオタク向けと思われているアニメが海外から高く評価され、ハリウッドメジャーが買いに来るといったことは現実にありえます。

 また、環境や安全が世界的なテーマになっている中で、日本の先端的な環境マネジメントのノウハウ、日本食といったものが高く評価される可能性があります。

 これまでの日本が得意としたのはものづくりでした。今後はソフトで世界と勝負する時代になり、そこから私たちが想像もしなかったような、新しいエネルギーが生まれるかもしれません。