国民との相互理解が求められる 新しい時代の行政広報

 超高齢化社会、低成長経済。日本が直面している大きな課題の中で、国民理解が不可欠な施策を推進していくためには、適切で効果的な情報発信がより重要になっている。情報を伝えるだけの行政広報ではなく、行政と国民が理解を深めていくためには、どのようなコミュニケーションが必要か。これからの広報行政のあり方を、行政広報研究の専門家であり、政府広報評価委員、国土交通省広報戦略委員会委員などを務めた静岡文化芸術大学副学長の上野征洋氏にうかがった。

行政広報の核心はリレーション

上野征洋氏 上野征洋氏

── 日本における行政広報の歴史と目的について、ご説明ください。

 古い歴史からいいますと、鎌倉室町時代の辻高札やお触れ書きも行政広報媒体ですが、現在のような形態の行政広報が導入されたのは、1947年のことです。当時のGHQが日本の軍国主義の解体と民主化のために、全都道府県にPRO(パブリックリレーションオフィス)というものの設置を事実上の命令として求めたことがスタートになりました。

 戦前の日本は天皇大権ですから、政策を国民に知らせたり、国民に意見を聞く必要はなく、布告や新聞発表は教化を行うためのプロパガンダに近いものでした。GHQは各都道府県の担当者を集め広報研修を行い、1949年までに全国で行政広報の取り組みが始まっています。当時、PR(パブリックリレーション)という言葉には、広報、出版報道、弘報などさまざまな訳語がありましたが、1970年ごろから「広報広聴」に統一されるようになりました。

── 日本の行政広報の特徴とは。

 行政広報の目的は、インフォメーションではなく、文字通りリレーションを築くことです。しかし実際の広報活動は「お知らせ」に傾斜し、住民の声に耳を傾ける意識は希薄でした。それが少し変わってきたのは70年代以降、公害問題や食品安全問題などが社会現象になり、行政に対する国民の不満の声があがってからです。消費者行政の観点から、記者発表などを行う広報セクションと、消費者センター窓口など住民のための広聴セクションを分離させました。

 しかし今日でも政策や行政に反映させる広聴への努力は不足していると私は思います。例えば現在、内閣府の広報予算は年間約百億ですが、そのうち広報関係が90億を超えているのに対し、タウンミーティングや世論調査関係などの広聴部分は6億円程度にとどまっています。

国の広報活動は政策広報に比重

── 国と自治体の広報活動にはどのような違いがありますか。

 行政広報の情報は、政策広報、事業広報、告知広報の三つに大別できます。政策広報とは政府や自治体の首長が自分の方針を伝えるもの。事業広報は、例えば都市部の再開発計画や高齢者用介護施設の建設計画など事業を伝えるもの。告知広報は、運動会の告知や保健所で生活習慣病検診を開催するといった地域のお知らせです。この三つの比率は国と市町村で大きく違い、政府広報では政策広報が7、8割ですが、市町村では反対に事業広報と告知広報がほとんどです。

 例えば年金問題や後期高齢者医療制度は国が決めた政策ですが、現場対応で一番大変なのは自治体です。しかし首長が個人的に政策に対して意見を述べる広報はほとんどありません。ジャーナリスティックな論説は新聞等のマスメディアが担うとしても、地方自治体が政策を語らないとすれば、それはいかがなものかと思います。しかしこの課題は、財源の移譲など、地方分権が進むことで変わってはくるでしょう。

ITを駆使する団塊が行政広報を変える

── インターネットなどのIT技術は行政広報をどう変えますか。

 自治体などの広報紙を読んでいる人の平均年齢は60歳を超えています。特に若い世代の中には、どうせ広報紙はお上の都合のいいことしか書いてないから、信じない、読まないという声もあります。

 その一方、パソコンや携帯の浸透によって、情報の主体は個人へと移っています。しかしネット上に存在する市民の有意義な意見や要望を、現在の行政広報はすくい上げられていません。もちろん、今ではどんな自治体にもホームページがあり、住民の意見を募るコーナーがあるのですが、そこに政策的な意見はほとんど寄せられないのです。建設的な意見は、個人のブログや地域のコミュニティーでの話しあいの中で生まれているのですが、それらと行政の間にはまだ距離があります。

 しかし現在リタイアの時期を迎えている団塊世代は、パソコンが使えて、社会参加や政治に高い関心があり、なおかつ国や自治体にものが言える世代です。会社を定年になった彼らが、自分たちのコミュニティーに足をつけ、積極的にかかわるようになれば、IT技術が行政広報を変え、住民と行政の間によい循環が生まれていくと思います。

説得の広報ではなく納得の広報を

── 最近の行政広報で特に注目されたものは。

 国レベルでの最大の話題は、やはり後期高齢者医療制度と年金問題でしょう。年金は当初、社会保険庁マターとされ、内閣としての対応が遅れたのが問題を大きくした要因でした。後期高齢者医療制度に関しては、厚生労働省のスタッフに広報の専門家がいればネーミングや説明の混乱もなかったと思います。

 うまくいった例としては、小泉元首相のいわゆる郵政解散時の、自民党の選挙戦略です。しかしあのようなイメージ戦略は、必ずしも長続きはしません。選挙のような一過性のものでは効果的でも、国民側の不満が継続してたまってくる政策では通用しないのです。

 例えば地震のような不安は一過性ですから、数カ月も経てば国民は忘れてしまうものです。しかし、医療制度や年金問題のように利用のたびに不満が徐々にたまっていくものは、そうはいきません。国や自治体の首長は、地震対策のような華々しいことはやりますが、今後は足下の国民の不満を解消する努力に目を向けるべきです。

── 国民の不満を解消する広報とは、どのようなものでしょう。

 行政は説得のコミュニケーションをしようとしますが、国民が求めているのは納得のコミュニケーションです。納得というのは受け手側の論理を大切にするものですが、説得はともすると送り手の論理の押しつけになります。国民は自分たちの欲求こそ公共性だと思っているのに、行政側は行政施策に公共性があると考えていて、そこにミスマッチが生まれます。

新聞広告を広報のポータルに

── これからの行政広報に関して、新聞が果たせる役割をどうお考えですか。

 メディアの代表である新聞は、オピニオンリーダー層の閲読率が高い媒体です。役割にはさまざまな可能性があるでしょう。例えば、東京23区、埼玉版など各エリアの地方版に全5段ほどの「行政情報コーナー」を用意し、週1回程度、定期的な行政広報の広告として掲載してはどうでしょうか。つまり新聞広告に活字による一種のポータルサイト機能をもたせるわけで、これは自治体にとって他の自治体動向がわかり、コスト面でも効率的と思われます。

 また民間では、CSR活動として、様々な環境問題やフィランソロピー(社会貢献)活動が増加しています。これらの活動について新聞が仲介役となり、3R(リデュース、リユース、リサイクルの頭文字)などの環境広告や、年金、医療の連合広告を出してはいかがでしょうか。新聞が情報のハブとなりながら、一つのテーマのもと区や市が横断する、首都圏の自治体の連合広告にすることで注目度が高まるのではないかと思います。

 広報広聴が一体化して、庁内に情報流通の循環系を作り出し、多くの職員と住民が「情報
共有」することが必要。情報創造や情報発信は、政策の執行や評価を促し、情報収集、情
報分析が政策形成に寄与すべきである。
『広報・広告・プロパガンダ』ミネルヴァ書房(2003年)p140より 上野征洋氏作図
上野征洋(うえの・ゆきひろ)

静岡文化芸術大学副学長

静岡文化芸術大学副学長兼文化・芸術研究センター長、教授。専門は社会情報学。大学勤務のかたわら、市民団体のアドバイザー、NPO講座の講師、官民協働のコーディネーターなどを務める。日本広報学会理事長、政府広報評価委員、農水省総合企画委員会委員、国土交通省広報戦略委員会委員などを歴任。