モノが売れないメカニズム 売り手と買い手の大きなギャップ

 認知度や好意度が高く、コストパフォーマンスに優れる商品でも売れないことがある。早稲田大学商学学術院の恩藏直人教授に、モノが売れないメカニズムについてうかがった。

売り手と買い手の間にある大きな隔たり

恩藏直人氏 恩藏直人氏

── なかなかモノが売れない時代と言われています。

 過去に比べてモノが売れなくなってきているとは一概に言えません。実際に多くの市場のサイズはほぼ横ばいで推移しています。企業側になかなかモノが売れないという認識があるとすれば、従来型の広告によるコミュニケーションだけではなかなか購買につながらないと企業が感じているせいではないでしょうか。

 AIDMA理論を引用すれば、以前はそれぞれの段階を積み重ねていけば購買につながりました。メディアが多様化し、コミュニケーション効率が高まった今、認知や好意までは以前に比べて容易に獲得できるようになっています。しかしながら、コストパフォーマンスから見て明らかに価値があり、生活者の認知や好意が高い製品・サービスであっても、実際は買われないことがあるのです。従来のマーケティングでは、購買プロセスの全体像の解明に重きを置いてきたため、最後の購買の決め手に対する問題意識は低く、認知や好意が高くても売れない状況を明確に説明することができません。

 つまり、必ずしもモノが売れない時代というわけではなく、マーケティングの水準が高まり、企業が購買プロセスのそれぞれの段階を意識した結果、認知・好意から購買の間にある隔たりに気づき始めていると言えます。

── 認知・好意といった購入意図を抱く段階と購買に踏み切る段階の隔たりとは。

 生活者は所有しているものへの愛着によってブランドスイッチがなされにくい一方、企業は生活者も同じように新製品やサービスの価値を理解してくれると思い込むという、買い手側と売り手側の溝があるのです。

 生活者はすでに所有しているものに、所有していないものに比べて高い評価を下す傾向にあり、これを行動経済学において「授かり効果」と呼びます。ある研究では、製品を手放すときの代償として要求する額は、当該製品を入手するために支払っても良いとする金額の約3倍に相当します。

 一方、企業の新製品や新サービスの開発担当者は、当該製品やサービスの生い立ちからかかわっており、長所を知り尽くしています。当然、当該製品やサービスに最も接触しているので、強い思い入れを抱いても不思議ではありません。実はこの点に大きな落とし穴が潜んでおり、売り手は自社の製品やサービスの価値を3倍過大評価するようになる、といった研究もあります。

 授かり効果などによって買い手は所有する製品やサービスの価値を3倍過大評価するので、新製品やサービスにおける売り手と買い手の間には9倍ものギャップが存在することになります。このギャップを埋めなければ、新製品や新サービスの成功は期待できません。ハーバード・ビジネススクールのグルビル教授は、これを「9倍効果」と呼んでいます(図参照)。

── 売り手と買い手のギャップを埋めるには。

 認知・好意という態度形成は容易に達成できるものの、購買につながらない現状がある中で、店舗内におけるコミュニケーションに注目が集まっています。DNPメディアクリエイトの買い場研究所が同様の問題意識を抱えており、2003年から共同研究をしています。

 マーケティングでは店舗内における購買決定を、「計画購買」「非計画購買」「ブランド変更」「ブランド選択」の4つに分けて整理しています。ドラッグストア利用者に行った調査では、計画購買は6割であるのに対し、非計画購買は4割でした。ドラッグストアでの購買決定の4割は、店舗内の刺激に影響を受けていることになります。

 売り手と買い手のギャップを埋めるためにも、我々は店舗内での購買行動についても、もっと深い理解を得ておく必要があるのではないでしょうか。

新聞広告の可能性

── 購買意欲を刺激するうえで、新聞広告の可能性は。

 認知・好意から購買への最後のひと押しを企業が意識し出した今、新聞広告にとって新たなチャンスが到来しているという気がします。最後のひと押しには生活者を説得し、行動を起こすための納得や口実を与える必要がありますが、テレビをはじめとする映像メディアは説得や納得よりは認知や好意を高めるのに向いています。説得するのには、活字メディアである新聞のほうが向いているのです。

 新聞広告で購買意欲を高めるためには、商品にニュース性を持たせたり、うんちくと結びつけたりすればよく、既に知られている商品でも新しい光の当て方をすることで、9倍効果は一気に狭まりそうです。通常見えない商品の良さを伝える、いわば商品の価値を発掘する媒体として、新聞には強みがあると思います。