プロのマーケティング力を導入しコンテンツ価値の最大化を

 企業のマーケティング活動の中で、重要度を増しているスポーツ・スポンサーシップ。スポーツイベントのグローバル化と、地域密着化という二極化が進むその現状と将来の可能性、そしてこれからのメディアの役割を、早稲田大学スポーツ科学学術院の原田宗彦教授にうかがった。

海外に流出する企業マネー

原田宗彦氏 原田宗彦氏

── 企業のスポーツ・スポンサーシップの現状は。

 企業と消費者とのコミュニケーション手段は多様にあり、スポンサーシップはマーケティングツールのひとつです。ところが、スポンサーで動く全世界のお金の3分の2が、スポーツに注がれています。スーパーボウルやプレミアリーグなどに匹敵するスポーツコンテンツが存在しない日本では実感がわきにくいのですが、世界で動くスポーツ・スポンサーシップのお金はとてつもなく膨大です。

 これはグローバル企業のスポーツマーケティング関連の予算がほとんど海外に流れ、国内に環流していないということです。逆に言えば、日本のスポーツコンテンツのバリューを高めることができれば、伸びしろはまだまだ大きいともいえるでしょう。

── その可能性は。

 かつてのプロ野球のような、お金と人気が一極に集中した構造は崩壊しつつありますが、それにとって代わるほどの高いテレビの放送権料をとれるスポーツが育っているわけではありません。そういう意味では、今が日本のスポーツビジネス元年ですね。ベンチャー的なスポーツを、企業がサポートをする仕組みをつくることが求められています。

 ただそれには、スポーツ側にも大きな責任があります。企業に対して、「スポーツってこんなにすごい」と説明できるプロのスポーツマーケターがいないのです。企業の側にも、自分たちの商品をスポーツを通じていかに売っていくかということに取り組むプロフェッショナルな人材が日本では不足しています。

── 地域スポーツの活性化と、企業協賛の将来性については。

 グラスルーツレベルのスポーツ振興では、「我が街のチームをいつかはJリーグに」という夢と戦略を持って取り組んでいる人材が各地にいますし、私は明るい展望を持っています。そういったコミュニティービジネスに賛同する企業も現れるでしょう。

 ただし、地元を回ってお金を集めて、それで完結では継続的なスポンサーシップは望めません。コンテンツ価値をいかに最大化し、企業に継続的なメリットを還元できるかがポイントです。

感動という絶対価値の強み

── スポーツコンテンツの魅力というものをどうお考えですか。

 顧客の志向を調査分析し、不満足を満足に変えるのがCS経営ですが、満足というのは与え続けるとやがて満足を感じなくなります。最新の広いオフィスに入居した時は、こんなに快適な場所はないと思いますが、毎日そこで仕事をしていれば、それが当然になります。

 スポーツというのは、感動やプライドといった、ある種満足の上位概念を与えることができます。高級車を買っても涙は出ないだろうけれど、日本代表をみんなと一緒に必死になって応援すれば、泣くこともある。感動と共感反応が存在することが、スポンサーシップの観点からも重要な要素です。

── マスメディアとスポーツの関係については。

 テレビのコンテンツ価値が低下している中で、テレビは「ながら視聴」の媒体になっています。しかしスポーツファンの多くは、ゲームを真剣に見ます。その集中度は視聴率では計れないわけで、スポンサーの露出価値をどう計量するかが今の課題です。

 たとえば現在、今bjリーグがインターネットで無料放送をしていますが、放送権料の発生するコンテンツがとても少ないのが現状です。ヨーロッパとの大きな違いは、EUのような巨大市場がなく、アジア周辺国におけるスポーツビジネスの価値が低いということです。

 新聞に関していえば、特集広告というコミュニケーションが、一番お互いのよさを引き出せると思います。特にオリンピックやワールドカップのような、イベントに対する強い興味があり、各選手や競技に関する詳しい情報を知りたいというコンテンツに対しては、新聞の持つ情報性や信頼性が大きな価値になると思います。

新聞メディアは個性の差別化を

── 新聞メディアが果たせる役割についてご意見は。

 メディアマーケティングが多様化している中で、新聞社の役割、特に全国規模の大会の冠スポンサーとなることでスポーツ振興に貢献してきた全国紙の役割も変わっていくでしょう。たとえば、今はどの新聞社も同じような競技の同じような大会のスポンサーとなっていて、差別化がされていません。朝日というブランドをスポーツとどう関係づけるか、再構築が必要だと思います。

 たとえば地域密着型に転換していくのであれば、地域スポーツをからめながらどのようにブランド修正をしていくか。あるいは朝日新聞は福祉事業に熱心なのですから、障害者スポーツのバックアップや、パラリンピックとの関係を強くしていくとか、キャラクターを鮮明化することが大切でしょう。

 アメリカでは、ニューヨーク・タイムズがヤンキースと組み、シーズン中を通じたキャンペーンを行っています。新聞というのは昨日の試合の結果とともに、毎日家庭に届けられるものです。単発キャンペーンではなく、長い戦いの一喜一憂をともに楽しみながら、読者にプレミアムな価値を与えられるメディアとしての可能性をもっと探ってみてもよいと思います。

原田宗彦(はらだ・むねひこ)

早稲田大学スポーツ科学学術院教授

大阪府生まれ。ペンシルバニア州立大学健康・体育・レクリエーション学部博士課程修了(Ph.D.)。フルブライト上級研究員(テキサスA&M大学)などを経て、2005年より現職。Jリーグ経営諮問委員会委員、bjリーグ経営指導委員などを務める。主な著書に、『スポーツマーケティング』(大修館書院)、『スポーツイベントの経済学』(平凡社新書)など