「狭さ」を「強さ」に変える 紙面の美しさと編集センス

 配布地域を販売所単位で選択でき、朝日新聞の「題字」が象徴する信頼性と、自由度の高い表現力を併せ持つエリア広告。新聞広告の機能を、エリアマーケティングの観点から広げていく可能性について、東京経済大学教授の関沢英彦氏にうかがった。

街の雰囲気を居間に届ける

関沢英彦氏 関沢英彦氏

――エリア広告の魅力や媒体特性をどうとらえていますか。

 以前、私は「新聞広告とは家庭に配達されるポスター」だと、広告月報でお話ししたことがあります。エリア広告ではその特性がより強まり、それが家庭に届くことで、街の雰囲気が居間にすっと入ってくるような役割を果たしているように思えます。

 もともと新聞は、「説得と説明」という理性的な情報提供に適した媒体だといわれてきました。しかし説明であれば、現在はウェブでいくらでもできるわけで、新聞広告に説明のための情報を詰め込む必要はなくなっています。

 その一方、輪転機やインキの性能が向上することで、新聞広告は非常に高品質な印刷表現が可能になりました。さらにエリア広告では、用紙の紙質や判型も選べます。そしてそれは有形なものですから、テレビやパソコンのように電源を落とせば消えてしまうことはありません。美しいビジュアルが、ソファやテーブルの上にあり続けるわけです。

 雑誌もこれと同様の機能を持ちますが、新聞は紙面が大きく、見開き30段あるいはそれ以上のワイドなスペースが、居間の雰囲気を何日間にもわたって変えるほどの力を持ち得ます。屋外広告的なインパクトを、生活者のごく身近に、持続的に伝えられることが、エリア広告の大きな魅力です。

抜き取らせるための工夫を

――コンテンツも、本紙の企画広告とは違う新しい試みが目立ちますが。

 エリア広告は、あるべきクリエーティブというものがまだ確立しているわけではありません。現状ではポスター的なものと、新聞社のもつ編集機能を生かしたもの、そして雑誌や既存ブランドとコラボレートしたものの三つに大きく分けられるでしょう。いずれにしても広告でありながら、ジャーナリスティックな編集センスがあるほうが読者に読まれる率が高いと思います。

 エリア広告は、「抜き取って読む」媒体ですから、本紙とは別の世界観を出しやすい半面、ページを開く前によけてしまわれる可能性もあります。したがって読者の目にとまらせて、思わず中面が見たくなるような一面の工夫が非常に重要です。これは広告クリエーター任せにせず、どういったものが「目にとまり、抜き取って、中身を読む」という行動まで至っているか、新聞社として研究をしていく必要があります。

――エリアターゲットにピンポイントで到達する点については。

 2002年に、私は研究所の仲間らと『シチュエーションマーケティング』という本を発表しました。ちょうどGPS機能付きケータイが普及しはじめた頃で、市場の動向を「人」からではなく、「その場」「その時」といったシチュエーションからとらえるという発想から生まれたものです。場所というのは行動ターゲティングにおいて重要なもので、同じように世帯というものの意味を深掘りすることは、すごく意味のあることだと思います。

 エリア広告は人口の多い首都圏で強みを発揮すると思いますが、もともと東京というのは、ひとくくりの大都市ではありません。多様な街がモザイクのように共存し、個々の街に対する住民それぞれの思いがこめられている都市です。エリア固有の感情やアイデンティティーという「狭さ」が、エリア広告の「強さ」になっています。

新しい視点で街の意味づけを

関沢英彦氏 関沢英彦氏

――エリア選択の自由さを生かすという点では、どのような活用の広がりが考えられるでしょう。

 まずエリアを絞るということでいえば、今後は狭いエリア同士をつないでみる。例えば「川沿いの街」というくくりで隅田川沿いのしにせ店と目黒川沿いのレストランを紹介するような、新しい企画も生まれるでしょう。また将来的に配布エリアがさらに広がれば、東の街と西の街を「大学問前町」などといったテーマでマッピングするなど、広告主や新聞社のアイデア次第でエリアに意味をもたせることも可能になっていきます。

――表現の自由度がもつ可能性という点では、いかがですか。

 私は用紙も広告主が選べることに特に注目しています。より保存性の高い紙を使うことで、ハイキングやサイクリングに持ち出せる街ガイド的な企画も制作できます。

 一方、宅配とは別に、「ジェイヌード」が展開しているようなフリーペーパー的な使い方も可能性が広がると思います。大学のキャンパスや、フランチャイズ店などの外の空間に置くと同時に、その周辺エリアにも配布するといった形で情報の浸透度を高めることができるわけです。

 また印刷のきれいさを生かすという点でいえば、これまで新聞が不得意としていた黒ベタや色ベタも美しく再現できるということが大きいと思います。薄型大画面テレビなどの映像機器やファッション関係の広告では、雑誌に負けないということだけでなく、新聞印刷ならではの味わいを積極的に評価する声も生まれています。

題字の力を生かす

――配布エリアをより絞り込める、チラシ広告とのすみ分けや差別化についてどうお考えですか。

 古典的なチラシ広告は情報性が勝負だとすれば、エリア広告はポスター的な使い方ができるということは申し上げましたが、その時にポイントになるのは、朝日新聞の題字の使い方です。エリア広告の題字は本紙と完全に同じではないものの、これがついている意味は、非常に大きなものです。

 題字がないほうがクリエーティブの完成度が高まると思われるかもしれませんが、題字があるのとないのとでは、読者に与える信頼性、紹介されている商品が持つプレステージ性が違ってきます。商品の品質が見合っていることを前提として、広告を制作する場合に、いかに題字のもつ効果を高めるかを考えるかということが重要です。

――注目率や広告としての効果を高めるために必要なことは。

 何よりも写真やイラストレーションの質が重要です。現時点でもエリア広告のクオリティーには、本紙の広告が学ぶべき点が多々あると思います。近い将来、「本紙の広告でももっとクリエーティブなことができるはず」といった機運が生まれるぐらいになってほしいと思います。

 また、エリアの世帯特性をより深く研究し、広告主に分かりやすい形で情報を開示することも今後はさらに必要になります。

 エリアの年齢層や年収層、働く女性が多い地域なのか、高校生の子どもがいる家族が多い地域なのかといったレベルまで、首都圏ではマッピングができるときいています。ただ、配布してみてはじめて分かる、意外な結果ということもまだまだあるはずです。実地的なデータを社内に蓄積し、新しい広告提案に生かしていくことが、古典的な「マスの伝達力」とはまた異なる、新聞社の新しい資産になっていくでしょう。

関沢英彦(せきざわ・ひでひこ)

東京経済大学教授

1946年東京生まれ。1969年、慶応義塾大学法学部卒業。同年、博報堂入社。コピーライターとして各種広告賞受賞。1981年、博報堂生活総合研究所設立と同時に移り、1996年より所長。2004年4月から同所エグゼクティブフェロー。2003年4月より東京経済大学コミュニケーション学部教授(広告論)。著書として『ひらがな思考術』(ポプラ社)、『現代ジャーナリズムを学ぶ人のために』(世界思想社・共著)他