「総合力」「現場主義」「スピード」を徹底し、魅力ある街づくりを

 オフィスビル、マンション、リゾートなどの開発・運営事業を手がける東京建物。昨年2月から代表取締役社長を務める佐久間一さんに、注目の開発事業や今後の展望などについてうかがった。

 

佐久間  一氏 佐久間  一氏

──社長就任時に社内に発信したメッセージとは。

 まずは、創業者の安田善次郎が唱えた「お客様第一主義」の精神を改めて振り返り、そして大事にするように社内に発信しました。
さらに実務に即したテーマとして社員に対して掲げたのは、第1に「総合力」です。自分一人の成果を追い求めるのではなく、ペア、チーム、部署、会社、グループ全体、どんな規模においても総合力の最大化を目指すことが重要だと考えます。第2は「現場主義」。お客様からニーズをうかがって実行するという甘い発想ではなく、サービス産業に携わるプロとして現場感覚をもち、お客様に「実はこういうサービスがほしかった」と思っていただけるようなプランを先んじて提案できなければなりません。第3に「スピード」。情報化が進み、万事においてスピードが求められる時代において、無駄な会議は減らしてすみやかに意思決定し実践する。こうしたことを社内で徹底しています。

──最近のトピックスについて聞かせてください。

 この3月に、京橋駅直結のオフィスビル「東京スクエアガーデン」が誕生します。太陽光発電システムや地中熱利用熱源システムなど、最先端の環境対策技術を多数採用した環境対応型ビルで、低層部には高さ31m、広さ約3,000㎡もの緑化空間「京橋の丘」を創るなど、都心のやすらぎやクールダウンにも配慮した設計です。

 環境、省エネ、防災対策などハードの充実はディベロッパーとして当然の責務です。さらに最新の建築技術などについて知見を深め、建築会社などと協力しながら、街に最適な環境を具現化しています。例えば「東京スクエアガーデン」の建物の特徴である「大庇(ひさし)」は、日射を防ぐ工夫として注目した技術です。窓には複層ガラスを用い、太陽光追尾電動ブラインドを備えたことにより、建物の断熱・遮熱性を表すPAL低減率の値が、都内主要オフィスビルでトップの43.93%となりました。

──事業において最も強化していることは。

 ソフトの充実です。先にも述べましたが、ハードの充実はディベロッパーとして当然の責務です。例えば、当社のマンションブランド「ブリリア」に住んでいる方が、子どもができてもっと部屋数の多いマンションに買い替えたいとなった時に、「次もやっぱりブリリアがいいよね」と思っていただけるかどうか。ネット上のクチコミ情報などで、「ブリリアは建物だけじゃなくサービスも申し分ないですよ」と書いてもらえるかどうか。オフィスにしても、マンションにしても、ソフトは「東京建物の物件に入りたい」というモチベーションを刺激する大切な要素で、テナントやお住まいの皆様にフィットするサービスを模索し続けています。

──「東京スクエアガーデン」では、外国語の通じる病院や保育園をテナントに迎えていますね。こうしたことも、ソフトの充実の一環といえますか?

 そうです。日本の未来を考えた時に、外国人や女性にとって魅力的な職場環境を提案することの意義はとても大きいと思っています。東京は、インフラや安全性などにおいて世界に誇れる都市です。ただ、近い将来、少子高齢化による就労者数の減少が予想されます。変わりゆく人口構造の中で、いかに東京の魅力を維持し、アジアのハブとしての機能を高め、人を呼び込むか。そうしたことも、我々に課せられた責務だと認識しています。
また、住宅事業の分野では、働く女性の声を反映する分譲マンション開発プロジェクト「Bloomoi(ブルーモワ)」なども展開しています。

──地域性や自然景観を重視した開発が印象的です。

 都市開発において、地域との共生、街の活性化、自然景観の保護という観点は欠かせません。昨年5月に完成した「中野セントラルパーク」は、約3ヘクタールの緑豊かなオープンスペースに囲まれたオフィスビルで、緑の中にはランニングコースやウッドデッキを設けています。来年4月の完成を目指し現在進行中の旧富士銀行本店跡地の再開発計画「大手町1-6計画」(仮称)では、大手町のビル街に約3,600㎡の「大手町の森」(仮称)を創ろうとしています。

 一方、東池袋再開発プロジェクトでは、駅周辺を高層化し、豊島区役所と住居の融合もはかります。横浜プリンスホテル跡地の「ブリリアシティ横浜磯子」では、電柱や駐車場の地中化をはかり、旧皇族の東伏見邸や旧来の桜並木を残すなど、美観や歴史を守る配慮をしています。

──一昨年に「高齢者すまい法」の改正により、バリアフリー構造や安否確認など一定の要件を満たした高齢者向け住宅として自治体に登録されれば、提供事業者は税の優遇が受けられるようになりました。

 医療との接点をどこまで求めるかという課題もありますが、いい仕組みができたと思っています。当社では、「いつまでも、明るく自立して生きたい」という方々に向けて、サービス付き高齢者向け住宅「グレイプス」を展開しています。定年を過ぎた夫婦が子ども世帯に持ち家を譲り、自分たちはその近くの高齢者向け住宅に移って第二の人生を満喫する。そんなライフスタイルもこれから増えてくるでしょう。今後注力していきたい分野です。

──住宅ローン減税の拡充や消費税増税が検討されています。この影響はありますか。

 市場環境の変化を予感してか、モデルルームの来客数は増えています。景気の上昇が期待される中、不動産購入の機運が高まっているのは確かです。当社としては、駆け込み需要が殺到し、あとでその反動が起きるような状況は歓迎しておらず、できるだけフラットに市場が推移するような政策の実現を望んでいます。

──海外展開については。

 不動産関係のコンサルティングや、日本人向け高級賃貸マンション、分譲住宅など、主に中国で住宅事業を展開しています。分譲住宅については、よりお客様に近いニーズを把握するため、現地企業と協同し事業を行っています。成長めざましい東南アジア市場も研究中です。アジアでは、低価格競争では地元企業に太刀打ちできません。また、富裕層は日本の富裕層とは比較にならないほどの高級志向であり、そのフィールドで争うつもりもありません。当社の住宅事業のメーンターゲットは中間層であり、特に「上質の物」に相応の投資をしていただける方々に満足いただける物件を提供しています。海外でも同様のアプローチをしていきたいと思っています。

──事業の今後の目標は。

 当社は一昨年に大きな赤字を計上し、翌年3カ年の中期経営計画を発表、「選択と集中の構造改革」を行うこととしました。例えば住宅事業は首都圏エリアと関西エリアに集中、高齢者向け住宅に注力するなどしています。事業のもう一つの柱であるビル事業は、八重洲駅周辺、日本橋駅周辺を中心としつつも、目黒駅周辺など目下進行中の再開発プロジェクトを含め着実に事業遂行していきたいと考えています。

──愛読書は。

 子どものころに読んで一番印象に残っているのは『子鹿物語』です。『戦争と平和』などの世界文学は、大抵のものを全集で読みました。社会人になってから影響を受けたのは安岡正篤氏の『活学』やピーター・ドラッカーの『マネジメント』。良書の上位に位置づけているのは、サミュエル・ハンチントンの『文明の衝突』や中西輝政氏の『大英帝国衰亡史』などです。歴史小説もよく読み、司馬遼太郎、吉川英治、山本周五郎、水上勉などの作品が好きです。

佐久間 一(さくま・はじめ)

東京建物 代表取締役社長

1948年岐阜県生まれ。71年東京大学法学部卒。同年富士銀行(現みずほ銀行)入行。98年取締役。02年みずほ銀行監査役。03年東京建物常務取締役。10年副社長。12年2月から現職。

※朝日新聞に連載している、企業・団体等のリーダーにおすすめの本を聞く広告特集「リーダーたちの本棚」に、佐久間 一さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「リーダーたちの本棚」Vol.47(2013年2月21日付朝刊 東京本社版)