いいアイデアを生む企業風土が革新的な医療製品を創造する

 家庭や医療現場で使われる各種医療製品、カテーテル治療や人工心肺システムなどの高度な機器まで、医療技術革新の領域を広げてきたテルモ。今後一層の飛躍を目指し、新しいアイデアとグローバルな視点を育むための社内改革を進めている。会長の中尾浩治さんに聞いた。

 

中尾浩治氏 中尾浩治氏

──テルモの近年の事業内容は。

 当社の事業には、大きく三つの柱があります。カテーテルや人工心肺装置などを扱う「心臓血管」事業、成分採血システムなど輸血医療や血液の病気を抱える患者さんの治療に貢献する機器を扱う「血液システム」事業、そして病院の病棟や自宅での治療に使われる医療製品を扱う「ホスピタル」事業です。「心臓血管」事業と「血液システム」事業は、売り上げの6〜7割を海外が占め、「ホスピタル」事業は売り上げの7割を国内が占めています。

──経営において何を重視していますか。

 商品開発、すなわちテクノロジーのイノベーションが何より大事だと考えています。最近のイノベーションをいくつか挙げると、「脳動脈瘤(りゅう)治療用コイル」は、開頭手術をせずに脳動脈瘤の治療ができる技術です。開頭手術をすると1カ月弱の入院が必要ですが、この器具を使った治療であれば、1週間程度で退院できます。全身麻酔も必要がなく、高齢者の患者さんの身体的負担も大きく軽減できます。

 昨年9月に発売した「ナノパスニードルⅡ」は、インスリンや成長ホルモン、ワクチンなどを自分で注射して投与しなければならない患者さんに向けた製品です。世界で最も細い注射針として2005年に発売し、これまで10億本売れている「ナノパスニードル」(0.2mm)よりもさらに細く、より痛みの少ない針を実現しました。
生活に身近な商品のイノベーションとしては、高齢者に向けた「転倒予防くつ下」があります。高齢者の転倒による骨折は、寝たきりになる原因の一つと言われています。このくつ下は、独自の編み方によって自然につま先が上がるように作られていています。

──どのイノベーションも、患者の負担軽減を念頭に置いていますね。

 それは、創業以来脈々と受け継がれている精神です。テルモは、北里柴三郎博士をはじめとする医学者が発起人となって1921年に設立されました。北里博士は、日本の近代医学の父と言われ、日本医師会の初代会長を務めた方です。「医療を通じて社会に貢献する」という創業以来の変わらぬ志のもと、患者さんの心理的、身体的負担を軽減する技術を模索し続けています。

──会長就任以来、「企業風土改革」を進めていると聞きます。その目的と、具体的な取り組み内容とは。

 テクノロジーのイノベーションを起こしていく原動力は「アイデア」です。医療機器メーカーの命運は、いかに他社よりも優れた特許をより早く、より多く取得するかにかかっています。そのキーとなるのがアイデアです。アイデアというのは、複数でそれぞれの意見を交換し、お互いに刺激し合いながら生まれてくるものだと思っています。ですから、年齢も役職も超えて、一人ひとりが自由に意見を述べられる社内の空気を作っていかなければなりません。

 私は海外勤務を経験しましたが、海外の社員は、どんな相手にも遠慮なく自分の意見を言うことに慣れています。しかし、日本に帰ってきて、社員間、とくに上司と部下の間で心理的な壁があると感じました。日本人は、おもんぱかる、へりくだる、そんたくする、といったことを美徳とする傾向にあります。ただ、それが行き過ぎると自由で開かれた空気は生まれません。私は、年齢差による距離感を「シニオリティ・ディスタンス」と呼んでいます。役員クラスの考え方がビジネスの目的とズレているとわかっていたのに、部下が率直な指摘をできずに軌道修正がはかれなかった……ということになったら大問題です。
そこで、会長・社長も含め、部長職以上の約100人を対象とする「360度評価」を始めました。上司、同僚、部下が無記名で「笑顔で対応できているか」「方針を明確に出せているか」など項目ごとに点数評価をして、「やってほしいこと」「やめてほしいこと」を自由記述します。その結果はイントラネットで一定期間公表します。その他にも、社員を「アソシエイト」と呼ぶ、役職ではなく「さん」づけで呼び合う、といったことを勧めています。

 当社は、海外では約1万3千人、国内では約5千人のアソシエイトが働いています。グローバルな人材の育成という意味でも、部下が上司にものを言える文化、いろんな意見を俎上(そじょう)に載せて複合的に物事が考えられるような風土を作っていきたいと思います。

──風土改革の手応えと、今後の抱負は。

 人の性格や長年の習慣が急に変わるとは思っていませんが、「開かれた姿勢」みたいなものは、社内で共有できるようになっています。風土改革によって自由な雰囲気で議論が交わされるなかで、自分とは違う意見から学ぶことも増えると思います。他者、あるいは他社のいいところをどんどん取り入れていく。そんな「学習する組織」を目指していきたいですね。

──心に残る本は。

 吉本隆明氏の『共同幻想論』です。大学時代に読み、吉本氏がつむぐ言葉の数々に魅了され、聞いたこともない「共同幻想」という概念に驚きました。経営書はあまり読みません。むしろ、経営書ではない本に経営のヒントを見つけることが多いですね。

中尾浩治(なかお・こうじ)

テルモ 代表取締役会長

1947年広島県生まれ。70年慶應義塾大学法学部卒。同年テルモ入社。95年取締役、社長室長。97年経営企画室長。02年取締役常務執行役員。06年米・テルモメディカル社会長兼CEO。07年取締役専務執行役員。10年取締役副社長執行役員。11年5月から現職。

※朝日新聞に連載している、企業・団体等のリーダーにおすすめの本を聞く広告特集「リーダーたちの本棚」に、中尾浩治さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「リーダーたちの本棚」Vol.46(2013年1月24日付朝刊 東京本社版)