アナーキーな精神を忘れず技術革新を追い求め続けたい

 日本で初めてインターネット接続の商用サービスを開始し、昨年12月に20周年を迎えたインターネットイニシアティブ(IIJ)。インターネット接続、アウトソーシングサービス、WANサービス、システムインテグレーション、ネットワークやシステムの運用保守、以上5つの事業を柱に展開する。創業時からのテーマは、「世界でもっとも高い品質と信頼性の維持、最先端の技術をかたちにしてサービス化すること」。各種サービスは、大企業や官公庁を中心に6,500社を超える法人に導入され、高い評価を得ている。代表取締役社長の鈴木幸一さんにお話を聞いた。

 

鈴木幸一氏 鈴木幸一氏

──昨年の震災では、電話通信網が麻痺(まひ)したのに対し、インターネット通信網が機能しました。

 当社の名前が初めて朝日新聞に載ったのは、阪神・淡路大震災の時でした。電話網の寸断・輻輳(ふくそう)により通話が困難となった状況におけるインターネット通信の有用性を伝える内容でした。そもそもインターネット誕生の背景には、「ディザスタ対策」があります。1957年のソ連の人工衛星打ち上げ「スプートニク・ショック」を機に、米国が「高等研究計画局ARPA(Advanced Research Projects Agency)」を創設し、コンピューターネットワークに関する研究を開始。同時期にベトナム戦争があり、緊迫した状況下で電話通信システムの回線が占有中だったり、中継基地や伝送経路が破損して通話が成り立たなくなったり、といった問題を解決すべく開発が進みました。

 こうした背景から進化したインターネットの強さが、昨年の震災でも再認識されました。阪神・淡路大震災との違いは、ワイヤレス通信が活躍したことです。局舎が崩壊しても、移動局舎などによって容易に復旧が可能だからです。当社も最新のワイヤレス通信技術を仙台空港や被災地に直ちに提供し、活用してもらいました。

──昨年4月、島根県松江市に「松江データセンターパーク」を開設しました。その目的は?

 エネルギー多消費産業であるIT産業にとって、原発事故、この先予想される電力料金の値上げは深刻な問題で、サーバーを電力料金の安い外国で運営する「オフショア」についての議論が社内外で長く続いています。「松江データセンターパーク」は、外気冷却による空調をはじめ、さまざまな省エネ技術を搭載する、世界でもっともエネルギー利用効率の高いコンテナ型のデータセンターで、一昨年に提供を開始したクラウドサービス「IIJ GIO(ジオ)」の需要拡大に対応しています。通信が高速化し、誰もがネットワークにつながるようになった今、巨大なデータベースのプラットフォームにアクセスしてソフトなどを活用する「クラウドコンピューティング」の流れは、公共機関から企業のシステムまで、ますます加速するでしょう。「IIJ GIO」は順調に事業進展しており、中長期的なアウトソースニーズを受けてさらなる躍進を目指していきます。

──インターネットとの出会いはいつですか? また、今日のインターネット業界をどのようにご覧になっていますか?

 若い頃、私にとってコンピューターとのつきあいは、あくまでも飲み代稼ぎの手段でした。コンピューター関連の本を翻訳するアルバイトをしていたんです。その頃に読んだ米国の雑誌に、「コンピューターはメディアである」というダグラス・エンゲルバートの言葉を見つけ、衝撃を受けました。「コンピューターが、数字を処理するものから、コミュニケーションや情報検索のツールとなり、一人の利用者が独占的に必要な情報をインタラクティブに操作して使うことができる」という内容でした。ベトナム戦争によって閉塞(へいそく)感が漂っていた当時の米国では、「21世紀は通信(インターネット)と金融について、仕組みごとつくり上げて、再び世界の覇権をとる」との政策が打ち出され、技術開発に携わったエンジニアの多くが良心的徴兵忌避者でした。カウンターカルチャーのマインドを持つ彼らは、「新しい情報通信基盤ができれば、地球上のすべての人があらゆる情報を共有できるようになり、権力のあり方や社会構造をも変え、人間の『知』の地平は拡大していく」との夢を持って技術革新に邁進(まいしん)したのです。スティーブ・ジョブズは、そのカルチャーを引き継ぐ最後の人といえるかもしれません。

 私は、インターネットを形づくったアナーキーな精神を、今の日本のIT分野に見ることができずにいます。成長企業でも、既存の技術や仕組みを使い、ちょっとしたアイデアをビジネスにする程度にとどまっている気がしてならない。それは、国に「インターネットを情報通信のインフラ基盤として整備する」という明確な産業政策がないことも関係していると思います。インターネットという技術は、人間の手数を大きく省きます。しかし、国も地方自治体も雇用を守りたい。インフラ整備は一向に進みません。

 画期的なアイデアを持った有能な研究者がいても、支えて盛り上げてあげるような動きが少ない。「このアイデアをもって米国で『この指止まれ』とやれば、現職を捨ててでも集まってくれる人がいるだろうに……」と思うこともしばしばあります。そうした状況のせいか、今の若い人たちは、「技術革新を起こして世界を変える」という考えを持つこと自体、あきらめている感じがします。

──次世代インターネットの基盤技術の創出を目的とする「IIJイノベーションインスティテュート」など、若いエンジニアの育成に力を入れていますね。

 いちばん危惧しているのは、若い人たちの数学力の低下です。厳しい競争にもまれながらチャンスをつかもうとしている中国やインドの学生たちに比べて、日本の学生は勉強が足りない。当社は、技術者の才能を伸ばし、その蓄積によって世界を変えるような技術をつくり出すことを目指している会社なので、意欲のある若者は積極的に雇いたいのですが、基礎学力が採用条件に届かないというケースが多くあります。

 若い社員については、仕事の中から自然に学んでいけばいいと思っています。発展途上の分野ですから。当社は20周年を迎えますが、インターネットにまつわる技術やサービスの運用、品質については世界でもトップの水準と胸を張れても、世界のネットワークを変えるようなサービスや技術開発は、かろうじて一つか二つくらいのもの。インターネット草創期の志を日本の若い技術者に伝えることが、今の私の役割なのかもしれません。

──愛読書は。

 『旅立ち 遠い崖』です。全14巻の大作で、生麦事件の頃に19歳で来日し、20年もの間、幕末から明治にかけての日本の革新期を見つめ続けたアーネスト・サトウの日記をベースとした物語です。国同士の対立や戦争の歴史、「国家」という概念を持つ英国と、大平の世が続き、そうした概念を必要としてこなかった日本との違いを興味深く読みました。司馬遼太郎作品をはじめ、この時代を描いた小説はたくさんありますが、同時代の人間、しかも外国人の視点で当時の日本をとらえた本書は説得力があり、ほかのどの「幕末・維新もの」より気に入っています。
 

鈴木幸一(すずき・こういち)

インターネットイニシアティブ 代表取締役社長

1946年神奈川県生まれ。72年早稲田大学文学部卒。同年日本能率協会入社。インダストリアル・エンジニアリング、新規事業開発などを担当。82年日本アプライドリサーチ研究所取締役。ベンチャー起業の育成指導、産業、経済の調査・研究、地域開発のコンサルテーションなどを行う。92年インターネットイニシアティブ企画取締役。94年から現職。ネットケア代表取締役社長。IIJ America Inc. Chairman of the Board。インターネットマルチフィード代表取締役社長。IIJイノベーションインスティテュート取締役、IIJグローバルソリューションズ取締役。「東京・春・音楽祭」実行委員長。

※朝日新聞に連載している、企業・団体等のリーダーにおすすめの本を聞く広告特集「リーダーたちの本棚」に、鈴木幸一さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「リーダーたちの本棚」Vol.34(2012年1月25日付朝刊 東京本社版)