投資としてのマーケティング(後編)

マーケティングとは投資であり
資産化されるべきもの

井上哲浩

――「マーケティングROI」についてのお考えは。

 ROIとは「Return On Investment」の略。一般的には「投下資本利益率」といい、マーケティング戦略への投資を効率化するために、投資対効果を客観的に把握することです。そのためには、Returnの定義はもちろんのこと、RとI(Investment=投資)の関係を測定・可視化する必要があります。手段としては、マーケティングの諸問題を、統計・数学・工学といったサイエンス的アプローチで可視化することが考えられます。Rには売り上げ目標など、財務情報ベースの数値を用いられるのが一般的ですが、マーケティングという性質上、その際はAIDMAなど心理的尺度にも考慮すべきです。つまり(現在は別個であることがほとんどですが)財務情報ベースの「R」と、親近感や好感度といった心理ベースの「R」をリンクさせる必要性を感じるのです。親近感や好感度が、売り上げにいくら貢献したのか?と明確にすることが理想ですが、それも期間設定の問題など様々な課題があり難しい。会社やブランドごとに指標を精査、設定のうえ、簡単なところからでも把握することが肝要です。またそれには、マーケティング活動のスキルやナレッジが蓄積され、組織の中で「資産化」されることも1つの手段。新しいものに場当たり的に飛びついていては、資産化されないことも強調しておきます。 

――マーケティングROIを推進するために、組織はどうあるべきですか。

 全社のマーケティング戦略を統括し、かつ企業戦略のもと各事業ユニットがなすべきマーケティング課題を明確にし、それに合わせたコミュニケーションメディアやセールスプロモーションを包括的に管理する役割=CMO(Chief Marketing Officer)の存在が必要だと思います。組織内各所にマーケティング機能が存在するのが日本企業の伝統であり、その機能を即1つにするのは無理があるでしょう。徐々に統合されることを望みますが、現時点では、製品開発、宣伝広告、営業販促、プライシング、在庫出荷量などすべてを把握・統括できる「CMO的役割」の存在の有無で、マーケティング活動の一貫性にも差が出るのではないでしょうか。またReturnの目標数値はマーケティング部門が立案することが多いのでしょうが、その役割を、例えば経営企画室など外部に置いた方が、より客観的な目標が設定され、効果的だと思います。

――大和ハウス工業のスタンスをどう見ますか。

 同社は経営管理本部下の総合宣伝部という部署に、まさしく「CMO的役割」が存在し、ぶれることなく長期的な視野で、企業戦略と直結したマーケティング戦略を遂行している組織です。そしてブランドコミュニケーションを筆頭とするマーケティングコミュニケーションを何十年先への「投資」であるととらえ、資産化している姿勢も評価できます。コミュニケーション全体の予算を2年単位という長期スパンで設定することにより、一貫性のある活動も実現できるのでしょう。

 また同社は、Returnにインナー支援も含んでおり、勤務する数万人を刺激するようなコミュニケーションを実践しています。同社は大きく3つのビジネスドメイン(住宅事業・商業建築事業・リゾート、スポーツなどその他)から成り、売り上げ構成比率は約57%が住宅事業、約30%が商業建築事業とのこと。しかし営業利益構成比率は、商業建築事業が約2/3を占めます。商業建築事業部門の成長が大きなポイントといえるでしょう。役所広司さんの「ダイワハウチュ」など、B to Bの現場で、取引先との話題に上るようなエッジの効いたコミュニケーションは、特に商業建築事業の各従業員を、間違いなく刺激しています。メディア選択やクリエーティブ管理にもたけており、日本を代表するマーケティングROI実践企業としてさらなる発展を期待しています。

 最後に、経済環境が悪化し予算縮減も行われる中、マーケティングROI=コスト削減と誤認されがちですが、そうではありません。むしろ成果を達成するためにはどうすればいいか、という指針を出すものととらえましょう。例えば「経営目標と直結したReturnを達成するにはこれだけの投資が必要だ」とマーケターが主張するために活用できるもの、と覚えておくべきです。

井上哲浩(いのうえ・あきひろ)

関西学院大学商学部卒業。同大学院商学研究科、カリフォルニア大学ロサンゼルス校経営学博士(Ph.D.)を経て、1995年関西学院大学商学部専任講師。同助教授を経て、2005年より同教授。2006年より現職。専攻は、マーケティング・マネジメント、マーケティング・サイエンス。主な著著に、『戦略的データマイニング──アスクルの事例で学ぶ』(共著、日経BP社)、『費用対効果が23%アップする刺さる広告──コミュニケーション最適化のマーケティング戦略』(共監訳、ダイヤモンド社)など。