マスを起点にソーシャルに広げるあの手この手の「やり口」が求められる

 消費者自らが発信できるソーシャルメディアの影響力がますます強まっている。今、マスメディアとソーシャルの関係をどう見るべきか?広告会社のクリエーティブ部門で長年広告業務に携わり、現多摩美術大学教授でWOMマーケティング協議会理事の佐藤達郎氏に聞いた。

新聞を起点とするソーシャルになじみやすいコミュニケーション

佐藤達郎氏

──マスメディアとインターネット、さらにソーシャルメディアとの関係について、どのように捉えていますか。

 広告業界では長いこと「4マス+インターネット」、つまり、新聞、テレビ、雑誌、ラジオと、新興のインターネット、という構図で語られてきました。しかし、今や広告費全体のうち20%超えはネットとテレビだけで、新聞、雑誌、ラジオは1ケタ台に。「2強+その他のトラディショナルメディア」と見ざるを得なくなっています。テレビが強いのは、「同時性」と「即時性」があり、ネットやソーシャルとの相性がいいためです。

 そのような状況において、何年も前から統合型マーケティングコミュニケーション(IMC)やメディアニュートラル、クロスメディア、360度コミュニケーションといった手法が実践されてきました。正直なところ、広告主や広告会社にしてみれば、新聞だろうがネットだろうがイベントをやろうが、限られた予算と解決したい課題が合致すればなんでもいい。まさにありとあらゆる「やり口」を模索する時代になってきています。

──そうしたメディア環境の中で、紙媒体の新聞に期待できる効果、役割とは?

「マックワッパー」カンヌライオンズでのプレゼンテーションボード

 かつては老若男女が世の中を知るために読んだ新聞ですが、今や読者が高齢化しています。そうした層に向け、たとえば通販などの広告を高級チラシ的に使うことも策としてはありますが、広告コミュニケーションの視点で言えば、もう一つの重要な方向性、可能性があると見ています。それは、新聞を起点にしたコミュニケーションです。

 興味深い事例として、昨年のカンヌライオンズでプリント&パブリッシング部門グランプリをはじめ複数受賞した「マックワッパー」というアメリカの作品があります。戦地などで一時的な停戦をする9月21日の国際平和デーに合わせ、ファストフードのバーガーキングが、ライバルのマクドナルドに「休戦しよう」と呼びかける新聞広告を掲載しました。具体的には、それぞれの人気商品、バーガーキングの「ワッパー」とマクドナルドの「ビッグマック」を合体したバーガー「マックワッパー」を作って、一緒に販売しよう、と。同社サイトではマックワッパーの商品はもちろん、店員の制服やパッケージまで公開。これをテレビやネットのニュースが取り上げ、SNSでも一気に拡散されました。結局はマクドナルドのCEOがフェイスブック上で、「意図はわかるが味で勝負しよう」と回答したことにより、実現しませんでした。「こんなに面白いことを何でやらないんだ?」という声がSNSで広がり、YouTubeにはワッパーとビッグマックを買ってきてオリジナルマックワッパーを作り、おいしそうに食べる動画が次々と投稿されました。この取り組みで、バーガーキングは購入意向をアップさせました。

ニューヨーク・タイムズ
2015年8月26日付

 この事例は、おそらく自社サイトやフェイスブックから発信するより、新聞を使ったことでここまでの広がりや効果があった。オフィシャル感があり信頼性が高い新聞で宣言したことにより、バーガーキングという企業の本気度が消費者に伝わり、シェアされたのだと思います。今の消費者は、新聞広告やテレビCMなど、企業側から一方的にプッシュされる情報を嫌がる傾向があります。情報が多すぎて「必要のない」と判断したものはスルーするのです。しかしニュースやソーシャルで話題になれば、消費者が自らクリックして情報を取りに行く。プル型のコミュニケーションが実現し、「いいね!」したり、コメントしたりもしてくれます。新聞はそのオフィシャル感から「参加性」を促す力があり、使い方さえ工夫すればソーシャルとなじみやすいのではないかと思います。

 新聞広告単体で勝負するのは限界があるとも言えます。しかし、マックワッパーの事例のように、新聞からソーシャルで拡散するなど、統合型コミュニケーションの起点になったり、話題になっていることに薪をくべたりする役割は十分に果たせるのではないでしょうか。

──今後、ソーシャルとマス、それぞれのメディアの関係性はどのようになっていくのでしょうか。

 今後、マスメディアとソーシャルメディアはますます「相互乗り入れ」し、様々な取り組みが広がっていくだろうと見ています。もちろんこれまでもそうでしたが、大きなポイントは、「主導権は消費者にある」ということ。2006年、アメリカを代表する広告雑誌『Advertising Age』が、最も活躍した広告会社である「エージェンシー・オブ・ザ・イヤー」として「消費者」を選びました。それから10年以上経ち、ソーシャルメディアの影響力がさらに強くなった今、もはや送り手である広告主や広告会社によりコントロールできなくなっています。それを理解した上で、媒体の特性を見極め、消費者が自ら情報を発信しようと思えるような仕掛けをどう統合的に組み立てていくかが重要になるでしょう。

佐藤達郎(さとう・たつろう)

多摩美術大学教授/WOMマーケティング協議会理事

1959年生まれ。1981年一橋大学社会学部卒業。アサツー・ディケィ入社、クリエイティブ計画局長、クリエイティブ戦略本部長を歴任。博報堂DYメディアパートナーズを経て、2011年4月より多摩美術大学教授。コミュニケーション・ラボ代表。2004年、カンヌ国際広告祭フィルム部門日本代表審査員を務める。カンヌ国際広告祭、アジア・パシフィック広告祭、ACC賞など受賞多数。著書に『教えて!カンヌ国際広告祭』(アスキー新書)、『これからの広告の教科書』(かんき出版)など。