「人生100年時代」の働き方は多様化へ そのストーリーをプロモーション材料に

 「人生100年時代」における働き方は、どう変わっていくのか。個人はどう対処していけばよいのか。企業は「人生100年時代」をどう課題として捉え、どのような取り組みをしていくべきなのか。900社以上の働き方改革のコンサルティングを行ってきた、ワーク・ライフバランス代表取締役社長の小室淑恵氏に聞いた。

社外での学びや出会いを通じて「人生100年時代」を豊かに

小室淑恵氏 小室淑恵氏

──「 人生100年時代」が本格的に到来すると、社会はどのように変わっていくと考えますか。

 学び続けないと生きにくい社会になると思います。AIとガチンコの20~30代は特にそう考えているのではないでしょうか。AIの進化の行方は企業経営者たちも読みあぐねており、彼らが下手なかじ取りをすれば、会社はおろか業界ごと衰退するかもしれない。となると、個々人が幅広い情報をインプットしてビジネスの将来を判断し、ワークやライフをデザインするしかないわけです。

── 様々な企業が「人生100年時代」の消費者・顧客のライフステージにコミットするコミュニケーション活動を展開しています。

 日本は「人口ボーナス期」(総人口に占める生産年齢人口が増加傾向、もしくは比率が高い時期)を過ぎ、「人口オーナス期」(高齢化が進んで支えられる側が支える側より多くなり、国の経済の重荷になる時期)に突入しました。(図表1) 人口ボーナス期には、「男性雇用・長時間労働で大量生産・人材の同質性」を徹底して経済成長を遂げてきましたが、頭脳労働の比率が高く労働力が不足する人口オーナス期には、「男女雇用・短時間労働で価値創造・人材の多様性」を徹底した組織が勝ちます。(図表2) 言い換えれば、働き方改革がイノベーションのカギを握る。働き方改革は生産性の向上のみならず、「人生100年時代」にも深く関わることで、その流れの中でライフステージにコミットする動きが目立っているのだと思います。(図表3)

※図表は拡大表示できます 出典:『働き方改革』(小室淑恵著・毎日新聞出版)

──働き方やキャリア形成において、個人は何をすべきでしょう。

 名刺の通用しないコミュニティーに飛び込み、社内では出会えない人や情報と出会って多くを学び、自組織に何かあっても生き残れる力を養うべきでしょう。それと同時に、社外での成果を自社に持ち帰ってプレゼンし、イノベーションを支えることも重要だと思います。

 注目しているのは、男性の育児休業取得です。男性が育児にコミットすると、「保育園のお迎えの帰りに初対面の父親同士が仲良くなった」というような、パパ友というだけで学歴や職業の壁を一気に飛び越えられることがあります。意気投合したパパ友同士で起業した例も。社外での学びというと資格取得などを連想しがちですが、「人生100年時代」を豊かにクリエートするうえでは、違う価値観との融合が大きな意味を持つのです。

社員のワークとライフの充実を社内外に発信していく

──企業の取り組みとして注目する事例は。

 副業を認める企業が増えています。例えばサイボウズは、副業を含めて人を縛らない職場環境をいち早く実現し、その取り組みを積極的にコミュニケーションすることで高い採用力を誇っています。

 ここ数年は、管理職の男性が介護で仕事を休む・辞める・短時間勤務になるケースが増えています。ある大企業では、育児で休んでいる女性の数と、介護で休んでいる男性の数が逆転しました。その一方で、介護中であることがキャリアの妨げになると考え、ひた隠しにする人も多い。団塊世代が「大介護時代」に突入した今、 あらゆる企業が「明日は我が身」の課題として、介護と仕事が両立できる環境整備を進める必要があるでしょう。

──商品やサービスの提供という意味で、注目する事例は。

 社外の時間を大事にする機運の中で、旅行やレジャー関連のビジネスが成長すると思います。ある自動車販売会社では、営業スタッフが納車のために土日を犠牲にしている現状を変えるべく、新車の納品センターをなんとユニバーサルスタジオジャパンの中に作りました。担当営業からの引き渡しでなくても購入者に不満を感じさせず、むしろレジャーが楽しめる解決策を考えたわけです。働き方改革が、イノベーションとプロモーションとレジャービジネスの新展開につながった好例と言えるでしょう。

──企業のコミュニケーションのあり方について、どのように考えますか。

小室淑恵氏

 「人生100年時代に向け、社員のワークとライフの充実に努めることで、革新的な商品やサービスを生んでいる」というストーリーを、社内外にプロモーションしないともったいないと思います。働き方改革に取り組む企業の商品やサービスを評価する消費者は増えています。私もその一人で、例えば洋服はシップスの製品ばかりを着ています。積極的に働き方改革を進めていることに共感するからです。

 ちなみに、当社で働き方改革や労働時間の上限設定を表明する「労働時間革命宣言」を企業に募ったところ、サントリーホールディングス、大和証券、東急不動産など名だたる企業のトップが賛同してくださり、顔写真を出して署名してくださいました。これが時代の潮流なのです。

──ご自身の活動における今後の課題は。

 2018年6月、残業時間の上限規制を含む「働き方改革」関連法が成立しました。しかしこれは通過点で、今後は「勤務間インターバル規制」の義務化、「割増賃金率」の引き上げ、長時間労働が問題となっている5分野(建設・運輸・医療・官庁・学校)における労働条件の是正などに向けて政府や企業に働きかけを続けていくつもりです。特に未来人材を育成する教育現場の改善は、喫緊の課題だと思っています。

小室淑恵(こむろ・よしえ)

ワーク・ライフバランス 代表取締役社長

900社以上の企業へのコンサルティング実績を持ち、残業を減らして業績を上げるコンサルティング手法に定評があり、残業削減した企業では業績と出生率が向上している。「産業競争力会議」民間議員など複数の公務を歴任。2児の母。