「トランスフォーメーション」

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 組織や事業が環境に適応して進化するために、大きくその様相、事業構造、ビジネスモデルなどを変容させること。大幅な改革を伴う、質的な変化を指して使われるところが「改善」とは異なる。戦略的トランスフォーメーション。

 トランスフォーメーションとは、ものの姿や構造が変質・変容することである。

 身近なところでは毛虫がさなぎを作り、羽化してチョウになるいわゆる昆虫の変態はトランスフォーメーションである。映画「トランスフォーマー」では、トラックやヘリコプターが、ロボット戦士に変形して戦闘を繰り広げる。あれがトランスフォーメーションだ。

 事業戦略の中では、組織体が経営環境に適応して、大きな変容を遂げることを指してこう呼んでいる。厳格に何をそう呼ぶのかが決まっているわけではない。大から小まで、組織全体に及ぶものから「財務のトランスフォーメーション」のように特定機能の変革など形はさまざまだ。共通しているのは、非連続的な変化であるという点。そして、組織風土の変革を重視して進められることだろう。

 ジェフリー・イメルトCEOの下、脱重厚長大でハード、ソフト両輪一体型の「新しい製造業」へのトランスフォーメーションを進めるGEの例は分かりやすい。事業ポートフォリオの変革、データアナリティクスなどソフト分野への投資強化だけでなく、リーン・スタートアップに倣ったFastWorksというワークスタイルや、新しいGE Beliefによるカルチャーの変化など、同時に進めてGEの姿を進化させつつある。

 トランスフォメーションは、新しい言葉ではないが、グローバル化やデジタル化圧力を背景に近頃またよく耳にするようになってきた。

 さて、決してマーケティングの領域だけのことではないこの言葉をマーケティング・キーワードのコラムで取り上げさせていただいたのは、トランスフォーメーションにはマーケティング機能の未来の役割拡張が見通せるように思うからである。

 第一に、顧客への価値の提供を中核においた事業の革新は「ブランドをつくる」こととほぼ同じことである。

 独自性をもつ顧客中心の価値を事業に実現するために、ビジョンを中核として企業の経営資源を組み換え、最適化していく。こうしたトランスフォーメーションのプロセスは、「ブランディング」の項でご紹介した今日的なブランド戦略の所作そのものだ。

 ブランディングというと、とかくマーケティングコミュニケーションのこととして矮小(わいしょう)化されがちだが、顧客価値を高め顧客との長期的な関係を強化する、ということをテーマにしたトランスフォーメーションを目指すものといってもよい。

 第二に、マーケティングのスキルやセンスが変革の成功におおいに役立つ。

 トランスフォーメーションの成功には、組織全体が変革のビジョンにコミットし協調して働くことが欠かせない。しかし、大きな組織になればなるほど社内のサイロが協働を阻むものだ。事業が目指す姿は抽象的な目標としてではなく、顧客にどう映るかという視点で描き出し、具体的に何をどう提供するのか目に見えるようにしてはじめて、個々の部門がどう動けばよいかが分かってくる。このように社内を巻き込んでいく力を持ったストーリーを描き出すことは、マーケティングにたずさわる人の得意とするところだ。

 デービッド・アーカーは著書『シナジー・マーケティング』(注1)で、企業内のサイロをつないで全体性を確保することが、CMOの新しい役割である、と説いた。これは「マーケティング」という専門性の役割と読み替えてもいいのではないだろうか。

 そして第三に、組織風土の変革では、人の心をひきつけ、動かさなければならない。

 組織内の人の動作や機能は、こうせよと指示することである程度コントロールできても、人のマインドやモチベーションはそうはいかない。ビジョンや戦略に対して、社員のマインド・行動がよくそろった、つまりアライメントのとれた状態はトランスフォメーションに欠かせないが、人間についての鋭い理解と洞察がないとなかなか実現しない。人をビジョンに巻き込み、それを支持する気持ちになってもらうために、どのようなコミュニケーションやエクスペリエンスが必要なのか。多くの企業でそうした知を蓄積してきているのは、実はマーケティング部門である。

 マーケティングは単に販売の技術ではない。

 事業や組織体が周囲の環境に適応し、姿も機能もそして存在意義すらもダイナミックに進化し続けようとするとき、マーケティングの知は、ちょうど人体で神経系が個別機能の調整を図って全体性を担保しているのに似た働きをし、トランスフォーメーションを成功裏に進めるのに役に立つ。

 日本の企業でもまた話題に上るようになってきた事業のトランスフォーメーションという舞台には、「マーケティング機能」自体の役割の進化の機会がある。

(注1)デービッド・A・アーカー 『シナジー・マーケティング 部門間の壁を越えた全社最適戦略』(ダイヤモンド社、2009/原題: Spanning Silos, 2008)

岡田浩一 (おかだ・こういち)

電通 マーケティングソリューション局 ブランド・クリエーション・センター 部長

電通の戦略コンサルティング部門であるブランド・クリエーション・センターの立ち上げに加わり、現在、このグループのディレクターとして、国内外のクライアントのブランド、マーケティング、イノベーションなどの課題について「戦略から実体化まで」一貫して支援するサービスをリードしている。最近では多国籍企業のグローバルブランド管理、価値創造戦略のためのイノベーションなどのプロジェクトを担当。訳書に「ブランド価値を高めるコンタクト・ポイント戦略」(共訳 ダイヤモンド社)、「ブランド価値で戦わずして勝つ カテゴリー・イノベーション」(共訳 日本経済新聞出版社)など。
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