「CSV(Creating Shared Value)」

 CSV(Creating Shared Value=共通価値の創造)とは、従来のCSR(Corporate Social Responsibility=企業の社会的責任)に代わる新しいコンセプトとして、ハーバード・ビジネス・スクールの著名な研究者であるマイケル E. ポーター教授とマーク R. クラマー研究員によって共同で発表された論文(注1)の中で提唱された概念であり用語である。

 ポーターとクラマーは、社会的な責任や配慮というイメージを培うために、いわばコスト意識で行われるフィランソロフィー(慈善事業)やCSR活動について、本業との関係が薄く利益をもたらさないばかりか、多くの場合、社会を変えるほどのインパクトももたらしていないと、その効果に懐疑的な立場をとっていた。実際、ポーターは、インタビュー(注2)でも「従来のCSR活動は必ずしも効果的なものだといえなかった。社会に大きな影響を及ぼすには至らなかったからです。それも無理はありません。企業は自社のイメージ向上だけに関心があり、社会にインパクトを与えて実際に社会を変えようとは真剣に考えていなかったのですから」と答えている。

 CSRを企業の利益の還元あるいはイメージ向上のみを目的とした「受動的な位置づけ」ではなく、競争優位の源泉となる「戦略的な位置づけ」に捉え直そうというのがポーターらの主張なのである。つまりCSRはコストではなく、戦略的投資であるという発想の転換を企業に対して促したのだ。

 具体的には、環境、エネルギー、貧困など様々な社会問題の中から、自社の知見やビジネスノウハウが生かせる社会問題を選択し、企業が自社利益(経済的価値)を創造しながら、(当該社会問題に対応することで)社会的価値をも創造するというアプローチである。すなわちビジネスと社会の関係の中で社会問題に取り組み、経済的価値と社会的価値が両立する共通の価値を創造する=Creating Shared Value(CSV)というコンセプトである。

 ポーターとクラマーが、CSVをタイトルにした論文を発表したのは2011年であるが、2002年の論文にも「社会貢献コストは戦略投資である」、また06年の論文でも「CSR(企業の社会的責任)は罪滅ぼしや保険であってはならない。むしろ、より積極的な態度で臨むことで競争優位の源泉になりうる」と述べている(注1)。経済的価値と社会的価値の両立を目指す「CSR から CSV へ」という、やや刺激的なコンセプト自体は約10年前から一貫して提唱されているといえる。

 では、いかにしてCSVを実践すればよいのか。ポーターとクラマーは、社会的価値を創造することで経済価値を創造する方法として三つの方法を挙げている。

 一つ目は「製品と市場を見直す」。これは、自社のビジネス領域で、社会的問題すなわち社会的ニーズを常に探し求めることであり、そのことで、既存市場において差別化とリ・ポジショニングのチャンスを見出したり、これまで見逃していた新市場を発見したりする可能性が生まれるとしている。“結果的に”社会問題対応とビジネスがつながるのではなく、“戦略的に”つなげるということである。

 二つ目は、「自社のバリューチェーンの生産性を再定義すること」。企業のバリューチェーンは、エネルギー、安全性、職場での待遇など様々な社会問題に影響を与えると同時に、その影響を受ける。そこに共通価値が生まれるチャンスがあるとしている。例えば、製品の過剰包装と二酸化炭素など温室効果ガスは環境に負荷を与えるだけでなく、企業にとってもコストになる。ウォルマートは、包装を減らすとともに配送ルートを見直したことで、大幅に利益を向上させた(2億ドルのコスト削減)のと同時に、環境負荷の削減(トラック走行距離1億マイルの短縮)にも成功したという(注3)

 三つ目は、「地域社会にクラスターを形成する」こと。これはいかなる企業も、その成功は、支援企業やインフラに左右されることを前提に、関連企業、サプライヤー、ロジスティックスから大学、学校など学術組織まで様々な関連機関を地理的に集積させた地域(クラスター)を形成すべきだとしている。例えばネスレ「ネスプレッソ」の高級なコーヒーの栽培地は、そのほとんどが貧困地域であったが、同社は現地の生産効率と品質を向上させるために農業、技術、金融、ロジスティックス関連の企業やプロジェクトを立ち上げ、さらには栽培農家の育成技術を高めるための教育プログラムを提供するなど支援を行った。その結果、栽培農家は所得が増え、農地への環境負荷は減り、ネスレは品質の高いコーヒー豆を安定的に入手できるようになるという共通価値の創造を実現させた。

 今日、各社の会社概要やCSRリポートを見ると、本業とまったく関係のないフィランソロフィーやCSR活動を行っている例はまれであり、特に大企業においては、CSVという用語自体は、使っていなくとも社会的価値と経済的価値の両立を目指すとしているCSR経営方針も多く見ることができる。自動車でいえば、トヨタ自動車は、世界に先駆けてハイブリッドエンジンの開発に取り組んだことが、二酸化炭素の排出を抑えた(社会的価値)のと同時に大ヒット(経済的価値)(注4)にもつながっておりCSVの好事例といえよう。

 一方、本音の部分では、CSRは自社にとって「利益の還元」「社会的責任」「コスト」という声も少なくないことも事実といえよう。最後に、ポーターとクラマーが従来の受動的なCSRとCSVとの違いについて、わかりやすく整理した表を紹介しておきたい。CSRが任意あるいは外圧なのに対してCSVは競争に不可欠であると競争戦略に位置付けている点、調達においてはCSRでは「フェアトレードで購入する」という調達方法のみに言及が留まっているのに対して、CSVでは、「品質と収穫量の向上」と、共通価値の創造による具体的な成果にまで言及されている点が特徴的な違いといえる。

CSR
CSV
価値は「善行」 価値はコストと比較した経済的便益と社会的便益
シチズンシップ、フィランソロフィー、持続可能性 企業と地域社会が共同で価値を創出
任意あるいは外圧によって 競争に不可欠
利益の最大化とは別物 利益の最大化に不可欠
テーマは、外部の報告書や個人の好みによって決まる テーマは企業ごとに異なり、内発的である
企業の業績やCSR予算の制限を受ける 企業の予算全体を再編成する
たとえば、フェアトレードで購入する たとえば、調達方法を変えることで品質と収穫量を向上させる
いずれの場合も、法律および倫理基準の順守と、企業活動からの害悪の削減が 想定される

 出所「経済価値と社会的価値を同時実現する共通価値の戦略」 ダイヤモンドHarvard Business Review June 2011

 (注1)共通価値という考え方が最初に検討されたのは、2006年の米国ハーバードビジネスレビュー12月号(日本語版2008年11月号)の中で掲載された論文「Strategy and Society」(競争優位のCSR戦略)である。そして、CSVが用語として定義がなされたのは、同誌2011年1、2月号(日本語版2011年7月号)の中で掲載された論文「Creating Shared Value」である。なお、2002年には、社会貢献コストは戦略的投資であるとの副題で、社会貢献の在り方について述べており、CSVの概念は、これら論文3部作の集大成ともいえる。

 (注2)日経Bizアカデミーで公開(WEB)されているポーター本人へのインタビュー記事のコメントから引用。

 (注3)Porter, M.E. & Kramer, M.R.(2011) "Creating Shared Value," Harvard Business Review, Jan/Feb 2011, pp 62–77(ハーバードビジネスレビュー編集部訳(2011)「Creating Shared Value:経済的価値と社会的価値を同時実現する共通価値の戦略」 『Harvard Business Review June 2011』ダイヤモンド社)。

  (注4)一般自動車販売協会連合会発表による新車乗用車販売台数月別ランキング2013年1-9月データでは、トヨタ自動車のハイブリッドエンジン搭載車であるプリウスとアクアが1、2位を占めている。