金森努のロングセラー商品の戦略を聞く!

Vol.2 キッコーマン食品「キッコーマン 特選 丸大豆しょうゆ」

 マーケティングコンサルタントの金森努氏が、ロングセラー商品の歴史や戦略などを企業の担当者に聞き、長く支持され続ける秘訣(ひけつ)に迫る本シリーズ。第2回は、今年で発売20周年を迎え、現在までに累計約7億本(1Lサイズ換算)を販売する「特選 丸大豆しょうゆ」です。プロダクト・マネジャー室しょうゆ・みりんグループ担当マネジャーの田嶋康正氏にうかがいました。

しょうゆづくりの「原点」に帰る

金森氏 私は料理が好きなのですが、しょうゆというのはあまりに身近な調味料のせいか、丸大豆しょうゆと従来製品との違いに気づいたのはわりと最近なんです。ふとラベルを見たら、これは原材料が違うぞと。

田嶋氏

田嶋氏 おっしゃる通りで、「特選 丸大豆しょうゆ」の大きな特徴は原料です。私どもが“本印”“こいくちしょうゆ”といっている「キッコーマン しょうゆ」は、油を搾った脱脂加工大豆を使っています。一方、「特選 丸大豆しょうゆ」は名前通り、大豆をそのまま材料としています。その他の原材料も小麦と食塩しか使わず、しょうゆ本来のうまみやコク、まろやかな味わいがお楽しみいただけます。

金森氏 それが登場したのが1990年。ただ原材料を変えればいいということではなかったと思いますが、商品化にはどのような経緯があったのですか。

田嶋氏 もともとキッコーマンは、創業以来、大豆を砕いて小麦と一緒に仕込む本来の造り方を受け継いでいました。ところが第2次大戦が始まると、物資不足で大豆を使えなくなったわけです。原材料を変えざるをえなくても、我々の先人たちには業界のトップとしてしょうゆ全体の品質を落としたくない思いがありました。それで脱脂加工大豆による製法技術を開発し、公開した経緯があります。

金森氏

金森氏 今の言葉でいえばオープン化ですね。その製法が戦後も一般的に定着してしまった、と。

田嶋氏 しかし1980年代になると、ローカルの企業から丸大豆を使うプレミアム商品的なしょうゆが出始めました。これを大量に、毎日お使いいただける価格で提供するとなると、ハードルが非常に高くなります。それでも社内には、原点回帰を自分たちがやらねばという使命感があったのだと思います。本格的にプロジェクトが立ち上がったのが1987年。その3年後に1L400円で「特選 丸大豆しょうゆ」の販売をスタートさせました。

嗜好(しこう)の変化に応えた適正価格の「本物」

金森氏 80年代初頭は高度成長期が終わり、各企業が差別化へとシフトしていた時代だと思います。御社としては、品質の安定化というトップブランドの使命が一段落した後、適正価格での高品質を次の戦略にしたということでしょうか。

※画像は拡大表示します。

1990年5月16日付 朝刊 全10段 キッコーマン 1990年5月16日付 朝刊 全10段

田嶋氏 そうですね。また1990年というのは、当社がしょうゆ全体の価格改定をした年でもあります。当時しょうゆはチラシの目玉商品的に扱われ、お店によってはそれでもうからなくても集客効果があればいいというような商材のひとつでした。我々としてはお客様に商品の価値を再認識していただき、量販店にもしっかりしたプライシングをお願いしたかった。そういった時のステータスシンボルになる商品という販売戦略的な位置づけもありました。

金森氏 ターゲットとしてはどのような層を考えられていましたか。

田嶋氏 本物志向、自然志向という流れの中で、「しょうゆもいいものを使いたい」というニーズが生まれていたと思います。それとしょうゆの「味」に対する期待というものも変化し始めていました。つまり、コクがあって、まろやかな味です。そういった新しいニーズをお持ちの生活者がターゲットでした。

 しかしこれは、従来のしょうゆが悪いということではありません。「こいくちしょうゆ」は香りがしっかりしていて味にキレがあり、肉のソテーなどに非常によく合うんです。ただ全体としては、口に含んだ時に感じるような強い味というよりも、その後に感じるやわらかな味わいを求める時代が訪れていたと思います。

田嶋氏 金森氏

田嶋氏 金森氏

ギフトから認知が広まった「違い」

金森氏 今日は過去の資料に目を通してきまして、疑問に思ったことがあるんです。94年2月の朝日新聞に、この商品が「普通のしょうゆに比べて約3割価格が高いにもかかわらず、売り上げを大幅に伸ばしている」という記事がありました。しかし94年といえば、景気低迷が国民の実感を伴って進んでいた段階です。プレミアム商品には有利な市場環境ではなかったはずですが。

田嶋氏 実は「特選 丸大豆しょうゆ」の発売当初は苦戦しました。それが変わり始めたきっかけは、ギフト商品の内容を従来のものからこちらに切り替えたことです。ギフトを受け取り使用されたお客様に、「これはいい」とその後も継続してご購入いただけ、商品が動くようになりました。ギフトがサンプルの役割を果たしたのですね。お話のあった94年あたりには、丸大豆パワーが業績に寄与していたと思います。

金森氏 贈答用が有効なトライアルになったとは。中味が良ければこそですね。

田嶋氏 もうひとつ、安田成美さんにCMにご出演いただき、若い奥さんが家で料理を作って待っているというあたたかな世界感を発信し続けたのも、商品認知とトライアル喚起につながったと思います。

2010年3月6日付 朝刊 全15段 キッコーマン食品 2010年3月6日付 朝刊 全15段

金森氏 私も大好きなCMでした(笑い)。当時は不景気を背景に、今でいう「内食」が進み出した時です。次はラインアップ戦略についてもお聞かせください。

田嶋氏 「特選 丸大豆しょうゆ」はワンランク上のポジショニングをした商材ですが、93年に同じ原材料を使い「特選 丸大豆減塩しょうゆ」を発売しました。丸大豆の旨みやまろやかさを生かすことで、塩分を約半分にしても、料理がおいしくいただけるという商品です。また98年には、原料の素性など食の安全安心への関心が高まるのを受けて「特選有機しょうゆ」を発売しました。これは有機栽培にこだわった大豆と小麦を使用し、「有機JAS」の認定を受けた商品です。

小容量化により鮮度という価値を訴求

金森氏 お話をうかがい、健康志向への対応もトレーサビリティーへの配慮も、常に時代に先駆けてきたという印象を受けました。私は、「定番商品というのは変わらないようでいて確実に変わっている」とよくお話しするのですが、「特選 丸大豆しょうゆ」の場合、バリエーションを極端に増やすのでも、変化を声高に叫ぶのでもないけれど、先を見た着実な手を打ってきていますね。

田嶋氏 しょうゆの国内需要は1973~74年あたりにピークを迎え、その後は減少トレンドにあります。これは日本の伝統的な醸造食品に共通することで、例えば朝はご飯とお味噌汁と納豆だったものがパン食に変わるなど、食生活の多様化が大きな要因です。右肩上がりの市場であれば、新商品を次々投入するのもいいでしょう。しかし、しょうゆの場合は商品に新しい価値を付加して、価格を上へと垂直展開しなければ市場が活性化しません。基礎調味料はワンランク上の自信をもってご提供できる商品を作り込み、時間をかけて育成する必要があるのです。

2010年9月10日付 朝刊 全5段 キッコーマン食品 2010年9月10日付 朝刊 全5段

金森氏 だからこそ常に先んじて動かれているわけですね。ではここからは、最近の取り組みについてです。昨年、「特選 丸大豆しょうゆ」をはじめとする家庭用しょうゆの主力商品で、750ml サイズの新容器を採用されました。食生活の変化や、平均世帯人数の減少が背景にあるように思えますが。

田嶋氏 それらも関係はありますが、ポイントは、「しょうゆには鮮度がある」ということです。しょうゆが特においしいのは開栓後、約1カ月間といわれているのですが、当社の推計では、今全国の4人世帯のしょうゆの1カ月の平均使用量は約800mlです。つまり約1カ月間で使いきれる少量サイズの導入により、新鮮なしょうゆのおいしさをいつでも実感していただこうというのが大きな狙いです。

2010年9月19日付 朝刊 全15段 キッコーマン食品 企業広告 2010年9月19日付 朝刊 全15段

金森氏 単なる少量化ではない、新たなユーザー価値がそこに生まれていると。

田嶋氏 新ボトルの採用と共に、「特選 丸大豆しょうゆ」のテレビCMも久しぶりに復活させました。そして発売20周年を迎えた今年、よりまろやかな味わいやコクを求める現代の嗜好に合わせたリニューアルを行いました。一般モニターの方々にお刺身や煮物で実際にお試しいただき、従来の商品との比較でしっかり高い評価をいただいた、丸大豆の価値を際立たせた自信作です。

金森氏 最後に今後の抱負を聞かせてください。

田嶋氏 20年前に我々の先輩たちがこの商品に託した思いを受け継ぎながら、「特選 丸大豆しょうゆ」をさらに身近な調味料にしていくことが我々の役目だと思っています。そのひとつとして、この商品の持つ価値を生活者の方々に現代の生活実態に合わせて伝達していく取り組みを強化していきたいと思っています。

田嶋康正

キッコーマン食品 プロダクト・マネジャー室 しょうゆ・みりんグループ担当 マネジャー

同社の家庭用しょうゆ・みりん等の商品全般のブランドマネジメントを担当。今年7月の「特選 丸大豆しょうゆ」の商品リニューアルに携わる

取材を終えて

 適切なマーケティングマネジメントは成功率を高めます。キーワードは「整合性」。1987年にプロジェクトを立ち上げ、90年に商品発売、ギフトもあわせてスタートし最適なターゲットに到達するまでの粘り強い展開。しょうゆ商品の価格改定に際して従来商品を単純に値上げするのではなく、「高付加価値商品」というポジショニングの丸大豆しょうゆを市場に投入し、販売チャネルの棚を確保。また広告を集中投入して、認知とトライアル購入を促進しました。短期的に一つひとつの施策の成否を見るのではなく、少し長い時間の中で全体像をとらえ、施策間のつながりに注目して見てください。外部環境の変化・競合環境への対応→ターゲティング→ポジショニング→マーケティングミックス(4P)がきれいに「整合」していることがわかります。このロングセラー商品にも「売れ続ける秘訣(ひけつ)」があったのです。(金森 努氏)


金森 努氏

金森 努(かなもり・つとむ)

有限会社金森マーケティング事務所取締役社長 東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道20年。コンサルティング事務所、電通ワンダーマンを経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師(ベンチャー・マーケティング論)、グロービス経営大学院客員准教授(マーケティング・経営戦略)、日本消費者行動研究学会学術会員

HISTORY

1987年 丸大豆を原料とするしょうゆを近代的な製造システムで大量生産するプロジェクトを発足

プロジェクトに課されたテーマは、丸大豆を原料とするしょうゆを近代的な製造システムで大量生産することと、1Lサイズで500円以下にすることだった。


1990年 「特選 丸大豆しょうゆ」を発売

キッコーマン食品の広告・カタログ等に 安田成美さんを起用 広告・カタログ等に安田成美さんを起用

1Lサイズ 400円(小売見込価格)の価格を実現。安田成美さん出演のCMによって、家庭のあたたかなイメージを継続的に訴求するとともに、贈答用ギフトへの導入により、商品トライアルを喚起した。

1990年5月16付 朝刊 全10段 キッコーマン食品 1990年5月16付 朝刊 全10段
キッコーマン「特選 丸大豆しょうゆ」 「特選 丸大豆しょうゆ」


1993年 「特選 丸大豆減塩しょうゆ」を発売

キッコーマン「特選 丸大豆減塩しょうゆ」 「特選 丸大豆減塩しょうゆ」

従来、高級タイプの減塩しょうゆとして販売していた「超特選減塩しょうゆ」に代わる商品として発売。1Lサイズ530円(小売見込価格)ながら、高い価値が認められ、多くの量販店で定番化される。


1998年 「特選 有機しょうゆ」を発売

キッコーマン「特選 有機しょうゆ」 「特選 有機しょうゆ」

80年代後半から高まりつつあった「安全・安心」志向に応えるため、原料の大豆・小麦が有機の認証を受けている事、商品の製造工程全てにおいて、非有機成分が混入しない事をクリアし、国際的な有機基準を満たしたしょうゆを商品化。


2009年 「特選 丸大豆しょうゆ」ほか、主力商品に新・家族サイズ750mlを投入
あわせてエコキャップ等の改良も実施

2010年3月6日付 朝刊 キッコーマン食品 2010年3月6日付 朝刊

「特選 丸大豆しょうゆ」ほか、主力商品に750mlを投入、新鮮でおいしい状態でしょうゆを使いきれる容量を選択、購入することを提案する。あわせてエコキャップ等の改良も実施。

キッコーマン「特選 丸大豆しょうゆ」750ml 「特選 丸大豆しょうゆ」750ml


2010年 「特選 丸大豆しょうゆ」発売20周年を機に品質をリニューアル
需要喚起の広告を展開

2010年9月10日付 朝刊 全5段 キッコーマン食品 2010年9月10日付 朝刊 全5段

よりまろやかな味わいや穏やかな香りを求める現代の嗜好に合わせてリニューアルを実施。同時に、現代の食生活にあわせた使い方を訴求する広告を新聞・テレビ等で展開、需要の喚起をはかる。

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